表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/8

移住体験前

七月に入ると 

雨実村にも本格的な夏がやって来た

役場庁舎の窓から見える山々は

濃い緑に染まり

朝から蝉の声が響いている

ふるさと振興課では夏休み最初の日曜日から

「二泊三日移住体験」の準備が

大詰めを迎えていた

「現在の申し込みは四家族です」

菫は会議室のホワイトボードを

見ながら報告した

「大人六名 子供五名 大阪府から二家族

広島市から一家族 岡山市から一家族です」


新田が資料に目を通す

「ちょうどいい人数ですね」

「はい 受け入れ側の負担を考えると

このくらいが限界だと思います」


人数を増やせば成果が出るわけではない

むしろ受け入れ体制が追い付かなければ

逆効果になる

それは昨年までの経験で菫も

よくわかっていた


机の上には行程表が並んでいた

一日目

道の駅見学 空き家見学

村内散策 交流夕食会

二日目

農業体験 川遊び

移住者との意見交換会

三日目

自由散策 個別相談

アンケート記入

「川遊びに刃商法段に声を掛けてあります」

「ありがとうございます」

「診療所にも連絡済みです」


新田が一つ一つ確認していく

県庁から来た人間らしい丁寧さだった


「キャンプ場はどうですか?」

「旧小学校跡地の管理組合から

使用許可をもらっています」

「炊事場も問題なし?」

「はい」


その時 課の電話が鳴った

菫が受話器を取る


「はい ふるさと振興課です」


相手は田中美咲だった

温泉旅館の若女将だった


「交流会の料理なんですが」

「はい」

「せっかくですから村の食材を

前面にだしたいんです」

受話器越しにも美咲の熱意が

伝わって来る


「苺のデザートと名水わらび餅を

付けようと思います」

「それは寄ろかばれそうですね」

「あと 

お母さんが鮎の塩焼きも出したいって」


菫は思わず笑った

田中早苗らしい


「是非お願いします」

「分かりました」


電話を切る


「旅館さんですか?」

新田が尋ねた

「はい 交流会の料理の相談でした」

新田が小さく頷く

「村全体で受け入れている感じがしますね」

その言葉に 菫は少しだけ嬉しくなった


移住体験は役場だけは出来ない

旅館も 診療所も

消防団も 道の駅も 地域の人々も

皆が少しずつ力を貸してくれている


窓の外では真夏の青空が広がっていた

あと二週間


参加者たちはまだ知らない

この小さな山村で過ごす二泊三日が

自分たちの人生を少しだけ

変えるかもしれないことを


菫は行程表を手に取った

「さて もう人頑張りですね」

「ええ」

新田も笑った

「夏は始まったばかりですから」



移住体験開始まであと一週間

雨実村では それぞれの場所で受け入れ

準備が進んでいた


「ここが一軒目ですね」

菫は軽トラックを停めた

助手席の新田も車を降りる


集落の少し高台に建つ

木造二階建ての住宅だった

持ち主は現在広島市に住んでいる

定期的に管理されているため

状態は悪くない

「外観は綺麗ですね」

新田が言った

「去年 水回りを改修しています」


玄関を開ける

畳みの香りが残っていた

障子越しに柔らかな光が差し込んでいる

「昔ながらの家ですね」

「移住希望者には意外と人気なんです」

菫は居間を見渡した

庭には小さな柿の木

縁側からは山並みが見える

「私なんかは便利なマンションの方が

楽だと思ってしまいますが」

新田が苦笑いする

「それが逆なんですよ」

菫も笑った

「都会で暮らしている人ほど

こういう景色に価値を感じる見たいです」

新田は縁側に腰を下ろした

遠くで草刈り機の音が聞こえる

風が山から吹いて来た

「なるほど」

静かだった

何もしない時間が流れている

「確かに これは都会にはありませんね」

菫は頷いた

「だから移住体験では

無理に予定を詰め込まないようにしています」

雨実村で暮らす時間そのものを感じてもらう

それも大切な体験だった


一方その頃

温泉旅館の厨房では別の会議が行われていた

「移住体験の交流会かぁ」

女将である田中早苗は腕を組んだ

その前には献立を書いたメモが並んでいる

「せっかく来てもらうんだから」

美咲が言う

「雨実村らしい料理にしたいの」

「それはそうだけどねぇ」

早苗はメモを眺める

「都会では食べられないものがいいね」

「鮎は決まり」

「鮎は決まり」

母娘の意見は一致した

「塩焼き?」

「勿論塩焼き!」

即答だった

「あと山菜の炊き込みご飯」

「いいね」

美咲がメモを書き足す

「小鉢は?」

「地元野菜の煮物かな」

話しは次々進む

「デザートは?」

美咲が尋ねる

「苺の冷やし甘味」

早苗が答えた

「お母さん それ絶対人気出る」

二人は顔を見合わせて笑った

名水わらび餅も付けようか」

「それもいれよう」

気がつけば献立表はいっぱいになっていた


交流会特別メニュー

鮎の塩焼き

山菜炊き込みご飯

地元野菜の煮物

夏野菜の天ぷら

清流豆腐

苺の冷やし甘味

名水わらび餅


「多くない?デザートが二種類?」

美咲が苦笑いする

「いいのよ」

早苗は胸を張った

「雨実村には何もないなんて

言わせないんだから」

その言葉に 岬は少し嬉しくなった


外では蝉が鳴いている

夏休みまであと少し

旅館も役場も其々の場所で

来訪者を迎える準備を進めていた

山々の緑は日に日に濃くなり

雨実村の夏がゆっくりと

始まろうとしていた


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ