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昔の村の話

ひとしきり騒ぎになった後

山中の母に促され菫は居間へ通された

「どうぞどうぞ」

「散らかっていますけど」

そういいながら母親がお茶を運んでくる

畳敷きの居間は涼しく

仏壇の前には盆提灯が灯されていた

「ありがとうございます」

菫は丁寧に頭を下げる

向かいには山中の父

隣には母

そして山中本人は少し離れた場所で

気まずそうに座っていた

「まだ嫁だと思われています?」

菫が小声で聞く

「多分思われています」

「違うって言ったじゃないですか」

「この村ではそういう話は真実より先に

広まるんですよ」

山中があきらめたように答えた

それを聞いた両親が笑う

「幸一も昔から変わらないねぇ」

「変なところだけ真面目だからな」

「父さんまで……」

居間に穏やかな笑いが広がった

暫くして菫は本題を切り出した

「今日は青月村を見せていただきました」

「とても良い村ですね」

父親が少し驚いた顔をする

「そう見えましたか」

「はい」

「滝も神社も綺麗でした」

「川床も素敵でした」

母親が嬉しそうに頷いた

「昔からあの辺りは村の自慢なんですよ」

「子供の頃はよく遊びました」

山中も懐かしそうに笑う

「滝壺の近くまで行って怒られたことも

あります」

「何回もね」

母親がすぐに付け加えた

「余計なことを……」

再び笑いが起きる

やがて菫は少し真面目な表情になった

「昔の青月村はどんな感じだったんですか」

その質問に父親と母親は顔を見合わせた

そして父親がゆっくり口を開く

「今よりずっと賑やかでした」

短い言葉だった

ただ重みがあった

「幸一が小学生だった頃でも

まだ子供は沢山いました」

「学校も今より人数が多かったですしね」

母親が続ける

「運動会なんて本当に

賑やかだったんですよ」

「集落ごとに応援席があって」

「お弁当もみんなで食べて」

菫は静かに耳を傾ける

「商店もありました」

「農協の前には

ガソリンスタンドもありました」

「食堂も二軒あったな」

父親が懐かしそうに言う

「今の統合学校になる前は

もっと子供がいましたよ」

山中も話に加わった

「私の学年だけでも十数人いました」

「今は?」

「今年は新入生は二人です」

部屋は静かになる

菫は今日見た学校を思い出した

立派な校舎 だがそこへ通う子供は少ない

「寂しいですね」

思わず口から出た

父親は少し考えてから頷く

「そうですね」

「でも 誰かが悪いわけじゃない

その言葉は静かだった

「みんな生活がありますから」

「町へ出る人もいます」

「戻ってくる人もいます」

「それだけの話です」

菫は頷いた

研究会では人口推計の数字が並んでいた

しかしここで語られているのは

人の人生だった

数字ではない 暮らしの話だった

気が付けば窓の外は赤く染まり始めていた

山の向こうへ夕陽が沈んでいく

「そろそろ送ります」

山中が立ち上がる

「お邪魔しました」

菫も頭を下げた

「また来てくださいね」

「今度はゆっくり止まっていけばいいから」

母親の言葉に山中が苦笑する

「だからそういう話じゃないです」

玄関先で再び笑いが起きた

やがて二人は車へ乗り込む

エンジンが静かに動き始めた

夕暮の青月村を後にする

窓の外では田圃が夕日に照らされていた

「今日はありがとうございました」

菫が言う

「こちらこそ」

山中は前を向いたまま答えた

「どうでしたか」

「思っていたより普通でした」

山中が笑う

「それは良い意味でですか」

「もちろんです」

「研究会の資料だけみていたら

もっと暗い印象を持っていたと思います」

菫は続けた

「でも実際は違いました」

「人がいて」

「暮らしがあって」

「思い出があって」

山中は静かに頷く

「そうですね」

「故郷ですから」

車は十五分ほどで雨実村へ入った

役場前の駐車場には人影はない

休日の静かな夕方だった

山中は車を停める

「着きました」

「ありがとうございました」

菫は車を降りた

ドアを閉める

夕暮の風が心地良かった

「山中さん」

「はい」

「今日は来てよかったです」

山中は少し驚いた顔をした後

穏やかに笑った

「それなら案内した甲斐がありました」

二人は軽く会釈を交わす

そして山中は再び車を走らせた

青月村へ向かうために

実家へ戻るために

赤く染まる山並みの向こうへ車は消えていく

菫はその後ろ姿を見送りながら思った

研究会でみた人口三百人という数字

今日見た青月村

その間には大きな違いがあった

数字だけでは見えないものがある

山中が電話で言った言葉の意味が

今なら少し分かる気がした

夏の夕暮れが静かに雨実村を包み始めていた



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