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新しい朝

住民投票から一夜明けた

雨実村役場の庁舎は

いつもと変わらなぬ朝を迎えていた

玄関前には朝霧が残り

山間から吹き下ろす風は夏の終わりを

知らせるようにどこか涼しい

八時十五分

職員が一人 また一人と庁舎へ入っていく

「おはようございます」

「おはようございます」

昨日の話を大きな声でする者はいない

結果は出た

だからこそ もう前を向くしかない

新田は机の上の新聞を手に取った

地方欄には

瀬河市 雨実村 青月村のそれぞれの

投票数 賛成数 反対数が載っていた

小川菫が温かいコーヒーを片手に

近づいてきた

「載っていましたね」

「うん」

新田は新聞を畳んだ

「でも 新聞は昨日までの事を書く」

「私たちは今日からのことを書く」

菫は静かに頷いた

「そうですね」

その時 庁舎放送が流れる

「九時より関係課打ち合わせを行います」

職員たちは自然と席を立つ

もう住民投票ではない

次は合併準備

新しい市役所づくり

条例

組織

職員配置

学校

福祉

消防

住民サービス

これから何百という仕事が待っている

新田は資料を抱えながら笑った

「昨日までは決めてもらう仕事だった」

「今日からは 約束を守る仕事だ」

その言葉に 菫も少し笑った

「忙しくなりますね」

「今まで以上に」

その日の午後

瀬河市議会

青月村議会

雨実村議会

三つの議会で

合併関連議案が順に審議された

討論では賛成 反対 それぞれの意見が

述べられた

しかし最後には

住民投票という民意を尊重し

三議会とも可決 議長が静かに宣言する

「本議案は原案のとおり可決されました」

こうして

瀬河市 青月村 雨実村は

来年四月一日に新しい瀬河市として

スタートすることが正式に決定しました

議員は任期満了の日までそれぞれの自治体の

議員として務める

雨実村長 青月村長

二人は四月一日をもって職を退くことも

正式に確認された

歴史が一歩前へ進んだ



八月最後の日曜日

朝から青空が広がっていた

木造の温泉旅館の食事処には

昼前の柔らかな陽射しが差し込んでいる

今日は久ぶりの休日だった

小川菫は窓際の席に腰を下ろし

季節御膳を注文した

ほどなくして

「お久しぶりです」

若女将の美咲が笑顔でやってくる

二人はほぼ同年代だった

「住民投票 お疲れさまでした」

「ありがとうございます」

菫は照れくさそうに笑う

「終わったと思ったら 今度は合併準備です」

若女将は苦笑いした

「役場の皆さんは休む側がありませんね」

「でも……」

菫は窓の外を眺めた

「少しだけ 

村の未来が見えた気がするんです」

若女将も静かに頷く

「私もそう思います」

「旅館も これからどう変わるか楽しみです」


その時入口の暖簾が揺れた 

高校生が二人 立花修司と村崎乙女だった

ふたりは奥の席へ座る

最初は笑顔だった

しかし注文を終えると 空気が変わった

「……修司 本当に村に残る気なの?」

乙女が静かに尋ねる

修司は少し考えてから答えた

「うん」

「前は県内の会社に就職しようと思ってた

でも 京洛醸造が来る

工場ができれば 地元採用枠もあると思う」

乙女は少し首を振った

「まだ決まったわけじゃないでしょ

会社だって採用人数なんか分からない

もし採用されなかったら?」

修司は黙った

暫くして口を開く

「それでも挑戦したい

俺はこの村で働きたいんだ」

乙女は少し声を強めた

「夢だけじゃ生活できないよ

お父さんもお母さんもそう言っている

私は畑を継ぐ それが一番現実的だから」

修司はテーブルの上で指を組んだ

「乙女は偉いよ ちゃんと将来を考えてる

でもさ 俺もやっと見つけたんだよ

村を出るしかないと思ってた

だけど違った 残る道ができるかもしれない

だったら一度くらい挑戦したい」

二人の間に静かな沈黙が流れる

少し離れた席で

その会話を聞いていた菫は 箸を止めた

若女将も何も言わない

二人とも 

高校生たちの真剣な声に耳を傾けていた

やがて乙女が静かに笑った

「修司らしいね」

「昔から 一度決めたら曲げないもんね」

修司も照れ笑いを浮かべる

「もしダメだったら?」

乙女が尋ねる

修司はゆっくり答えた

「その時は その時また考える」

「でも 挑戦もしないで村を出るのだけは

嫌なんだよ」

窓の外では 蝉の声が少しずつ遠のいていた

夏は終わろうとしている

しかし 若者たちの未来は

今まさに始まろうとしていた















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