紅葉の朝
十一月
朝の空気はひんやりと澄み
山々はは日に日に日に色を深めていた
雨実村を囲む峰々には赤や橙
黄金色の木々が幾重にも重なり
朝日を浴びて静かに輝いている
風が吹くたびに
一枚また一枚と紅葉が舞い降り
小川の水面をゆっくり流れていった
村は実りの秋から 冬支度の季節へと
歩み始めていた
その日
瀬河市のハローワークでは
小さな会議室を利用した合同就職面接会が
開かれていた
会場の一角には
「京洛醸造株式会社 採用面面接会」
と書かれた案内板が置かれている
まだ工場は建設中
しかし来春の操業開始に向け
地元採用が始まっていた
会場には近隣市町村から集まった若者や
転職希望者が死すかに順番を待っている
その中に 立花修司の姿もあった
黒色の学生服
少し緊張した表情
手には何度も読み返した履歴書
「立花修司さん」
受付係に呼ばれる
「はい」
修司は深呼吸を一つして立ち上がった
面接室では
山科社長
営業部長の桂 伏見
そして醸造技術担当の亀岡が待っていた
「どうぞ おかけください」
修司は一礼して椅子に腰を下ろす
「立花さんは 高校卒業後地元で働きたいと
希望されていますね」
山科が穏やかに尋ねる
「はい」
「以前は村を出るつもりでした」
「でも
京洛醸造さんが雨実村へ来られると知って」
「この村でも働ける未来があると思いました」
伏見は履歴書から顔を上げる
「なぜ当社なんですか」
修司は少し考えてから答えた
「工場だからではありません
村と一緒に会社を育てようと
しているところに惹かれました」
「僕もその一人になりたいと思いました」
部屋が静かになる
亀岡は優しく微笑みながら言った
「稲刈りの日に 話をしたこと覚えています」
修司は少し驚き すぐに笑顔になった
「覚えていてくださったんですか」
「もちろん」
「君は田圃を見ながら 村で働く未来が
あるかもしれないと言っていた」
「その言葉が印象に残っていました」
山科は静かに頷く
「ありがとうございました
本日の面接は以上です」
修司は深く一礼した
結果はまだ分からない
しかし会場を出た表情には
面接前にはなかった落ち着きがあった
その頃
雨実村では 小川菫が休日を過ごしていた
今日は役場の仕事ではない
それでも肩には一眼レフカメラが
かかっている
「今日はホームページ用の写真だけ」
そう自分に言い聞かせながら車を走らせた
最初に向かったのは
京洛醸造株式会社の建設現場だった
鉄骨は既に組み上がり
建物の輪郭が山並みを背景に
浮かび上がっている
クレーンがゆっくりと資材を吊り上げ
職人たちが声を掛け合いながら
作業を進めていた
菫は少し離れた場所からシャッターを切る
一枚また一枚
写真を確認すると 小さく頷いた
「順調そう」
その一言には 役場職員として安堵と
一人の村民としての期待が
込み上げられていた
午後
車は山道をゆっくり登る
展望所へ着くと
眼下には雨実村が広がっていた
赤 黄 橙
山全体がまるで錦をまとったように
色づいている
遠くには工場建設地
さらにその先には黄金色の収穫を終えた田圃
菫は夢中でシャッターを切り続けた
風が吹く
一枚の紅葉がカメラバックの上へ舞い降りる
菫はそれを拾い上げ 空を見上げた
「綺麗……」
誰に聞かせるでもない 小さな声だった
その景色を見ながら 彼女はふと思う
来年の春
この村は新しい瀬河市の一部になる
そしてあの工場では
最初のビールが仕込まれているかもしれない
変わるものがある
変わらないものもある
その両方を残したくて
菫はもう一度シャッターを切った
秋の澄んだ空に
乾いたシャッター音が静かに響いた




