第8話即席お掃除パーティの末路
「うわあああ! なんだこれ! モップが溶ける、溶けるぞ!?」
「ゲホッ、ゲホッ! 目が、目が開けられない……! なんだこの煙は! 呪われてる!!」
地下三階の通路。天穿に日給一万円で雇われた低ランク探索者たちの悲鳴が、薄暗い迷宮の壁にこだましていた。
彼らが持ってきた現代の業務用モップやプラスチック製のバケツは、アシッド・スライムの強酸体液に触れた瞬間、ジュワジュワと黒い煙を上げてドロドロに融解してしまったのだ。
それどころか、慌てて市販のアルカリ性洗剤をぶっかけたせいで、魔導酸と最悪の化学反応を起こし、通路には嗅いだだけで意識が飛びそうになるほどの強烈な有毒塩素ガスが急発生していた。
「ひ、開かねえ! ボス部屋の扉が、汚れのせいで固着して開かないぞ!?」
さらに最悪な事態が起きていた。
前回の戦闘で飛び散ったマッド・コングの血液と、爆破魔法の煤が扉の隙間にびっしりと詰まり、それがダンジョンの魔力によってガチガチの「呪いの拒絶物質」へと変異してしまっていたのだ。
ダンジョンは、放置された不衛生な環境を極端に嫌う。
清掃されずに放置された汚れは、やがて迷宮そのものの機能を狂わせ、侵入者を拒む強力なトラップへと変化する。
入江 湊がいた頃は、彼が固有スキル【特殊清掃】を用いて、成分を完璧に分析し、独自の神速洗剤で中和分解していたからこそ、扉は常に滑らかに開き、空気は清浄に保たれていた。
ただの一般人が、道具を持って真似できるような仕事ではなかったのだ。
「おい! 掃除はどうなった! いつまで待たせる気だ!」
通路の奥から、フル装備のクレイたちがしびれを切らして歩いてきた。だが、彼らも通路に充満するあまりの悪臭と毒ガスに、一歩足を踏み入れた瞬間に激しく咽び泣いた。
「ブハッ!? な、なんだこの世の終わりみたいな臭いは……! マスクが機能してねえぞ!」
「ク、クレイさん! ダメです、低ランクの奴らの道具じゃ、この汚れは一ミリも落ちません! 逆にガスが酷くなって、ボス部屋の扉も完全にロックされました!」
「ふざけるな! 俺たちにこの汚物の中を進めって言うのか!?」
クレイは怒りで顔を真っ赤に染めながら、ガチガチに固まったボス部屋の扉に大剣を叩きつけた。
キンッ!!
凄まじい金属音が響いたが、扉はびくともしない。それどころか、扉にこびりついていた乾いた魔獣の血から、ブワッと黒い怨念の霧が吹き出し、クレイの高級な鎧をジワジワと腐食させ始めた。
「うおっ!? 鎧の耐久値が削られていく……!? クソが、なんでこんなことに……!」
エリート探索者たちが、汚物の前になす術もなく立ち尽くし、情けなく退敗の途につく。
彼らが命がけで手に入れるはずだったボスの報酬、そしてダンジョン周回による巨万の富は、たった数日間の「掃除の手抜き」によって、完全に遮断されてしまった。
その頃、彼らがゴミのように追い出した入江 湊は、都内の高級ヴィンテージマンションの一室にいた。
一億五千万円の物件を、先ほどの買い取りシステムで得た資金を頭金にして、一括のキャッシュに近い形で購入手続きを終えたばかりだ。
ふかふかの高級ソファに座り、お気に入りのコーヒーを飲みながら、湊は新しく購入したプロ用の超高圧洗浄機『ケルヒャー・マギア』の説明書を眺めていた。
「よし、機材のアップデートも終わったし、明日は別の未踏ダンジョンにでも行ってみるか。あっちのほうが、もっと手強い『汚れ』が残ってそうだしな」
元ギルドが汚物と毒ガスに塗れて自滅していく中、世界最高の清掃員は、さらなる大富豪への道を優雅に歩み始めていた。
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