夏休み
七月
夏休み最初の日曜日
朝から青空が広がり 雨実村には
蝉の声が響いていた
午前十時
旧小学校を利用した移住体験には
今年の夏最初となる移住体験会の参加者が
集まっていた
受付を担当する菫は 参加者一人一人を
笑顔で迎える
「本日は雨実村へ
ようこそお越しくださいました」
今回参加したのは
移住を検討している四組の家族
子供連れの若い夫婦や 定年後の暮らしを
考えているご夫婦などそれぞれが
新しい生活を思い描いている
そして その中には見覚えのある顔もあった
京都のクラフトビールの会社の担当者
伏見である
しかし今日は一人ではなかった
隣には落ち着いた雰囲気の男性と
肩から測量用のバックを掲げた男性が
立っている
伏見が笑顔で紹介した
「村長さん お久しぶりです」
「今日は社内の者も是非
村を見てみたいということで
一緒に連れてきました」
古川村長は穏やかに握手を交わす
「ようこそ雨実村へ」
伏見は続けた
「こちらが営業部長の桂です」
桂は深く一礼した
「こちらは技術担当の亀岡です」
亀岡も笑顔で頭を下げた
「製造設備や水環境を担当しております
今日は現地をじっくり拝見したいと思います」
村長は嬉しそうに微笑んだ
「ありがとうございます」
「今日は村の日常をご覧いただきながら
ご質問にもできる限りお答えいたします」
一方 新田は四組の移住体験参加者を
案内していた
「それでは まず道の駅へ向かいます」
参加者たちは村のワゴン車へ乗り込む
道の駅へ到着すると
夏休みということもあり
多くの観光客で賑わっていた
直売所には朝採れ野菜や地元産の果実が並び
レストランでは家族連れが
食事を楽しんでいる
「三年前に開業した道の駅ですが
現在では雨実村の交流拠点となっています」
新田の説明に
参加者たちは熱心に耳を傾ける
「休日はこんなに賑わうんですね」
「地域の特産品も充実していますね」
新田は笑顔で答えた
「この道の駅ができてから
村を訪れる方が増えました」」
其の後 一行は小学校と中学校を訪れた
校舎からは子供たちの元気な声が
聞こえてくる
教室や図書室を見学した保護者達は
先生方の説明を受けながら
学校の様子を確かめていた
「少人数だからこそ
一人一人を大切にした教育を
行っています」
校長の言葉に
参加者たちは安心したようにうなずく
一方その頃
古川村長 菫 そして伏見 桂 亀岡の
三人は別行動で村内を巡っていた
最初に訪れたのは
水質調査が続けられている清流だった
川のせせらぎを聞きながら
亀岡は水面をじっと見つめる
「本当に透明度が高いですね」
菫は資料を手渡した
「こちらがこれまでの水質調査の結果です」
「年間を通じた調査は継続していますが
現在までの結果は非常に良好です」
亀岡は資料を専門家らしい質問をする
「量年間の渇水期の流量は?」
「水温の変化は?」
「豪雨の影響は?」
菫は調査資料を見せる
村長は
「不足している資料があれば
追加調査も行います」
と答える
「実際に現場を見ると
資料だけでは分からないことがよく
伝わります」
続いて村長は工場候補地として検討している
村有地へ案内した
桂は周囲を見渡しながら口を開く
「もし工場を建てるなら……」
という前置きをして候補地を見る
村長は
「まだ何も決まっていません」
と繰り返す
「道路幅や周辺環境も
よく考えられていますね」
村長は穏やかに答える
「まだ正式な計画ではありません」
「皆様のご意見も伺いながら
無理のない形で進めていきたいと
考えています」
伏見は笑顔で村長を見た
「前回 家族と来た時に感じた
『この村の空気』を是非社内の皆にも
知ってほしかったんです」
桂も静かに頷く
「古川村長 今日は来て良かったです」
「今日は土地を見に来たつもりでした」
「ですが 一番印象に残ったのは
土地ではありません」
「村全体が
一つの方向へ向いていたことです」
桂は続ける
「道の駅」
「水」
「移住」
「学校」
「どれも別々ではなく
一つの将来像としてつながっています」
「それが こちらの村の
一番の強みだと思います」
「まずは会社へ戻り この景色と雰囲気を
そのまま伝えたいと思います」
村長は深く一礼した
「ありがとうございます」
「私たちだけではありません」
「住民の皆さん 職員
事業者の皆さんが少しずつ積み重ねて
くださった結果です」
「私はその先頭で旗を持って歩いている
だけなんです」
「雨実村は
いつでも皆さまを歓迎いたします」
夏空の下
静かな山あいに吹く風は
また一つ新しい緑が育ち始めていることを
そっと知らせているようだった




