トラウマ
メタルガ族のシグネイターである二人は、並んで立ち、いきなり現れた侵入者である僕らを静かに凝視している。力量を計っているのだろうか、ハイドは足の震えを無理やり抑えかろうじて立つ。この工場の地下に、アクウス族が何人も囚われていることを、キスラとフェルミは知っていた。元素の刻印がシグネイターから離れた時、同じ部族の子供にランダムに継承されるのは、昨日のキスラの話にもあった。だから1人でも多くのアクウス族を拉致、監禁しておく。それこそが、彼らの残虐極まりないやり方だった。
ハイドはこの場に立って、いやというほど理解した。これから、目の前にいる二人と戦うことになること。そして自分は……間違いなく、足手まといになるということ。
気づけばキスラは、格上相手に臆することなく言葉を発していた。
「やあ、ずいぶん自由にやってくれたみたいじゃねぇか、おとなしく、俺らの仲間を返してもらおうか?」
すると向かって左側。左手に「Na」の文字が刻まれた男、ナトリウスが答える。見た目こそ若いが、喉から出る声は、低く乾いていた
「うっせえよ。俺に気安く話しかけんじゃねぇ、ってか、一丁前に仲間とかいうが、あいつらの顔も知らねぇんだろ?何が仲間だよ?気持ち悪ぃ、なあ、クロリス。」
「そうですね、26、8、そして___1。到底私たちには勝てませんね。諦めて帰ってくださる?」
右側の女。手に「Cl」の文字がある女、クロリスの冷たい目線が、ハイドを刺す。一瞬で背筋が凍る。「怖い」と、反射で思う。
「1の子は、自分の能力をどこまで操れるのかしら?他の2人は攻撃体制なのに、どうしてあなたは、ただ突っ立ってるだけなのですか?初めから戦闘を放棄している?」
金色に輝く美しい髪を指でくるくるとまきながら、はっきりと、彼女はそう言った。透き通ったガラスのような、きれいな声だった。だがそれ故に、ハイドの恐怖はみるみる膨れ上がっていった。
「私はただ質問してるだけですよ?気になってしまいまして。」
「うっせぇよ。ごちゃごちゃ言ってんな!」
そう言った瞬間、キスラは爆発と共にナトリウスに飛びついた。
「__!」
ナトリウスは、急に目の前に飛んできたキスラを、ギリギリで避ける。爆発が、今まで頭があった場所で炸裂する。ナトリウスは笑う
「はっ!面白れぇ!」
ナトリウスは、無数の棘を生成し、キスラに飛ばす。
「Na氷柱(Naアイシクル)!」
キスラは爆発を駆使して、それらを破壊し、かわし、距離を詰める。そばで見ていたクロリスもすかさず、加勢に入ろうと攻撃体制をとる。しかし真横から飛来した金属の塊が、ナトリウスへの加勢を妨げた。
「あなたの相手は、こっちでしょ?」
フェルミが巨大な鉄の手(Feブレイク)を生成し、クロリスに殴りかかる。クロリスは高く飛び上がりかわす。クロリスが地面に着地するまえに、フェルミは距離をつめ、再び拳を振るう。
「す…すごい、これが、シグネイターの力…」
後ろで身を隠しているハイドは、目の前の戦闘を、ただ見守ることしかできなかった。自分の無力さを思い知らされる。彼は左手の「H」の文字を見つめる。「1」。その数字が、何度も頭をよぎる。
「どうせ、操れたところで、弱い能力なんだ。足手纏いに変わりはないんだ…。」
そう、自分に言い聞かせる。
その時キスラは、数多の棘を掻い潜り、ナトリウスの間合に入ることに成功した。
「きた!ここだっ!!」
すかさずナトリウスめがけて、最高出力の大爆発を放つ。大量の粉塵が舞う。「かなりダメージを入れたな。」キスラは確信する。大きな手ごたえ。きっと、彼はすぐには動けない。呼吸を整えるために少し距離を取り、大きく息を吐く。次第に粉塵が晴れる。
その瞬間!
粉塵の中から黄色い炎を纏ったナトリウスが飛び出した。
「ぐはっ!!!」
ナトリウスのNaアイシクルが、キスラを貫く。腹部に激痛を覚える。見ると、棘は彼の脇腹に深く刺さり、血が溢れていた。
「くそっ!なんで!?」
「フレームリアクションか…初めてだが、悪くない感覚だ。むしろ、身体がよく動く。」
キスラは大急ぎで距離を取り、愕然とする。フレームリアクション__。噂に聞いたことはあったが、実際に対峙するのは初めてだった。一部のメタルガ族のシグネイターが持つこの能力は、キスラをはじめとする爆発系シグネイターの能力を光に変換し、完全に吸収、無効化することができた。思い出し、身体中を絶望が覆う。
「まずいな、相性が悪すぎる__!」
考える隙さえ与えないようにか、ナトリウスは小さな液体の塊をこちらに全速力で投げつける。新しい技だ。ナトリウスは、目の前の確実な勝利に反応したのか、狂気に満ちた笑い声をあげていた。
「なんか血が騒いできちまってよぉ!アイシクルだけじゃ、つまらねえよなぁ!!生け取りなんて知るかぁ!!! Naカウスティック!」
なんだこれ!間一髪キスラはかわし、液は後ろの床に散らばった。すると「シュー」という不気味な音と共に床が溶ける。「こんなの肌にかかったら終わりだろ!」キスラは思う。向き直り、ナトリウスを見据える。
「あ___。」
目を上げた。視界いっぱいに、透明な液体が迫っていた。
__まずい!
時間がひどくゆっくりになった。目の前の液体は、透き通るようにきれいで、爆発の光を受けてきらびやかに輝いていた。
「こんな時に何を思ってんだろうな……」
キスラはそっと目を閉じた。
「もう、もう、終わりか?」 ナトリウスは思う。
自分が飛ばしたNaカウスティックは、キスラの全身に降り注いだ。肌はただれ、再生などしないだろう。万が一生きていたところで、彼にもう戦うすべはない。今は立っているが、じきに倒れるだろう。
しかし、いつまでもキスラは倒れない。よくみると、肌も爛れていない。
「なぜだ!?」
よくみると、Naカウスティックは、彼の肌に触れるほんの一瞬手前で、動きを止めていた。なぜ触れない?あの隙間に、何があるというのだ!キスラは笑みを浮かべ、答える
「酸素を超高圧で纏わせる。空気のバリアだ。残念だったな。」
ナトリウスの全身を、再び緊張が駆け巡った。それと同時に、胸の奥から高揚が込み上げてくる。すかさず攻撃体制に入る。こんなに自分を高ぶらせる相手と会うのは、久しぶりだった。彼を強く見据える。楽しい!!!
……しかし不思議だ。いつまでも反撃が来ない。突っ立ったままで何をしている?
「___ああ、そうか。」
一瞬の高揚は足場を崩した建物のように、バラバラと崩れ落ち、落胆に変わった。目の前の男はもう、疲労で技を出すことすらできないのだ。お前もそこらのやつと同じかよ。くだらねぇな、心底くだらねぇ。
「お前にはがっかりだよ。」
ぼそっと呟くように言い、大きな金属の手を生成する。そして躊躇うことなく腕を振るう
バアアアン!
なす術のないキスラの体は、強く壁へと打ち付けられた。
フェルミは、大きな脅威と対峙していた。自分がどれだけ鉄で武器を作っても、ことごとく溶かされてしまう。それも一瞬に。かなり長い期間修行を重ねたのだろう。勝てる未来がまるで見えない。
「なかなかしぶといですね。まあ、私のClエクリプスをどうにかしない限り、勝つどころか、攻撃すらできませんが?」
悔しいが、その通りだ。体を鉄で覆っているから、肌こそ傷つかないが、この無尽蔵のClエクリプスを相手にしていては、いずれ体力も尽きてしまう。早く、打開策を見つけないと。
「そうだ…!」
ふと、一つのアイデアが頭に浮かんだ。しかしこのアイデアはハイドにすべての命運を託すことになる。ハイドがしくじれば、みんな死ぬ。
__それでもフェルミは躊躇わなかった。
「ハイド。お願い。間に合ってね。」
そう言って、体を分厚い鉄で多い、フェルミは静かに迫りくるClエクリプスの中に沈んだ。
「__まずいまずいまずい!」
ハイドは焦る。目の前で、2人が追い詰められていく。助けないと。でも、どうやって?自分に何ができるというのだ。クラス1の自分に。どこかに、どこかにヒントはないのか!
___水素?
自分の周りには、今たくさんの水素が存在している。その姿こそ見えないが、確かにそこにあるのをハイドは感じた。
「水素__?でも、これを使えば……!」
今なら、できる気がする。二人を助けたい!と、心の底から思う。ハイドは目を閉じる。ゆっくりと、水素を自分の後ろに集める。初めてだが、できる。まるで、昔からその方法を知っていたかのように。
突然、頭にひとつ、記憶が蘇る。思い出したくもない記憶。爆発に巻き込まれた少女が、こちらに手を伸ばしている。
__助けて!
爆音で、声は聞こえない。でも、彼女の口の動きは、確かにそういっていた。それは突然起こった爆発事故。原因は不明。その場には、自分と彼女のみだった。少女は危篤となり、病院に搬送された。ハイドの幼馴染だった。
___なんでこんな時に思い出す?あれはただの爆発事故だ。違う。自分のせいじゃない。だってほら。操るだけだ。生み出せはしない。頭をふり、記憶を払い落とす。
ハイドは我に返り、前を見つめ、ふと思う。どっちを助けるべきなのだろうか?クロリスに突っ込む?ナトリウス?そのあとは?自分は?
どちらにしても、体を溶かす液をかけられるのだろうか。キスラのように気体で自分の肌を守ることも、フェルミのように金属で覆うことも、できない僕に?
その時、ナトリウスのNaブレイクによって切断された送電線から、火花が散った。
まずい!その位置はだめだ!!
「バンッッッ!!!」
世界から音が消える。大きすぎる音に、聴覚を奪われる。自分の真後ろで、水素が爆発したのだ。その勢いで、ハイドはナトリウスとクロリスのちょうど真ん中の壁に向かって、吹き飛ばされる。よほど予想外だったのか、2人は目を大きく見開き、焦ったように技を出す。
「Naカウスティック!」
「Clエクリプス!」
「終わった__。」
何も遮るものがない状態で、もろにそれらが肌にかかる感覚。熱い。焼ける。このまま、死ぬのだろう。肌はただれ、肉は腐り、もう回復しない。こんなところで終わるんだな。クラス1のまま。せめて、せっかく助けてくれた2人に、恩返しがしたかった。
ごめんね、役に立たなくて。
ハイドはそっと目を閉じた。
「__あいつ、能力を使えたのか」
鼻につく金属が焦げる匂いに包まれ、ナトリウスは悪態をつく。いきなりの大爆発、予想していなかった。まあ、所詮飛び出しただけの能無しだ。何が変わるわけじゃない。俺はこいつの始末を__!
いない。
今まで壁にめり込んでいたはずのシグネイターがいない。どこに行った?辺りを見回す。すると、1人の女が、近くにいた。
「さて、今度は君と戦うとしようか」
さっきまでクロリスと戦っていた女だ。見れば、クロリスは、あの男と対峙している。
「さっきまでクロリスにボコられてたくせに、威勢がいいじゃねぇか?言っとくがな、俺はあいつより何倍も強いぞ?」
言いながら、幾つものNa氷柱(Naアイシクル)生成し、フェルミめがけて一斉に飛ばす。
「パアアアン!」
いきなり現れた鉄の剣(Feブレイド)が、棘を一瞬で粉砕した。
「君、クラス11でしょ?かなり……脆いね」
「うるせぇ!」
ナトリウスは焦り、次々にNa氷柱(Naアイシクル)を出しては、フェルミに飛ばした。しかし彼女は特に苦労する様子もなく、あっという間に全てを壊し尽くした。圧倒的な力の差に、高揚すら感じない。ただ___こわい。気づけば攻守交代といわんばかりの無数の剣がナトリウスを襲う。急いでNaカウスティックで溶かそうとするが間に合わず、押されていることは、明白だった。
「Naカウスティックじゃ無理だ!反撃の手段がねぇ!やっぱり俺はあいつの始末を!」
そう思い、急いでクロリスの元へと走り出す。!
「あ!待て!逃げるな!」
後ろの声を無視し、クロリスの元へ急ぐ。あいつは確かに、この女を押していた。選手交代だ!!
「クロリ……ス?」
クロリスもちょうど、助けを求め、ナトリウスの所へと向かっている最中だった。彼女の後ろから、キスラが追ってきている。キスラの絶え間ない爆発を避け続けるのは、かなりの体力を要する。彼女はキスラに対する有効な攻撃手段を、持っていなかったのだ。
「すみません、彼の爆発の能力が、私とはすごく、相性が悪いみたいで…」
「くっ、使えねぇ能無しがよっ!」
予定変更だ。ナトリウスは急いで方向転換し、二人から距離を取る。後ろからクロリスが「お待ちください!」とついてくる。
その時、後ろを振り返ったナトリウスは言葉を失った。
キスラとフェルミが合流し、手を重ねていたのだ。すると、次の瞬間には、赤黒い炎のようなオーラが渦を巻き始め、巨大な金属の質量兵器――合技『酸化鉄』が咆哮を上げていた。それは限界の大きさとなったとき、こちらに向かって、正確に放たれた。
「こいつはやばい!まともに当たったら、防ぎきれねぇ!」
本能で察した。仕方がない。
彼は振り向き、クロリスを____その大きな塊に向かって蹴り飛ばした。
「え?ナトリウス様………?なんで……」
クロリスは腹に大きな痛みを覚える。何が起きたのか、すぐには理解できなかった。時間の流れが、ひどくゆっくりに感じる。視界がぼやけて、目の前の景色が歪む。自分の体は、いま、どこを向いているのだろうか?何も考えられない。
「……これが「死」を目の前にした時の感覚なのでしょうか。」
ふと、そんなことを考える。
___裏切り……ですか。
「確かに、ナトリウス様はずっと、私を下に見ていました。この研究所を2人に任せると『あの人』から言われた時も、あなたはすごく怒っていましたね。『こんな奴と一緒にされるのですか?』『適任は他にたくさんいます!』……思えば私たちは、同じ戦場いにはいても、2人で戦ったことは、一度もなかったのですね。それでも、私はあなたの隣に立ち続けた。あなたに認めてもらえる日が、いつか来るのだと思っていたから。
でも――もう、いいです。
疲れました。
私のバディが、もう少し気の合う、優しい人だったら__なんて。もう、思いもしません。
「バアアァァァン!!」
大きな音の後、世界は静寂を取り戻した。体を襲うはずの痛みは、まだ来ない。クロリスは、ゆっくりと目を上げた。そこには、粉々に砕け散った鉄の塊が散乱していた。ナトリウスの姿はない。
「なんで…?助かった……?」
いったい誰が___?
ふと、後ろに立つ人影に気づく。初めから戦闘態勢すら取らず、ただ立っていた少年。
先ほど突然飛び出し、自分とナトリウス様の攻撃に巻き込まれたはずの少年が、こちらに向かって手を伸ばしていた。
「あなたが……?」
少年は答えない。苦しそうな息をしているが、表情はよく見えない。
「助けて…くれたんですか?……こんな私を…」
その瞬間、大粒の涙が頬を伝った。そうです。私は、生まれた時からずっとあなた方と同じアクウス族でした。だから、メタルガ族と戦うためのClエクリプスだけを、ずっと訓練し続けてきたのです。アクウス族として、メタルガ族と戦うために。
クロリスは、急に身体から力が抜けていくのを感じた。安心したからだろうか。それとも、もう限界だったのだろうか。まぶたが、ひどく重い。体はもう、言うことを聞かなかった。
__クロリスは、気絶するように眠りに落ちた。
キスラは驚いていた。フェルミとの合技「酸化鉄」は、大きな音とともに粉々に砕け散った。何が起こった?爆発系の新しい技だ。敵にまだあんなに力が残っていたのか。すぐに反撃が来るだろう。次は2人の合技だろうか!
しかし、反撃が来ないまま粉塵が消え、そこにいたのは、疲れ切って倒れたクロリスと、顔を引き攣らせたハイドだった。
「え……今の…もしかして、ハイドがやったのか!?」
急いで駆け寄り、ハイドの肩をポンと叩く。
「すごいじゃないか!クラス1なのに!素質があるんだな!」
すると、ハイドはそのままばたりと床に倒れた。自分肩を押したその力に抵抗できるほど、彼に力は入っていなかったのだ。床に張り付き、彼は細かく震えていた。
「僕じゃない…僕に…僕にそんな力はないんだ……!あの事故は…原因不明の…ただの爆発事故なんだ…」
「大丈夫か?ハイド…?」
その様子を遠くから見守る影があった。傷だらけのマントが風に揺られている。
「……相対する二つの力を、同時に受けて中和…か。素人にできることじゃないな。まあ、狙ったわけでもないだろう。あいつには、神が微笑んでるのかもな」
彼はそう呟くと、マントを翻した。その左手には「N」の刻印がくっきりと刻まれていた。マントは、大量の砂塵を舞い上げ、あたりを覆った。その砂塵が晴れたとき、もうそこに男の姿はなかった。
ハイドは、一人で森の中を走っていた。なぜ走っているのか。どこへ向かっているのか。自分でも分からなかった。ただ、胸の奥にまとわりつく、ひどく嫌な感覚から逃げたかった。額には脂汗が滲み、呼吸はとうに乱れている。追っ手の気配はない。それでも、一刻も早くこの場所から離れなければならないような気がした。
――あれを、見てはいけなかった。
何を見たのかすら、うまく言葉にできない。
__ただ、怖かった。
「……っ、はぁ……はぁ……」
ハイドの足は、とうとう限界を迎えた。ハイドは膝から崩れ落ち、そのまま地面に倒れ込んだ。
「大丈夫……?」
朦朧とする意識の中、背後から声がした。一人の少女だった。
「来るな!!」
考えるより先に、ハイドは叫んでいた。少女は驚いたように足を止める。
「どうしたの、ハイド? なんかおかしいよ……?」
それでも彼女は、心配そうに一歩ずつ近づいてくる。
「来るな……!」
近づかないでくれ。頼むから!
「ハイド……?」
少女の手が、伸びてくる。
そして――
指先が、ハイドの身体に触れた。
その瞬間。
「――――ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
何かが、ハイドの中で弾け飛んだ。全身から、炎が噴き出す。少女の身体を炎が包み込む。その肌が、みるみるうちに赤くただれていく。
「いや……!」
少女の悲鳴が響く。ハイドは、ただ見ていることしかできなかった。
___違う!……やめてくれ!
僕は、こんなこと――
「……ド………ハイド!」
「……!」
がばっ、とハイドは目を覚ました。全身が汗で濡れている。心臓は激しく脈打ち、息がうまく整わない。
「大丈夫?」
目の前には、心配そうにこちらを覗き込むフェルミがいた。
「……フェルミ?」
周囲を見回す。まだ、車の上だ。すぐ隣では、クロリスが静かな寝息を立てている。
「ずいぶんうなされてたよ。怖い夢でも見たの?」
「……うん。ちょっとね」
そう答えたものの、ハイドは自分の手を見つめた。夢の中で触れられた感触。肌を焼く炎の熱。少女の声。そして、あの恐怖。どれもあまりに鮮明だった。ただの夢とは思えない。
__これは、記憶だ。
ハイドは知っていた。自分はあの日、ある少女を殺しかけた。幼いころからずっと一緒に過ごしてきた――幼馴染だ。あの爆発事故以来、ハイドは村に戻っていない。
怖かった。
何が起きたのかを知ることも。彼女がどうなったのかを知ることも。そして何より、自分自身と向き合うことが。
だから、逃げた。ずっと。
「……フェルミ、お願いがあるんだ」
「ん?」
ハイドはゆっくりと顔を上げた。声は震えている。それでも、今度は逃げなかった。
「探したい人がいる」
フェルミは黙ってハイドを見る。
「その人が今、生きているのか、死んでいるのかも分からない。でも……会わなきゃいけない人なんだ」
胸の奥が痛む。怖い。今だって、足が震えそうになる。それでも。
「何を言われても、どれだけ苦しくても……ちゃんと話をしなきゃいけない」
ハイドは、前を向いた。
「だから――」
一度、息を吸う。そして、はっきりと言った。
「これからも、僕を冒険に連れて行ってほしい」
フェルミの髪が、風で揺れる。美しい木漏れ日の中、フェルミは弾けたように笑う。
「もちろん!当たり前でしょ?」
ハイドの視界が揺らめく。目の前のフェルミの顔は、もうよく見えない。
___ありがとう。
安心感に伴う急激な眠気で、ハイドは再び、眠りに落ちた。もう彼はうなされず、その寝息は穏やかだった。




