第7話清掃員を忘れたエリートたち
「おい、なんだか最近、地下三階の攻略効率が落ちてないか……?」
探索者ギルド『天穿』の自社ビル内にある高級ミーティングルーム。
豪華な革張りのソファに深く腰掛け、不機嫌そうに声を荒らげたのは、ギルドマスターでありAランク探索者のクレイだ。
彼はその手に、ここ数日のダンジョン攻略報酬のデータが並んだタブレットを握りしめていた。画面に表示されている数字は、右肩下がりに減少している。
「それが……クレイさん。地下三階の『マッド・コング』のエリアなんですが、どうにも前よりモンスターの動きが凶暴になっているというか、部屋全体の雰囲気が禍々しくなっている気がするんです」
そう報告したのは、パーティのメイン魔法使いである魔導士の青年だった。彼は心底嫌そうに、思い出すだけでも顔をしかめるような表情を浮かべている。
「それに、あのエリアの臭いが本当に限界です。先週、俺たちが爆破魔法で片付けたアシッド・スライムの体液がまだ床にこびりついていて、それが熱で蒸発して、部屋中に即死級の毒ガスと異臭が充満してるんですよ。前は、戦闘が終わって翌日に行けば、なぜか部屋がきれいで空気も澄んでいたのに……」
その言葉を聞いた瞬間、クレイは鼻で笑い、乱暴に髪をかきあげた。
「ハッ、当たり前だろ。前はあの戦闘力ゼロのゴミ虫、入江の野郎が後ろにくっついて、夜通し床を磨いてたからな。あいつを追放したんだから、多少現場が汚れるのは当然だ。だが、そんなものはただの『部屋の汚れ』だろうが! 魔法で換気でもなんでもしやがれ!」
「それが、魔法の風じゃあのドロドロした体液の油膜は吹き飛ばないんです! 物理的にこすり落とさないとダメみたいで……。それに、ガスのせいで前衛の盾職たちの体力が削られて、ボスの攻撃に耐えきれなくなってきています。このままだと、地下三階の定期周回すら危ういです」
魔法使いの必死の訴えに、クレイの顔がみるみるうちに不快感で歪んでいく。
一昨日、クレイは入江 湊に向かって、「お前みたいな戦えない清掃員を雇っておくのはギルドの予算の無駄だ。これからは俺たちだけで最速攻略して、もっと稼ぎまくる!」と怒鳴り散らし、彼をクビにした。
戦闘職こそが至高。裏方の掃除屋なんて、誰がやっても同じ。ただ落ちているゴミを拾って、ホウキで掃くだけの簡単な仕事に、月給二十万円も払うのは馬鹿らしいーー本気でそう思っていたのだ。
「チッ、使えねえな……。おい、そこらへんの格下の低ランク探索者を数人雇ってこい。日給一万円も出してやりゃあ、喜んでダンジョンの床掃除くらいするだろ。適当にモップでも持たせて、あのスライムの体液とやらを拭き取らせろ」
クレイは忌々しそうに吐き捨てると、手元のワイングラスを一気に煽った。
エリートである自分たちが、そんな汚物の処理に頭を悩ませること自体が腹立たしかった。
「わかりました。では、すぐに低ランクのアルバイトを手配します」
魔法使いはホッとしたように頭を下げ、部屋を出て行った。
だが、彼らはまだ致命的なまでに理解していなかった。
ダンジョンの汚染というものが、現代の一般的な清掃技術や、ただのモップ程度で解決できるほど生易しいものではないという、冷酷な現実を。
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