力の差
「本当に申し訳ありませんでした……!」
帰りの車内で傷の手当てを終えたクロリスが深々と頭を下げた。その声に、ハイドもゆっくりと顔を上げる。
「気にすんなって。こうやって三人とも生きてんだから。」
しばらく前に目を覚まし、銃を手入れいていたキスラが笑う。
「それに、お前の能力、メタルガ族特化なんだろ?いい戦力になりそうだ。これから一緒に頑張ろうな。」
そういってキスラは笑ってこぶしを差し出した。クロリス少し戸惑った後、照れ臭そうにこぶしを合わせた。考えてみれば確かに、クロリスはアクウス族であるキスラへの攻撃手段を何一つ持っていなかった。きっと、戦いたくて戦っていたわけではないのだろう。ナトリウスに従わされていた、というところだろうか。
そんなことを考えていると、クロリスがふとフェルミの方を向いた。
「そういえば、フェルミ様、一つ気になったことがあるのですが」
「なあに?」
フェルミが肩越しに振り返る。クロリスは少しだけ迷ったように視線を落とし、そして言った。
「あなた、メタルガ族ですよね__?」
「………」
空気が凍り付いた。
フェルミが……メタルガ族?あまりに唐突で、頭が真っ白になる。
いや、ありえない!それだったらすぐにサーヤが気づくはずだ。キスラだって、ずっとフェルミと一緒にいる。
「クロリス、それはあり得ないよ。」
ハイドは慌てて口をはさむ。
「いったい、何を根拠にそんなこと言うんだい?さっきだって、一緒にメタルガ族と戦ったじゃないか!ねえ、フェルミ?」
返事がない。
___フェルミ?
フェルミは何も言わず、ただ俯いていた。追い打ちをかけるように、クロリスは続けた。
「刻印…Feですよね?私、メタルガ族のところにいたので…その、わかるんです。どの刻印が、どの部族に属しているか…」
「いや、そんなわけ……だって___」
ふと、今までの戦闘の記憶がハイドの脳内に蘇る。メタルガ族のシグネイターは、大きな金属の塊を生成する。スカディウスのScメイスも、ナトリウスのNa氷柱もそうだった。そして、クロリスと戦った、あのフェルミのFeブレイクも__。
ふと見たフェルミの顔は笑っていなかった。いつもなら、何を言われても笑っているのに。彼女はただ真剣に、まっすぐクロリスを見つめ、そして、静かに言った。
___そうだよ。
喉がひりつく。何か言わなきゃいけない。でも、言葉が出てこない。ハイドはキスラを見る。彼は何も答えず、静かに視線を足元へと投げた。
「……知ってたんだ。」
ようやく出てきた声は、自分でも驚くほど小さかった。
「アクウス族のあなたが、メタルガ族のもとで働いていたのと同じ。私もメタルガ族だけど、アクウス族として生きている。」
ごめんねハイド、隠してて。と言い、フェルミは続けた。
「私は、メタルガ族が嫌い。あいつらのやり方は、本当に頭にくる。理由はそれだけ。」
フェルミは俯きがちにいった。強く握りしめるこぶしが細かく震えている。
「だから私は、メタルガ族を“こてんぱん”にやっつけてあげたいの。」
そう話すフェルミの顔には、怒りが滲んでいた。彼女が怒る姿を、ハイドは今まで見たことがなかった。それゆえに、メタルガ族に対する彼女の怒りの大きさが、いやというほど理解できた。
「そのためには、たくさんの情報が必要なの。クロリス。あなたがメタルガ族について知っていること、全部話してくれないかな?」
フェルミの目は真剣で、静かにそういった。
「あなたの力が必要なの」
フェルミはクロリスを正面から見つめた。その目に、嘘はなかった。クロリスはしばらく戸惑うようにフェルミを見つめ、それから、ふっと笑った。
「もちろんです。」
その表情は、どこか嬉しそうだった。
「裏切者同士、仲良くしましょう!」
これからよろしくお願いします。と言って二人はそっと握手を交わした。
車内に、短い静寂が落ちる。クロリスは、ゆっくりと口を開いた___。
青鱗の砦に戻った一行を、サーヤはいつものように静かに出迎えた。
「今回の任務も、お疲れさまでした。」
それだけだった。
ねぎらいの言葉も、無事を案じる言葉もない。
「クロリスを仲間に引き込んだのも、大きな功績です」
そういうと、サーヤはすぐに次の任務の話を始めた
「……困ったものだ。」
ハイドは心の中で苦笑する。
こっちは命がけで戦ってきたというのに。
次の任務は、シグネイターの力を使って各地で暴行を働いている盗賊の一味を一掃する、というものだった。
「ですが、残念なことに――」
サーヤは淡々と続ける。
「通りすがりのアルトラースが現行犯でその一味をほぼ殲滅してしまいました。次に彼らが動き出すのは、しばらく先になるでしょう。」
あまりにも淡々とした報告だった。
さっきまで命を懸けて戦っていた身としては、なんとも言えない気分になる。
言い終わると、サーヤはこちらを見た。
「しかし、彼らは確実に殲滅しなければならない。次に彼らが動き出すその時まで、ハイド__」
一拍置いて、サーヤは言った。
ごくりと唾をのむ。
「強くなりなさい」
きっぱりと、そう言われた。
「……はい!」
考えるまでもなかった。今回の戦いで、ハイドは嫌というほど、思い知らされた。キスラも、フェルミも、そして――クロリスもナトリウスも。彼らは自分よりもずっと強かったのだ。これからも冒険についていく身として、足手まといになるのだけは避けたかった。
強くならなければならない。
断る理由なんて、ない。
ハイドは今、腕を組み、近隣を再び荒らし始めた盗賊のところへと向かっていた。ナトリウスやクロリスと戦った時は、二人の背後に隠れ、その戦いを見守ることしかできなかった。でも、今はあのころとは違う。ハイドは今、戦力として、この車に乗っているのだ。
「最後に被害が確認された村まで、もう少しだよ」
フェルミは静かに言った。
「了解!」「了解!」
キスラとハイドの声が重なった。その瞬間。
ガァンッ!!
激しい金属同士のぶつかる音があたりに響き、フェルミの車は激しく横転した。
「うわっ!?」
咄嗟に左手を前へ突き出す。水素を生成し、足元で起爆する。その反動で身体をひねり、勢いを殺して、地面へと着地した。素早く周りを見ると、倒れた車。その周囲を取り囲む、複数の人影。そして、金属で体を覆ったのか、全身が鈍い光沢に包まれた男がいた。刻印は確認できない。
「敵は複数!……金属系シグネイターもいる!」
ハイドは戦闘態勢に入る。ひざは震えない。もう、あの時の僕じゃない!!
ハイドは水素を足元で起爆し、それを踏み台にして一直線に金属系シグネイターのもとへと飛んだ。男はすかさず斧を振り下ろしたが、ハイドは身体をひねってそれをかわした。そのままハイドは男の懐へ潜り込み、最大出力の爆発をお見舞いする。
「……!」
男の身体が吹き飛ぶ。ハイドは着地し、すぐさま距離を取った。少し違和感があった。まるで、男の体すべてが金属でできているかのようだった。でも!
__戦える!実践でも!
その時ふと、修行中のキスラの言葉がよみがえる。
「いいか、ハイド。俺たちシグネイターができることは大きく二つだ。自分の元素の単体を生み出すことと、操ることだ。」
キスラはそういうや否や、爆発を足元で炸裂させてはるか遠くへ飛んだかと思うと、二度目の爆発で戻ってきて、ハイドの前に着地するやいなや、そのまま何事もなかったかのように説明を続けた。
「俺たち爆発系シグネイターは、自分の元素の単体を起爆することで、移動したり攻撃したりする。」
すべての技はこれの応用だ___。
ハイドは目の前の男を見据えた。彼はどんな攻撃にも一歩も引かなかった。ただ淡々と、ハイドの頭部を正確に狙ってきている。再び振り上げられた斧がハイドを切り裂きそうになった瞬間、ハイドは素早く身をかわし、横へ飛んだ。斧が頭上をかすめる。その瞬間にハイドはさっと足元を一瞥し、地面の質を確認した。
砂の多い乾いた地面。これなら――使える。
ハイドは地面の下数センチに水素を配置し、起爆した。すると粉塵が上がり、完全に身を隠すことができた。その隙に爆発を利用して相手の背後に回り、そして再び、最高火力の爆発を繰り出した。
__触った感触、確かな手ごたえ。やれた。男はその場で動かなくなった。フェルミとキスラの二人も、残党を片付けたところだった。
ふいに、“ぱちぱち“と、乾いた拍手の音が聞こえた。
「いい戦いっぷりだ。よくやった。」
声のする方を見ると、ひとりの男が手をたたいていた。左手に「Ti」の刻印があるのがはっきりと見える。間違いなく、今回の標的である、ティオルス・サルヘナだ。今まで戦っていた男と、同じ顔だ。でも今度は全身が金属ではなく、生身だった。ハイドは驚き、言葉を失った。
__まったく同じ人が……二人?今倒したのは、誰だ……?
「なんだその顔は。もしかして、アザーズを見たことがないのか?」
「まあ、無理もない。これはメタルガ族でも、一部のものしか知らない。」
そう言って、足元の金属片を指差す。
「自律的に動く金属の塊を生成するんだ。簡単に言えば――俺をもう一人作るようなもんだな。」
「……もう一人?」
ハイドの顔が引きつる。
「ただし、完全な俺じゃない。頭は使えねぇ。俺が流し込んだ記憶に従って、本能のまま実行するだけだ。体力の消費も激しいったらありゃしない」
ティオルスは肩をすくめる。
「その代わり、痛みも恐怖も感じねぇ。ダメージを蓄積しない限りは止まりもしない。だからよ」
__そんな奴にさえ負ける雑魚が、俺は大好きだ……!
愉快そうに笑ったティオルスが軽く手を振った。すると、足元に転がっていた金属の塊が、まるで生き物のように蠢き始める。形を変え、伸び、絡み合い――
やがて、それは人の姿になった。
先ほどとまったく同じ姿。鈍い光沢を放つ、ティオルスのアザーズだった。
「……またか」
ハイドが呟いた瞬間、アザーズが地面を蹴った。
「来る!」
咄嗟に身を翻す。目の前を金属の拳が通り過ぎた。速い。
「こいつ……!」
ハイドは距離を取りながらアザーズを観察する。攻撃を受けても怯まない。こちらの攻撃を避けようともしない。ただ、ひたすらにこちらを殺そうとしてくる。
「やっぱり痛みを感じてないんだ……!」
アザーズの腕が吹き飛ぶ。それでも止まらない。残った腕を振り上げ、何事もなかったかのように襲いかかってくる。
「攻撃に隙が無い!」
これはただ、本能のまま、戦うという行為だけをしている。そこには恐怖も、痛みも、迷いもない。
「本体をやらなきゃだめだ。これじゃあらちが明かない!」
ふいにキスラの声が飛んでくる。
「分かってる!」
そう叫び返した、その瞬間だった。背後から別のアザーズが迫る。
「うわっ!」
間一髪で飛び退く。着地したハイドの目の前に、また一体。
右にも。
左にも。
「……嘘だろ。」
気づけば、アザーズは七体にまで増えていた。完全に囲まれている。キスラも、フェルミも同じだった。一体倒しても、また一体。そのたびにティオルスは新しいアザーズを生み出していく。
「一度に何体まで出せるんだ……?」
ハイドの額に汗が滲む。いや。今、それを考えている場合じゃない。このままじゃ――
「ハイド!」
突然、キスラの声が響いた。
「あれをやろう!」
「……!」
すぐに分かった。あれだ。修行中、何度も試した。何度も失敗した。二人の元素を、一つにする技。まだ完成していない。成功率だって低い。それでも――
「了解!いつでも大丈夫!」
ハイドが叫ぶ。次の瞬間、爆発音。キスラが爆発の勢いを利用して、一直線に飛んでくる。ハイドの背中に、キスラの背中が重なった。
「いくぞ!」
「うん!」
二人は目を閉じた。周囲では、無数のアザーズがこちらへ迫っている。金属の足音。地面を踏み砕く音。それでも、二人は動かなかった。ハイドは、自分の中にある水素を感じる。そのすぐ隣に、キスラの酸素がある。いつもなら、別々のもの。それぞれが、それぞれの元素として存在している。けれど今は――
違う!
まるで、二人の間に一本の線が通ったようだった。キスラが何をしようとしているのか。次にどちらへ動くのか。言葉にされていないのに、手に取るように分かる。いける!ハイドは目を開いた。
「キスラ!」
「ああ!」
二人が同時に手を突き出す。
「「ユナイト!!」」
その瞬間。
元来別々の二つの元素が、一つになった。
生み出された水は、まるで巨大な波のように広がっていく。迫っていたアザーズたちを一斉に飲み込み、金属の身体が水の中で軋む。二人のシグネイターによる、圧倒的な質量攻撃。
そして――
バキィンッ!!
一体。
二体。
三体。
次々とアザーズが砕けていく。ほんの数秒前までハイドたちを取り囲んでいたアザーズは、すべて瓦礫へと変わった。ハイドは荒い息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。
「……やった。」
隣で、キスラも息を切らしながら笑う。
「……成功したな。」
ハイドは頷いた。そして二人は同時に、瓦礫の向こうを見る。そこに、一人だけ立っている男がいた。
__ティオルス・サルヘナ。本体だった。
ハイドはすかさず、キスラと息を合わせ、もう一度集中する。かなりの距離があるが、当たる。ユナイトの射程は、一人のときの技の射程よりも、明らかに長い。不意を突ける!
二人の手から再び放たれた水が、一直線にティオルスへと迫る。完全に不意を突いた。相手の防御は確実に間に合わない。そう確信した瞬間__!
ティオルスの目がわずかに細くなった。
「……へえ。」
彼は片手を前に突き出す。瞬間、地面から巨大な金属の壁がせり上がった。
轟音。
水が激突し、周囲に大量の水飛沫が弾け飛ぶ。
「やっぱり、やっぱりな。」
ティオルスは、濡れた金属の盾を見つめながら呟いた。ハイドは息を呑む。
「……間に合った…防御が……?」
「違う。」
隣でキスラが答えた。
「攻撃を見てから生成した壁じゃない。俺たちの射程が届く可能性を考えて、地中に用意されてたんだ。」
ティオルスの口元が、わずかに吊り上がる。
「よく見えてるじゃないか。素人にしては悪くない。」
彼は盾を消す。
「一人ずつのお前たちなら、こんなことはできなかった。」
ティオルスはハイドを見る。
「水素と酸素。二つの元素を結合させて、水を作る…か。しかも、二人の動きなのに、まるで一人の人間みたいだ……。」
その声音に、先ほどまでの余裕とは違うものが混じっていた。
「面白いな。」
ティオルスは左手のTiの刻印を見せるように、ゆっくりと腕を上げる。
「俺は今まで、一人ずつシグネイターとしか戦ったことがない。」
その瞬間。地面が震えた。
「だから――」
周囲に散らばっていた瓦礫が、ゆっくりと浮かび上がる。
一つ。
二つ。
三つ。
十。
二十。
無数の金属片が、ティオルスの周囲を取り囲んでいく。
「お前たちとの戦いは、少し楽しみになってきた。」
ハイドは思わず後ずさった。さっきまでのアザーズとは違う。あれはただの「自我を持たない兵器」だった。
今、目の前にいる男は――
自分自身の意思で戦っている殺人鬼だ。
「さあ、続きといこうか」
ティオルスの周囲で、金属片が一斉に刃へと変わった。
「次は、俺から行くぞ」
そう言った瞬間、ティオルスは消えた。とっさに防御態勢をとる。するとすぐ隣から苦しそうなうめき声が聞こえた。視線を向け、ぞっとする。
キスラを巨大な金属の剣が貫いていた。
傷口から血が噴き出す。キスラは苦しそうに顔をゆがめ、そして倒れた。血だまりが放射状にじわりと広がる。
「見えなかった…!!」
こんなに距離があったのに、目で追えなかった。彼は今、移動のために何をした?爆発は見えなかったし、そもそもこいつは金属系シグネイターだろ?
気づけばフェルミとティオルスが戦っていた。ただ、一目見てわかる。フェルミは完全に防御姿勢だった。攻撃を防ぐので手いっぱいで、反撃をする隙も無いのだろう。ただでさえ硬度の高い金属に加え、移動は一瞬なのだ。こんな奴にどうやって攻撃を当てればいいのだろうか。
フェルミの全身に少しずつ切り刻まれた跡が増えていく。肩、脇腹、足。数えきれない傷を受け、フェルミはばたりと倒れた。
「フェルミー!!!」
フェルミは倒れたが、今は人の心配をしている場合ではない。どこからくる!?背後に人の気配を感じ、振り返るより先に背中側の水素を起爆する。すかさず振り返り、確認するが、そこにティオルスの姿はなかった。
「どこだ!……ぐはっ」
脇腹から、剣の腹が突き出てきた。背後から刺され、貫通したのだ。息ができない。苦しい。ただハイドはあきらめなかった。
「次は当たる!」
ハイドは水素を起爆する!確かな手ごたえ。ティオルスが急いで距離を取るのが分かった。
「追撃を……!」
と思うが、体は動かない。ハイドは地面に崩れ落ち、ぼやける視界でティオルスを睨む。倒れた背中側、心臓の位置に、何かが触れる感触があった。剣先だ。そのまま彼が手を振り下ろせば、心臓は潰され、僕は死ぬ。
「結局……ただの『1』だった…じゃん……特別さは……一度も…感じなかった……」
ティオルスは手を振り下ろそうとした、
__その右手を、誰かが止めた。
「俺様がせっかく逃がしてやったってのに、懲りないねぇ君は。」
「………!!」
ドオオオオォォォォン!!
激しい音とともに、ティオルスが吹っ飛び、壁に叩きつけられる。謎の男はすぐさまその後を追った。しかし、ティオルスもすぐに態勢を立て直す。二体のアザーズを呼び出し、男へと同時に斬りかからせた。だが――
男の手に、黄色い盾と剣が現れる。
キィンッ!
まるで舞うように身を翻し、迫り来るアザーズを次々と斬り伏せていく。二体目のアザーズを砕いた勢いのまま、男はティオルスの剣を弾き飛ばした。
「遅い、弱い、脆い。お前が俺様に適うかよ」
直後、鋭い打撃がティオルスの腹部を捉える。
「ぐっ……!」
ティオルスの身体が正面へ吹き飛ぶ。その先に、男は大量の棘を生成した。
「なっ――!」
ティオルスは慌てて金属を操り、棘を砕こうとする。しかし、間に合わない。いくつもの棘がティオルスの身体へ突き刺さった。
「ぐあああっ!!」
ティオルスは地面を転がり、男を睨みつける。
「化け物が……!!」
男はにやっと笑い、ティオルスへ向き直った。その背側に、今度は細い棒を格子状に組み合わせたような構造が現れる。男はそれに乗った。
ぐにににににぃ……
構造が大きく歪む。そして――
バシュンッ!!
まるで巨大なばねが弾けるように、男の身体が一気に加速した。
「な――!」
「アルトラースである俺様の実力を__」
男の拳がティオルスを捉えた。
「なめんなあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
ドゴォン!!
ティオルスの身体が地面へ叩きつけられ、動かなくなる。男はそのまま着地し、ゆっくりと立ち上がった。ほこりを払う仕草をするその手には、
__「S」の刻印があった。
「おーい、立てるか?」
男の声で目を覚ます。いつの間にか気絶していたらしい。朦朧とする頭でも、一応感謝は伝えなければ。
「あの、助けていただき、ありがとうございました。なんとお礼したらいいか」
「ははっ、んなもん気にすんな。後輩ちゃんたちを傷つける奴は、だれであろうと俺様がぼこぼこにしてやる。」
さわやかに笑う彼は、かなり整った顔つきをしていた。
「アルトラース、なんですか?」
「なに!俺様を知らないだと!?」
男は心底驚いたような顔をして、すかさず自己紹介をした。
「俺はアルトラースの一人、スファリス・トルヴァインだ。こんなきらびやかな俺様だ。名前を忘れることはまずないから、安心したまえよ。」
「はぁ。」
なかなかにキャラの強い人だな。と、ハイドは思う。でも彼の実力は本物だ。あれだけ強かったティオルスをいとも簡単に倒してしまった。
「そんじゃあ、俺様はこれからリンと会う約束してっから、もう行くな?」
「リン……」
「その調子じゃリンもしらねぇな?リンもアルトラースだ。覚えとくといいぞ」
じゃな!と言って、スファリスは消えた。本当に消えた。轟音も爆風もない、静かな消滅だった。
「これが……アルトラース……」
自分たち三人がかりでも倒せなかった敵を、いとも簡単に倒すアルトラース。それほどの精鋭が4人もいるのに、終わらない戦争。それと比較したときの、とても小さな自分の背中___。
ふいに、笑みがこぼれた。
「__なんてすばらしい世界なんだろう!!」
どれだけの修行を積めば、彼らと肩を並べて戦えるのだろうか?
「強くなりたいなぁ!」
心から出た言葉だった。体に力がみなぎる。とはいっても、今は満身創痍だった。臓器は大きく損傷し、傷口は動くたびにすれて痛む。修行をするどころか、まともに動くのも一苦労だ。
「早く青鱗の砦に帰って治療してもらおう。それまでは、とてもじゃないけど修行なんてできないや。」
ハイドは地面に大の字で寝そべる。枝葉の隙間から見え隠れする太陽が美しい。この戦いは勝利には終わらなかった。でも、大切なことを知った気がする。はやく帰って治療をしたいが、フェルミを無理やり起こすのははばかられる。今はもう少し、こうやって空を眺めていよう。
ハイドはふと目を覚ます。どのくらい寝ていたのだろうか。もうあたりは暗くなり始めている。メタルガ族の領土でこんなにも隙をさらして寝ていたことに、自分でもあきれる。
ふと周りを見ると、フェルミとキスラがいない。どこに行ったのだろうか?
「先に帰った……?まあ、さすがにないか」
ハイドは周辺を探索する。ふと、森の奥からフェルミの荒い息遣いが聞こえた。修行をしているのだろうか?音の方向へと歩く。茂みを抜け顔をのぞかせると、ものすごい形相のフェルミと目が合った。
「ハイド!!助けて!!キスラが……キスラが目を覚まさないの!!!」
「なんだって!?」
大急ぎで駆け寄ると、そこには大量の血を流して倒れているキスラの姿があった。そういえば、ティオルスとの戦いが終わってから、キスラの姿を一度も見ていなかった。こんなことになっていたなんて……
「フェルミ、どのくらい応急処置をしていたの?」
「わかんない。でも、少し前に目が覚めて、姿が見えないなと思って、探したら、こんな状態で倒れてて……それで、それで……!」
「大丈夫!落ち着いて、フェルミ。」
フェルミの肩に手を置いてハイドは言った。
「とりあえず、フェルミは休むといいよ。あとは僕が引き継ぐから。ありがとう。」
でも……!というフェルミを無理やり休ませ、ハイドはキスラに向き直る。出血がひどい。大きく裂けた脇腹からの出血が目立つ。きっと、内臓も損傷しているだろう。
「少し痛いだろうけど、ごめんね!」
ハイドは服を裂き、傷口に布を押し当てた。強く押さえつけても、指の隙間から血があふれてくる。布は、あっという間に赤く染まった。
「……なんで、止まらないんだ」
こんなに時間がたっているのに、出血が収まっていない。傷は、見た目以上に深いのかもしれない。どうすればいいんだ……!
___ふいに、頭上から声がした。
「その男___死ぬよ?」
はっとして顔を上げる。闇の中に、ひとりの女性が立っていた。黒髪。そして、全身に広がる古い火傷の跡。
「……!!!」
ハイドの全身は凍り付いた。その顔には、確かに見覚えがあった。でも、こんなところで……!よりによってこんな時に……!
「同僚がボコられたって聞いたから、面白半分で視察に来てみたんだけど?もしかして君たち……じゃないよね?」
どう考えてもあいつの足元にも及ばないでしょ?そう言いたげな冷たい視線が、ハイドたちを刺した。
「まあ、いいよ。私は優しいお姉さんだからね」
そう言うや否や、その女性はキスラの上に手をかざした。すると緑色の光がキスラの全身を包む。するとみるみる、キスラの出血が止まった。
「勘違いしないでね。私の力は治癒じゃない。その人に残ってる力を全部回復に充ててあげるだけ、いわば延命治療なの。」
彼女は髪をかき上げた。この仕草でさえ、ハイドの記憶にはしっかりと残っている。
「体力が“すかすか”だったら死んじゃうし、あとはこの男の体力次第かな?」
「せいぜい祈っときな。」そう言って、倒れていたティオルスを抱え、女性はその場を後にした。その姿が闇に消える直前、ハイドは振り返り口を開いた。
「あの……!!____イオリネ………だよね?」
「イオリネ?__誰それ?うける」
彼女はへらへらと笑った。けれど、その笑顔が一瞬だけ止まった。
ハイドは、そのわずかな変化を見逃さなかった。
フェルミと二人で、倒れたキスラを見守って、もうどのくらいの時間がたっただろうか。出血は止まり、表情も穏やかになったものの、彼は依然として目を覚まさない。
「ねえ、ハイド?もしもさ、キスラがこのまま__」
「フェルミ?今は信じて待とうよ。キスラなら絶対大丈夫だよ。あのキスラだよ?この程度でもう起き上がりませんなんて言われたら、困っちゃうよ。」
「そうだよね!きっと起きるよね!」
フェルミの表情が、少しだけ緩んだ。でも、どこにもその確証はない。イオリネと思わしき人物についても考えたいが、今はそれどころではない。何も考えれないまま、長い沈黙が流れた。__ふいに、フェルミが言った。
「あのね、ハイド。」
「なに?」
「アルトラースは4人いるって話は、もうされた?」
いきなり何の話だろうか。確かに、アルトラースが四人いることはキスラから聞いていた。
「うん。でも今、それって関係ある?」
「あるよ」と言い、フェルミは続けた。
「Cのルカ、Sのスファリス、Pのリン。じゃあ、あと一人は?」
「知らないな。まだ聞いてないや。誰なの?」
フェルミは嬉しそうにふふっと笑い、そして言った。
「___Oのキスラ。キスラ・オキシーノ!」
「え!?キスラが!?」
ハイドは驚きで目を見張った。
確かにキスラは強い。だが、あのスファリスが見せた圧倒的な戦いぶりを思い返すと、どうしても同じ境地にいるとは思えなかった。
「もしそうなら、どうしてキスラは、僕にそのことを隠してるんだろう?」
「キスラはね、アルトラースを脱退したの。」
「え……?なんで?」
フェルミはふふっと優しく笑い、続けた。
「さっき、スファリスの戦い方見たでしょ?」
「うん。見た」
「一つの刻印なのに、まるで複数の刻印を操っているような戦い方ができる。これがアルトラースの強みなんだよね」
確かに、誰ともユナイトを成立させていないのに、スファリスの攻撃手段は様々だった。
「キスラにはね、戦い方が一種類しかないんだ。Oの刻印の前の継承者は、二種類も操ってたんだけど、キスラはどれだけ修行しても、二種類目は生み出せなかった。」
フェルミは遠くを見つめていた視線をキスラに落とした。その目には複雑な感情が渦巻いていたが、その感情の中に憐みの色はなかった。
「アルトラースのみんなは、そんなのは気にするなって言ってたんだけど、キスラってどうしても気にしちゃう人だからさ。」
「そうだね。」
キスラは繊細なのだ。それは彼と関わる中で自然と見えてくることだ。いつもの笑顔と明るさが、たまに、ほんの一瞬曇ることがある。でも彼がどれほどまでその事実を気にしているのか、ハイドには想像できなかった。
「私がこれを伝えたってこと、キスラに言わないでよね。いつか自分からハイドに伝えると思うから。」
「わかったよ。」
そう言って、ハイドはいまだ目を覚まさないキスラの頭をくしゃっと撫でた。




