数字の外側
九月の上旬
残暑は続いていたが 朝夕には少しだけ
秋の気配が混じり始めていた
瀬河市役所
瀬河地域将来研究会の
第二回会合が開かれていた
前回より参加者は少ない
各自治体の首長
担当課長
事務局職員
前回のような顔合わせの雰囲気はなくなり
会議は最初から本題へ入っていった
議題は
人口推計
財政見通し
医療体制
公共交通
行政サービス
どれも予想された内容だった
県の担当者が説明する
資料が映し出される
質問がでる
回答が返される
会議は淡々と進んでいく
誰も感情的にはならない
誰も合併を口にしない
しかし
誰もがその先を意識していた
特に青月村の数字は厳しかった
高齢化率
職員数
医療体制
資料が示す将来像は決して楽観的ではない
それでも会議は静かだった
予定時間通りに終了する
「本日はありがとうございました」
事務局の挨拶で研究会は終わった
参加者たちはそれぞれ帰路につく
雨実村の公用車
運転席には新田
助手席に菫
後部座席には古川村長
前回と同じ配置だった
車は瀬河市街地を離れ 山道へ入っていく
暫く誰も話さなかった
会議の内容をそれぞれ整理している
ようだった
最初に口を開いたのは菫だった
「前回より静かでしたね」
「そうですね」
新田が頷く
「皆さん数字を見慣れて来たんでしょう」
「慣れるものなんですね」
「よくも悪くも」
バックミラー越しに古川村長を見る
村長は窓の外の山並みを眺めていた
そしてぽつりと言った
「数字はよう分かった」
二人が振り返る
「だがな」
古川村長は続けた
「数字ばかり見ておると
人がおおらんような気がしてくる」
静かな声だった
菫は青月村を訪ねた日のことを思い出した
移動スーパー
川床
山中の両親
あの景色は資料には載っていない
「そうですね」
新田も頷いた
「数字は状況を教えてくれますが
人の気持ちは教えてくれません」
古川村長が笑う
「県職員らしい答えじゃな」
「よく言われます」
三人が少しだけ笑った
やがて村長は姿勢を正した
「菫さん」
「はい」
「少し頼みたいことがある」
仕事の話だと分かった
「なんでしょう」
「ここ十年以内に雨実村から外へ出た
若い人たちの資料を集めてもらえんか」
菫は目を丸くした
「村を出た人達ですか」
「うむ」
新田も少し意外そうだった
「何か新しい事業ですか」
「まだ分からん」
古川村長は正直に答える
「ただ気になるんじゃ」
車内が静かになる
「研究会では人口が減る話ばかりしておる」
「だが その人達は消えたわけではない」
山道を車が進む
窓の外には稲穂が揺れていた
「神戸へ行った者もおる」
「大阪へ行った者もおる」
「広島へ行った者もおる」
「東京へ行った者もおるじゃろう」
村長はゆっくり話す
「今どこで何をしておるのか」
「雨実村をどう思っておるのか」
「帰って来る気はあるのか」
「それとも別の人生を歩んでおるのか」
誰も口を挟まなかった
「わしらは案外知らん」
古川村長はそう言った
新田が腕を組む
「確かに」
「統計には出てきませんね」
「そういうことじゃ」
村長は頷いた
「残った人だけ見て村の将来を
考えるのも大事じゃ」
「だが出ていった人もこの村の人間だった」
その言葉に菫は少し驚いた
合併の話をしていると思っていた
だが村長は別の方向を見ている
「成人式の名簿」
「卒業生名簿」
「わかる範囲で構いません」
菫が言う
「まとめてみます」
「頼む」
古川村長は満足そうに頷いた
そして再び窓の外を見る
青い山並みが続いている
研究会は終わった
しかし古川村長の中では
別の何かが動き始めていた
合併するしかない
その前に
まだ聞いていない声があるのではないか
雨実村を離れた人たちの声が
公用車は静かに山道を進んでいく
秋の入口が近づいていた




