暮らしの見える景色
移住体験二日目
朝の雨実村は静かだった
温泉旅館の窓から差し込む柔らかな光
清流のせせらぎ
虫の声
参加者たちはそれぞれ朝食を終え
ロビーへ集まってきていた
前夜の交流会は予想以上に盛り上がった
移住者の体験談
農家の話
消防団の話
子育ての話
華やかではない
だが現実の暮らしが語られる時間だった
そして迎えた二日目
今日のテーマは 住む場所を見る だった
午前九時
菫 新田 数名の職員が参加者を案内する
最初に向かったのは空き家だった
村が所有者の了解を得て
公開している住宅である
平屋建て
少し手を入れる必要はあるが
十分住める状態だった
「思ったより広いですね」
大阪から来た夫婦が驚く
「昔は三世代で暮らしていた家なんです」
菫が説明した
二軒目
こちらは比較的新しい住宅だった
元々は若い家族が暮らしていたが
転勤で離れたという
小学校にも近い
子育て世代向けの物件だった
「家賃はどのくらいですか?」
「補助制度もありますよ」
参加者たちから次々に質問が出る
観光とは違う
本気で検討している人もいるのだ
住宅見学を終えると
一行は村の奥へ向かった
車を降りる
そこには小さな滝があった
岩肌を流れる透明な水
派手ではない だが美しかった
「ここは?」
「龍神の滝です」
菫が答える
「昔から村の人に親しまれている場所です」
滝のそばに小さな祠があった
苔むした岩 供えられた花
今でも地域の人が手入れをしている
「こういう場所が残っているんですね」
参加者の一人が感心したように言う
「はい」
「村にはこういう場所がたくさん有ります」
菫は微笑んだ
青月村の滝を思い出していた
数字には表れない風景
人が守り続けてきた場所
それは雨実村にもある
昼前
一行は最後の見学地へ向かった
高台にある展望台
その名も 雲見台
車を降りる
少しだけ歩く すると視界が開けた
参加者たちから小さな歓声が上がる
「すごい……」
眼下には雨実村が広がっていた
田圃
集落
道の駅
川
遠くの山並み
秋の空は高い
「天気が良い日は向こうの市街地まで
見えるんですよ」
新田が説明する
風が吹く
稲穂が波のように揺れていた
「毎日この景色見られるんですね」
若い女性が呟く
菫は答えなかった
代わりにその景色を一緒に眺めた
住むということは
家だけではない
職場だけでもない
こうした景色も含めての暮らしなのだ
昼食後
体験会は最後の時間を迎えていた
参加者たちは自由に質問をしている
農業
子育て 買い物
交通 医療
現実的な話が中心だった
菫たちも一つ一つ丁寧に答えていく
やがて午後三時
閉会の時間が来た
参加者たちが荷物をまとめ始める
「ありがとうございました」
「楽しかったです」
「参考になりました」
様々な声が聞こえる
もちろん
全員が移住するわけではない
それでも構わない
雨実村を知ってもらうこと
それも大切な成果だった
最後の車が見えなくなるまで
菫たちは手を振っていた
秋の風が吹く
静かになった駐車場で
新田がぽつりと呟く
「終わりましたね」
「そうですね」
菫も頷いた
疲れはある
だが心地よい疲れだった
そして古川村長は少し離れた場所から
その様子を見ていた
帰っていく人たち
村に残る人たち
そして村を出ていった人たち
最近考えることが頭をよぎる
十年前
二十年前
雨実村を離れた若者たちは
今どこで何をしているのだろうか
村長は静かに空を見上げた
高い秋空の下で次に打つ手を考え始めていた




