初夏の灯り
六月中旬
日が傾き始めると 雨実村を流れる清流には
涼しい風が吹き始めた
毎年この季節になると
多くの観光客が村を訪れる
目的は 源流近くに舞うホタルだった
夕方 ふるさと振興課では菫が
スマートフォンと三脚を準備していた
「今日もライブ配信ですね」
新田が笑顔で声をかける
菫は頷く
「はい 今年の村へ来られない方にも
この景色を見てもらいたくて」
「去年の配信も好評でしたね」
「今年はもっと多くの人へ届けたいですね」
二人は機材を持って ホタルの鑑賞地へ
向かった
日没
空が群青色へと変わり始めるころ
菫は配信を開始した
「こんばんは 雨実村からライブ配信です」
「今日は これからホタルをご紹介します」
画面には静かな清流と木々の影が映る
最初は暗闇だけだった
しかし数分後
一つ また一つと
小さな光が川辺を漂い始めた
「出ました……」
菫は思わず小さな声を漏らす
やがて無数の光がゆっくりと川沿いを
舞い始める
まるで星空が地上へ降りてきたような
幻想的な光景だった
配信画面には次々とコメントが流れる
「綺麗」
「いつか行ってみたい」
「癒されます」
菫は静かに微笑んだ
「ありがとうございます」
「皆さんにも この村の初夏を
楽しんでいただければ嬉しいです」
一方温泉旅館では若女将の田中美咲が
宿泊客を迎えていた
「皆様 お待たせしました」
「これからホタル観賞へご案内いたします」
宿泊客は十数人
家族連れや夫婦 写真愛好家など
其々が期待に胸を膨らませている
美咲は歩きながら穏やかに説明する
「ホタルはとても繊細な生き物です」
「ライトはできるだけ消していただき
大きな声は控えてご鑑賞ください」
「皆様のご協力を稲がいいたします」
宿泊客は静かに頷いた
やがて鑑賞地へ到着すると
あちらこちらで歓声が上がる
「わぁ……」
「こんなにたくさん」
「初めて見ました」
美咲は少し後ろへさがり
お客様の笑顔を見つめていた
「毎年 この景色を見るたびにおもうんです」
「雨実村には
自然がくれる宝物があるんだなって」
隣にいた年配の宿泊客が微笑む
「本当に来て良かった」
「温泉も素晴らしかったですが
この景色は一生忘れません」
美咲は深く頭を下げた
「ありがとうございます」
「また季節を変えて ぜひお越しください」
少し離れた場所では
ライフ配信を終えた菫がスマートフォンを
しまっていた
新田が近づいてくる
「今年も大成功だったね」
菫はコメント欄を見せながら笑う
「『今度は家族で行きます』という
コメントがたくさんありました」
新田は静かにホタルを見つめる
「こうやって一人 また一人と雨実村を
知ってくれる人が増えていくんだね」
川面には無数のホタルが舞い続けていた
その小さな光は
人と人を結ぶ「灯り」のように
初夏の夜を優しく照らしていた




