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大地に誓う

十月初旬

雨実村の朝は 

澄み切った空気に包まれていた

夜明け前まで山を覆っていた朝霧は

ゆっくりと谷へ流れ 柔らかな陽射しが

黄金色に色づき始めた稲穂を照らしている

山肌では紅葉が少しずつ始まり

柿の実は鮮やかな赤色に色づき

どこからもともなく金木犀の甘い香りが

秋風に乗って漂ってきた

工場建設予定地

かつて遊休地だったその場所は

白い砂が綺麗に敷き詰められ

四隅には青竹と注連縄が張られている

祭壇には

米 塩 酒 御頭付の鯛 季節の野菜

そして 今年収穫されたばかりの雨実村産の

新米が供えられていた

静かな雅楽が流れる

やがて参列者が一人ずつ席へ着いていく

京洛醸造株式会社

社長 山科 営業担当 伏見

営業部長 桂 醸造技術担当 亀岡

施工会社の代表

雨実村からは

古川村長 新田 小川菫 役場職員

さらに 工場で使用するビール麦の

契約栽培に参加することになった

村内の農家が招かれていた

その列の中に

村崎乙女の父 村崎耕一の姿もあった

契約農家第一号になっていた

乙女は父に言われるまま

最後の列へ静かに並んでいた

「お父さん……」

小さな声で尋ねる

父は照れくさそうに笑った

「実はな 先月 契約が決まった

来年からビール麦も作ることになった」

乙女は目を丸くした

「えっ……」

「初めて聞いた」

「言ってなかったからな」

父は少しだけ誇らしそうに祭壇を見つめた

「米だけじゃ この先は難しい でも

冬の間にビール麦を作れば農地を活かせる

村の新しい産業になるなら

挑戦してみようと思ってな」

乙女は父の横顔を見つめる

何十年も稲を育ててきた父が

新しい作物へ挑戦する

その決断の重さが 静かに胸へ伝わってきた

やがて宮司が祭壇の前へ進み出る

修祓

祝詞奏上

境内には祝詞だけが静かに響く

山から吹き下ろす風が榊の葉を揺らし

竹につるされた紙垂がさらさらと音を立てた

誰一人 言葉を発しない

其々が この土地の未来を思っていた

四方祓いが終わると

いよいよ地鎮の儀が始まる

「鍬入れの儀を執り行います」

山科社長が前へ進む

盛砂の前に立つ

深く一礼し

鍬を握る

「エイ」

「エイ」

「エイ」

三度の掛け声が秋空へ響いた

その声は決して大きくはなかった

しかし 雨実村の未来へ向けた決意が

込められていた

続いて施工会社代表が鋤を入れる

儀式が終わると

玉串包奠が始まった

古川村長

山科社長

新田

菫

契約農家

一人一人が玉串を捧げ静かに頭を垂れる

最後列で見守っていた乙女は

父が玉串を奉げる姿を見つめていた

農家としてではない

この村の未来を託された一人として

立っている

その姿が 少しだけ大きく見えた

式典が終わり 山科社長が挨拶に立つ

「京洛醸造株式会社は

この地に工場を建てるだけではありません」

「この村で暮らす皆様とともに

新しい歴史を醸していきたいと

考えています」

「雨実村の水があり 

人があり 大地があります」

「だからこそ 

この場所でしか造れないビールがあります」

静かな拍手が起こった

派手さはない

けれど その拍手には温かさがあった

伏見は会場を見回した

農家の人たち

役場職員

施工会社

高校生

誰もが少しだけ笑顔になっている

亀岡は遠くの山並みを見つめながら

小さく呟いた

「いいビールを造ろう」

その一言を開いた伏見は静かに頷く

秋風が吹いた

工場予定地の草が揺れる

まだ建物は何もない

それでも この場所には

確かに未来の形が芽吹き始めていた


地鎮祭の後

伏見さんが村崎さんのお父さんに

「今年は試験栽培ですから

でも五年後には この村の麦だけで

一本のビールを造りたいと思います」

「その頃には娘が一人前に成ってるでしょう」

乙女が

「まだ決めてないよ」


十月の終わり

朝露が残る畑で 村崎耕一はゆっくり

種まき機を押していた

この畑の一角ではビール麦の栽培が始まる

長年続けてきた米や野菜とは違う

新しい挑戦だった

まき終えた畑を見渡しながら

耕一は静かに呟く

「来年の初夏には 

この麦が村のビールになるんだな」

冷たい風が吹き抜ける

まかれた小さな種は

土の中で静かに春を待ち始めていた


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