初雪の便り
十二月
朝 雨実村は静かな白さに包まれていた
夜のうちに降った雪は 屋根や田圃
山々の木々へ薄く積もり
村全体をやさしく冬色へ染めている
まだ本格的な積雪ではない
それでも今年初めて見る雪景色に
村の子供たちは嬉しそうな声を上げながら
登校していた
役場前では除雪車の点検が始まり
総合診療所の前では
職員が玄関の雪を掃いていた
「今年も冬が来ましたね」
助手席の菫が窓の外を眺めながら微笑む
「そうだな」
新田も雪化粧した山々を見つめる
「この景色を見ると
一年が終わるんだなって思う」
役場へ到着した菫は
小さなカメラを取り出した
工事が進む京洛醸造株式会社の工場
白い雪をかぶった建物は
冬の山々によく映えていた
「綺麗……」
シャッターを切る 一枚 また一枚
その写真は後日
村のホームページに掲載され多くの人が
「冬の雨実村も美しい」と
感想を寄せることになる
数日後
立花修司の家へ一通の封筒が届いた
差出人
京洛醸造株式会社
修司は静かに封を開ける
ゆっくりと紙を取り出した
暫く読み続ける
そのまま何も言わず玄関を開け 外へ出た
雪が少しだけ残る田圃
冷たい空気
遠くには建設中の工場が見える
その景色を見つめながら 小さく息を吐いた
「決まった……」
その一言だけだった
暫くして母が外へ出てくる
「どうだった?」
修司は振り返り 少し照れながら笑った
「京洛醸造株式会社
醸造技術職で内定をいただきました」
母は何も言わなかった
ただ
「良かったね」
そう言って 優しく肩を叩いた
村崎家でも新しい冬が始まっていた
納屋では乙女と父の耕一が地図を広げている
「来年は この区画をビール麦にしてみよう」
父が鉛筆で印をつける
乙女は真剣な表情で頷いた
「米だけじゃなくて
新しいことにも挑戦するんだね」
「そうだ」
父は静かに笑う
「農業も変わらないと続けられん」
「でも
変わるためには土を大切にしないとな」
乙女は土の付いた長靴を見つめる
「私も頑張る」
「この畑を守りたい」
父はゆっくり頷いた
その言葉だけで十分だった
冬休み
瀬河市の自動車教習所 朝早くから多くの
高校三年生が教習を受けに来ていた
修司もその一人だった
「坂道発進 もう一回ね」
教官の声に悩む
少し緊張しながらハンドルを握る
待合室では乙女が学科教本を読んでいた
教習を終えた修司が戻ってくる
「どうだった?」
「エンストしなかった」
乙女は思わず笑う
「今日は成長した?」
「昨日よりは上手くいった」
二人は笑いながら売店で缶コーヒーを買った
待合室で教習時間を確認していると
少し離れた場所に見覚えのある人影があった
「あれ……村長さんじゃない?」
乙女が小声で言う
古川村長は教官と話していた
「村長さんも免許を取るんかな」
「村長さんは持っているでしょ」
「だよね」
二人は顔をを見合わせた
古川は二人に気づくと
少し照れたように手を上げた
「お前たちも頑張れよ」
「はい!」
それだけ言って 古川は去っていった
二人はその背中を見送りながら
「村長さん 何するんだろうね」
帰りのバス
窓の外には夕陽に染まる山並みが続いている
修司がポツリと言う
「あと少しで高校も終わりだな」
乙女は窓の外をみたまま答える
「卒業したら毎日通う生活になるね」
「そうだな」
二人とも それ以上は話さなかった
其々が歩く道は違っても
雨実村で生きてく未来は同じだったから
年の瀬が近づく頃
京洛醸造株式会社の工場は
ほぼ外観を現していた
白い外壁 木目を取り入れた玄関
屋根には雪が静かに積もっている
村道を通る人は
誰もが一度立ち止まり工場を見上げた
「あれが来年動くんやな」
「村の景色が変わったな」
道の駅からも その建物はよく見える
しかし不思議だった
工場は新しい建物なのに
昔からこの村にあったように
山並みに溶け込んでいる
初雪が静かに舞い落ちる
その白い雪は
変わるものにも
変わらないものにも
等しく降り積もっていた
大晦日の夕方
新田は妻の由佳 友 愛とともに
温泉旅館を訪れた
「今年も一年 お疲れさまでした」
若女将の田中美咲が笑顔で迎える
窓の外では雪が降り始めていた
食事処では地元の食材を使った料理
新田は一通り年越しの料理を注文した
最後に新田は聞く
「この 年末年始スペシャルってなんですか」
美咲は答える
「ええ 鯨肉梅肉載せうどんです
注文されますか?」
「鯨ですか?」
目を配る 由佳も頷き
「二つお願いします それとお椀を二つ
お願いできますか」
「はい」
うどんが届くと
新田はお椀に鯨肉とうどんを分け友に渡す
由佳も同じく鯨肉とうどんを分け愛に渡す
四人は今時珍しい 鯨肉に満足する
友は窓の外をの雪景色を眺めながら
目を輝かせる
「お父さん 明日は雪遊びできるかな」
「積もったら一緒に遊ぼう」
新田は優しく答える
食後一家は温泉に浸かり
一年の疲れをゆっくりと癒した
やがて年が明ける少し前
旅館の玄関へ出ると澄み切った冬の夜空に
無数の星が輝いている
由佳が静かに呟いた
「この村に来て 本当に良かったね」
新田は星空を見上げながら 小さく頷いた
「来年もみんなでいい一年にしよう」
友と愛は寄り添いながら 遠くから聞こえる
除夜の鐘に耳を澄ませていた
静かな冬の夜
新しい一年が穏やかに始まろうとしていた




