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新しい暮らしの始まり

一月中旬

冬晴れの朝

雨実村役場の駐車場に 一台の白い営業車が

ゆっくりと入ってきた

車から降りたのは 

京洛醸造株式会社醸造技術担当の亀岡だった

玄関では小川菫が笑顔で迎える

「亀岡さん お待ちしていました」

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそお願いします」

応接室で温かいお茶を飲みながら

亀岡は本題を切り出した

「工場の完成も近づいてきましたので

社員の住まいについて

ご相談したいと思っています」

「最初は数名ですが 

村へ引っ越して勤務する予定です」

菫は用意していた住宅資料を机に広げた

「村で管理している空き家の中から

候補を何軒か選んでみました」

「今日は実際に見ていただければと

思います」

二人は公用車で村内へ向かった

最初の空き家は

昔からある平屋建ての住宅だった

縁側から冬の日差しが差し込み

小さな庭には柿の木が一本立っている

亀岡は室内をゆっくり見回した

「落ち着いた家ですね」

菫も頷いた

「一人暮らしなら十分ですが

今回は社員の皆さんが数人で暮らされる予定

ですから 少し手狭かもしれません」

続いて案内したのは

村はずれの大きな古民家だった

立派な瓦屋根

広い玄関

八畳間がいくつも続き 二階にも部屋がある

裏庭へ出ると

冬枯れの畑と広い庭が広がっていた

亀岡は思わず足を止める

「広いですね」

「ええ」

菫は笑顔で答えた

「社員寮として利用するには

一番現実的な物件だと思います」

「庭もありますから 

小さな家庭菜園くらいなら十分できますよ」

「家庭菜園ですか」

亀岡は庭を眺めながら笑った

「実はそういう暮らしに

少し憧れていたんです」

「仕事が終わったら

土を触る生活もいいですね」

菫は少し驚いたように目を丸くした

「亀岡さんなら きっと村の暮らしを

楽しんでいただけそうですね」

その言葉に 亀岡は静かに頷いた

「工場を造るだけではなく

この村で暮らしてみたいと思っています」

その一言が 菫にはとても嬉しく聞こえた

役場へ戻る途中 二人は道の駅へ立ち寄った

店内には冬のみかんや白菜 大根 

手作りの味噌が並び 

多くの村民で賑わっている

亀岡は買い物かごを手に取り

牛乳や卵 みかんを選び始めた

「今日から住むわけじゃないのに」

菫が笑う

「いえ」

亀岡も笑顔で答えた

「この村のみかん 

美味しいって聞いてましたから」

レジのおばあさんが声をかける

「初めて見る顔やね」

「はい」

「春から工場で働くよていです」

「そうかい」

「それなら もう村の人やね」

その言葉に亀岡は少し照れながら頭を下げた

店を出ると 冬の冷たい風が頬をなでる

工場の屋根が青空に映えていた

菫は其の景色を見つめながら思う

工場が村へ来るのではない

人が村へ来るのだ


役場へ戻ると ふるさと振興課では

古民家の活用について簡単な打ち合わせが

行われた

新田が住宅の図面を広げながら話し始める

「この家なら部屋数も十分ありますし

社員寮として利用しやすいと思います」

菫も資料を見ながら頷いた

「庭も広いので

小さな家庭菜園も楽しめそうですね」

亀岡は少し驚いたような表情を見せた

「仕事だけでなく この村で暮らすことも

大切にしたいと思っています」

その言葉に 新田は笑顔で答えた

「それなら 

この家はぴったりかもしれません」

話し合いは 生活面へと移っていった

昼食は 

道の駅が平日に社員向けの

日替わり弁当を作り

夕食は

温泉旅館が

栄養のバランスを考えたおかずを届け

量では炊き立てのご飯と一緒に食べてもらう

土曜日と日曜日は配達を行わず

社員それぞれが道の駅で買い物したり

自炊を楽しんだりしながら

村で暮らしに親しんでもらうことになった

さらに 共用部分の掃除や管理については

「近くにお住いの方へお願いできないか

こちらで相談してみます」

新田は頷いた

「毎日ではなく週に二回ほど様子を

見ていただけるだけでも助かります」


数日後

ふるさと振興課で

近隣の方へ相談を重ねた結果一軒の農家が

快く引き受けてくれることになった

その家は 村崎家だった

「近くですし 

掃除ぐらいならお手伝いできますよ

洗濯は皆さんご自身でしていただいて

私は共用部分の掃除と様子を見るくらいで

いいですかね」

菫は思わず笑顔になった

「ありがとうございます 

よろしくお願いします」


後日その話を聞いた乙女は少し驚いた

「え お母さんが? バイト?」

「そう 歩いてすぐだからね」

「ずるい 私もバイトしたい」

「あそこは 若い娘は出入り禁止だよ

男子寮だから」


その暮らしが始まる日も

もうすぐそこまで来ていた


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