第9話ギルドマスターの焦燥と噂
「おい、どういうことだ! なぜ今週の収益が先週の『三分の一』にまで落ち込んでいる!」
ギルド『天穿』の最上階。マスターのクレイは、デスクを思いきり拳で殴りつけた。上質な無垢材の机がみしりと音を立てて悲鳴を上げる。
彼の前に直立不動で立っている事務局長は、額から滝のような冷汗を流しながら、怯えた声で報告を続けた。
「申し訳ありません、クレイさん……。地下三階の攻略が完全にストップしている影響が、そのままギルド全体の財政に直撃しています。あそこの毒ガスと固着した扉のせいで、我がギルドの主力パーティである第二、第三部隊までが戦線離脱。装備の修理費と、隊員たちの治療費だけで、毎日数百万円の赤字が垂れ流し状態です」
「クソが……! あの程度の汚れ、さっさと高ランクの魔術師を雇って広範囲の『クリーン魔法』でも発動させれば一発だろ!」
「それが、すでに国内最高峰の聖魔術師を日給五十万円でチャーターして試したのですが……ダメでした。魔物の体液に染み込んだ『怨念の呪い』が強固すぎて、通常の浄化魔法では一瞬で魔力を吸い尽くされて気絶してしまうのです。聖魔術師からは『あんな呪いの巣窟、数ヶ月は隔離して放置するしかない』と言われました……」
事務局長の絶望的な言葉に、クレイは椅子の背もたれに激しく体を打ち付けた。
数ヶ月の隔離。そんなことをすれば、天穿の資金繰りは完全にショートする。何より、Aランクギルドとしてのプライドが、世間の評価が、一気に地に落ちてしまう。
(なぜだ? なんであんな地下三階の雑魚エリアが、たった数日でそこまでの地獄に変わるんだ? 前は……入江の野郎がいた頃は、あそこはただの通り道に過ぎなかったはずだぞ……?)
その時、クレイの脳裏に、自分が一昨日ゴミのように追い出した黒髪の地味な清掃員の姿が浮かんだ。
『クレイさん、ダンジョンの清掃を怠ると、魔物の死骸が迷宮の魔力と混ざり合って、取り返しのつかない変異を起こしますよ。俺のスキルがないと、ここは一週間も持ちません』
あの時、湊は確かにそう忠告していた。それをクレイは「戦えない無能の命乞い」だと鼻で笑い、聞く耳を持たずに追い出したのだ。
「まさか、あいつの言っていたことはハッタリじゃなかったのか……?」
クレイの背中に、じっとりとした冷たい汗が伝う。
いや、認められるわけがない。あんな戦闘力ゼロの、デッキブラシを持っただけの裏方が、ギルドの命運を握っていたなどと、エリートである自分が認めるわけにはいかなかった。
「ク、クレイさん。それから、もう一つ……妙な噂を耳にしまして」
事務局長がタブレットを操作し、一枚の査定データのコピーを画面に映し出した。
「昨日、我がギルドの本部換金所で、一人の探索者が『ものの十五分ほどダンジョンに入っただけで、一千五百万円の報酬』を叩き出したという記録が残っています。しかも、その男が持ち込んだ素材は……我がギルドが放棄した地下三階の、アシッド・スライムの核と、マッド・コングの最高級素材。そして、ボス部屋に隠されていた超レア短剣だったそうです」
「何だと……!? 誰だ、その探索者は! Aランクの他ギルドの遠征組か!?」
身を乗り出すクレイに、事務局長はガチガチと歯を震わせながら、その男の名前を告げた。
「いえ……登録名はソロ。服装は、対生物兵器用の防護服に、右手には一本のデッキブラシ……。我がギルドが二日前に追放した、入江 湊、その人です」
「……は?」
クレイの思考が、完全にフリーズした。
読んでいただきありがとうございます!
評価とブックマークをしていただけると、執筆の励みになります!
次回もお楽しみに。




