2.あなたのお部屋( Your room.)
それからも毎日のようにマリアはサラの部屋を訪れた。
そして何時間も親密な時間を過ごす。サラはもはや何も包み隠さず、どんな秘密もマリアに話すようになっていた。そしてそれがマリアの巧みな誘導尋問の結果であることにサラはまったく気づいていなかったのだ。
「ね、サラ」
ねっとりとした絡みつくような言葉。
「はい、マリアせんせい」
熱を帯びた声がそれに答える。
「こんど二人でどこかに出かけない?」
「え、お外ですか」
「そう。公園でお散歩なんてどうかしら。お菓子を入れたバスケットを持ってピクニックするの。ね。どうかしら」
「それは・・・お外は」
言い淀むサラ。マリアは包み込むような笑みを浮かべて、
「あらあらごめんなさい。私、急ぎ過ぎてしまったわね?」
「そんな、わたしの方こそ、せっかく誘っていただいたのに」
うつむき、唇を噛む。
そんな彼女を見てマリアはチッ、というように真っ赤な唇を歪めた。けれど言葉に出しては、
「いいの。無理はしないでね。でも、いつかあなたとお外でデート出来たら素敵だと思うの」
「はい・・・ありがとうございます」
そんなサラの様子を見ながら、マリアはすっと目を細めた。それは難題を前に、どう攻略して行こうか、と思案を巡らせる仕事師の顔だった。
その日、マリアが帰った後、サラは半ば放心したようにベッドに横になっていた。今度はいつ来てくれるのか、そんなことばかり考えていた。
サラはふと何かの気配を感じた。
真っ先に考えたのはマリアのことだった。もしかして戻って来てくれたのかも、と思ったのだ。
けれど、ベッドサイドに立ったその人物を見て、サラははっとした。
そこに立っていたのは彼女と同じ年頃の女の子だったのだ。ズボンとジャケットという男の子のような服装で、癖っけのある髪もけっして長くはなかった。
けれどサラは目の前のその子を男の子だと見誤ることはなかった。その面差しも雰囲気も“女の子”以外の何物でもないと感じたからだった。
その子はサラを見下ろしながら、憎々し気に顔を歪めて言い放った。
「あんたが先生を困らせてる子ね」
そして無遠慮にジロジロとサラを見た。
「なに、なんなのあなた」
サラはやっとそれだけ言うことが出来た。
「わたし? わたしはアリサ」
男装の少女はそう告げると、得意げにこう続けた。
「マリア先生の恋人なの」
それではこの子がマリアせんせいの言っていた“あのひと”なのだろうか。でもおかしい、とサラはすぐに気付いた。
マリアせんせいは「好きなひとがいる」とは言ったが、「恋人はいない」とも言っていた。それはつまり片思いの相手がいるということだ。なのに目の前の女の子ははっきりと「恋人」だという。
サラはきっぱりと言った。
「嘘ね」
そう言われたアリサは眉ひとつ動かさずに、
「どうしてそう思うのさ」
サラは冷静に指摘した。
「せんせいは恋人はいないけど好きなひとがいる、と言っていたわ。なのにあなたは自分を恋人だという」
アリサは黙ったままでじっとサラを見つめていた。
「だったらわたしは何だと?」
サラは努めて冷静に、
「マリアせんせいに片想いしてる子。そうでしょう?」
「ええそう」
あっさりと答える。そして小さな声でつぶやいた。
「あなたと同じにね」
「え・・・」
そして無遠慮な態度でサラのベッドに腰掛けると、
「わたしもね、すこし前まで自分の部屋から出られなかったの」
と、一方的に話し始めた。
「それがマリア先生のおかげで外に出られるようになった。だから先生には感謝しているの」
サラは黙って話を聞いていた。何と言って良いかわからなかったのだ。けれど、相手が自分と同じ境遇だったことには心を動かされた。
「で、さ」
アリサは得意げに話し続けた。
「今はわたし先生と一緒に住んでいるの」
「え・・・」
「押しかけ女房ならぬ押しかけ助手、てところ。それで先生のお仕事の手伝いをしてたんだけど。最近の先生はあんたにかかりっきりでさ。わたしのことあんまりかまってくれなくなっちゃったの」
悪びれもせずにそんなことを言う。
「それで」
サラは首を傾げながらアリサに問うた。
「あなたいったい何しに来たのよ」
アリサは唇をヘの字に歪めて、
「だからさ、最近先生を独り占めにしているあんたに恨み言を言いに来たの。わたしの先生を返して、て」
「なにそれ」
サラは呆れて、
「ぜんぜん意味わかんない」
「だからさ、あんたがこの部屋から出てくれればいいのよ。そうすればもう先生はここに来なくてよくなるでしょ」
サラは困惑して、
「どういうことよ、それ」
「だからぁ、わたしは先生のお仕事の手伝いをしたいの。あなたを部屋から引きずり出せばいいんでしょ?」
「嫌よ、そんなの。それにそんなこと言われたら余計出たく無くなるわ」
「言われてみればそうね」
アリサはあっけらかんとして笑った。
「あははっ、わたし、何してるんだろ」
ひょっとするとこの子は考え無しに暴走する困った子なのでは、とサラは思った。
「ふふっ、まあいいわ」
何がいいのか意味不明なつぶやきを漏らすと、アリサはサラの目を見て言った。
「とにかくね、あなたがこのお部屋から出てくれれば先生の仕事は終わった、ということになるの。だから出よ?」
そしてサラの手を取ると軽く引っ張った。
「さあ、今日はお天気がいいの」
「えっ?」
「だからお部屋を出てお外に行きましょ」
「嫌よ」
「ほうら、お部屋の外には無限の可能性があるのよ!」
「あの、だから」
「さあ出ましょう、今出ましょう」
サラはアリサの手を振り払った。
「嫌だったら、もう、何なのあなた」
拒絶されたアリサはわざとらしく頭を振って、
「もう、お部屋から出るだけなのに。なんでこんな簡単なことが出来ないのかしら」
「簡単、て、あなたもお部屋に引きこもっていたなら分かるでしょう。そんな簡単にお外に出られるわけないわ」
そう言われたアリサは、ああ、というような顔で、
「そうだった。わたしもなかなか出られなかったのよねー。それで先生を困らせていたんだった。忘れてた」
サラはげんなりして、
「あなた考えが無さすぎ! こんなことして、せんせいに叱られるわよ」
そう言われたアリサははっとして、
「ねえ、このこと先生に言わないでよ」
「はあ? 何言ってるの、言うに決まってるじゃない」
そう返されたアリサは再びサラの手を取って言った。
「お願い、先生には黙っていて。そのかわりなんでもするから、あなたがお外に出るの手伝ってあげるからぁ」
「なに勝手なこと言ってるのよ」
「お願いお願いお願い、先生に嫌われたくないの、お願いだからさあ」
あまりにしつこく懇願するアリサに辟易して、サラしかたなくこう答えた。
「わかったわよ。せんせいには言わない。これでいいんでしょ」
そう聞くとアリサの顔にぱっと笑みが浮かんだ。
「ほんと? ありがとう、あなたいい子ね!」
邪気の無い、無垢といってもいい笑顔。きっとこの子は悪だくみとか、そんなことは考えていないのだ。ただ思ったまま行動してしまう子なんだ、とアリサは思った。悪い子ではないのだ、たぶん。
苦笑しながらもサラはこのアリサという少女を嫌うことは出来なかった。元引きこもりという過去も、マリアのことが好きのだ、ということも嫌ではなかった。
(でもきっと、この子はわたしがマリアせんせいのことが好きなのが嫌だったのね)
その気持ちもわからないでもない。けれど、サラはむしろそのことでアリサに強い興味と親しみを憶えた。マリアせんせいを愛する同志のように思えたのだ。
言いたいことを言って気が済んだのか、アリサはさばさばした様子で、「じゃ、わたし帰るね」と一方的に別れの言葉を告げた。そして座っていたベッドからぽーん、と飛び跳ねて立ち上がった。
「じゃあね、さよなら・・・ええと」
「サラ。わたしはサラよ」
「ああそうそう、サラ、じゃあまたね」
「ちょ、またね、て何よ。また来るつもりなの?」
けれどアリサの姿はもうなかった。ドアから走り出た後だったのだ。
「もう、なんて子かしら」
サラは憤慨して枕を抱いてベッドに横になった。
けれど、その顔にはどこか楽しそうな笑みが浮かんでいたのだった。




