灯りがともる家
二月初旬
冬の澄んだ青空の下 一台 また一台と
引っ越し業者のトラックが古民家の前に
到着した
この日から
京洛醸造株式会社の社員数名が雨実村で
暮らし始める
醸造技術担当の亀岡をはじめ
設備担当や品質管理担当の社員たちが
荷物を運び込んでいく
営業担当の伏見と 上司の桂も京都から
駆け付け手伝いに来ていた
「意外と広いですね」
「昔ながらの家だけど 落ち着くなあ」
畳の香りが残る部屋に段ボール箱が
次々と並べられていく
玄関先では業者が
新しい木製の看板を取り付けていた
『京洛醸造株式会社 雨実寮』
木目を生かした素朴な看板は
古民家によく似あっていた
「これが今日から私たちの家ですね」
亀岡がそういうと 社員たちは笑顔で頷いた
昼になると 引っ越し作業をひと休みし
一行は道の駅へ向かった
店内には冬のみかんや白菜 大根
地元の手作り惣菜並び
多くの買い物客で賑わっている
「日替わり弁当を五つお願いします」
スタッフは笑顔で答えた
「ありがとうございます 春からは工場の
皆さんのお弁当も作らせていただきますので
よろしくお願いします」
「こちらこそ 楽しみにしています」
弁当を受け取り 社員たちは道の駅の
ベンチで昼食をとる
窓の向こうには
歓声間近の工場が静かにたたずんでいた
午後も引っ越し作業は続いた
家具を運び入れ 寝具を整え
食器を棚へ並べる
夕方には
ようやく新しい生活の形が見えてきた
日が暮れる頃
一行は温泉旅館の食事処を訪れた
木の温もりを感じる店内では
若女将の田中美咲が笑顔で迎える
「皆さん ようこそ雨実村へ」
「今日はささやかですが
歓迎の気持ちを込めてお食事を
ご用意しました」
地元野菜の煮物 川魚の塩焼き 山菜の小鉢
雨実村らしい料理が並ぶ
「いただきます」
初めて村の夕食
社員たちはゆっくり箸を勧めながら
地元の味を楽しんでいた
その時 亀岡の視線が店の一角へ向いた
飾り棚には
色鮮やかなラベルの瓶が並んでいる
京洛醸造株式会社のクラフトビール
京都の本社醸造所で作られた
自分たちの会社の代表作だった
桂は小さく笑う
「ちゃんと置いてくれているな」
伏見も瓶を見つめながら頷く
「ありがたいですね」
亀岡は静かに微笑んだ
「次は この村で造ったビールを
並べてもらいましょう」
誰も大きな声では言わなかった
それでも社員たちの表情には
同じ思いが浮かんでいた
その日を迎えるために
自分たちはここへ来たのだから
桂が時計を見る
「そろそろ京都へ戻るか」
伏見も立ち上がる
「亀岡さん 後は頼みます」
亀岡は笑顔で答える
「はい ここからが本番です」
一度みんなは寮へ戻る
車に乗り込み伏見が窓を開けて
「困ったことがあったら
すぐに電話をください」
バックミラー越しに雨実寮の灯りを見て
小さく呟く
「よろしく頼む」
手を振り見送る亀岡達
車は静かに夜の道を京都へ向かって走り出す
寮の玄関には
「京洛醸造株式会社 雨実寮」
の木製看板其の灯りがともる
冬の夜
雨実村での新しい暮らしが
静かに始まった




