山の向こうへ
お盆を目前に控えたある日の昼休み
菫は先日の電話を思い返しながら
スマートフォンを手に取った
青月村
研究会で見た人口推計
山中が語った故郷の話し
数字だけでは見えない何かを
自分の目で確かめてみたい
そんな思いが日に日に強くなっていた
呼出し音が数回鳴り
山中が電話に出る
「もしもし」
「お疲れ様です 山中さん」
「お疲れ様です」
少し言葉を選びながら菫は切り出した
「先日のお話なんですが……」
「青月村ですね」
「はい」
山中は小さく笑う
「行く気になりましたか」
「なりました」
「もし ご迷惑でなければ
ご一緒させてください」
「電話の向こうで少しだけ嬉しそうな声が
法が早いですから返ってきた」
「もちろんです」
「せっかくなら実際に見てもらった」
「ありがとうございます」
「では お盆の十四日でどうでしょう」
「大丈夫です」
「朝九時頃に雨実村役場前へ行きます」
「バスですか?」
「いえ 車です」
「そのまま青月村まで行きますから」
考えてみれば当然だった
帰省するのだ
墓参りもするといっていた
村の中を案内するには車は必要だ
「わかりました」
「では 当日よろしくお願いします」
電話が終わった
菫は少しだけ胸を高鳴らせながら
窓の外を見た
山の向こうにある村
もうすぐ その景色を見ることになる
そして迎えたお盆の朝
雨実村役場前
夏空が高く広がっていた
菫は日陰になったバス亭のベンチで
待っていた
私服姿で小さなショルダーバックを
肩にかけている
役場は休みのため人影も少ない
遠くで蝉が鳴いていた
やがて一台の自動車が県道を曲がってきた
シルバーの軽ワゴンだった
役場前でゆっくり停車する
運転席の窓が開いた
「おはようございます」
山中だった
「おはようございます」
菫も笑顔で頭を下げる
「遠かったでしょう」
「途中で一度休憩を取りました」
山中は苦笑いした
「さすがに沿岸部からここまでくると
少し時間がかかりますね」
「ですよね」
二人は顔を見合わせて笑った
「では行きましょうか」
「お願いします」
菫は助手席へ乗り込む
ドアが閉まる
冷房の効いた車内は快適だった
ダッシュボードには実家への
手土産らしい箱がおかれている
山中がシートベルトを確認した
「青月村まで十五分ほどです」
「思ったより近いですね」
「近いですよ」
「青月村へ行くのは初めてですか?」
「通過したことはありますが
わざわざ行くのは初めてです」
山中は前方を見ながら言う
「意外と行く機会はないんですよね」
車が静かに走り出した
雨実村役場が後方へ遠ざかる
山々の緑が窓の外に流れていく
暫く沈黙が続いた
山中がポツリと呟いた
「こうして帰るのは久ぶりなんです」
「去年は帰れなかったんでしたね」
「はい」
山中は苦笑いした
「両親にもよく怒られます」
「それは仕方ないですね」
二人はまた笑った
そして車は山道へ入る
夏の青空の下
山中の故郷 青月村へ向かって
研究会の資料には載っていない景色を
見に行くために




