第30話 落ちぶれたエリート
新本社の設立会見を終えた日の夕方、俺は気分転換を兼ねて、新しく導入した業務用清掃ロボットのテストのために、東京の街へと少しだけ足を運んでいた。
かつて俺が月給二十万の薄給で泥水をすすりながら働いていた、元所属ギルド『天穿』のビルがあった場所だ。
天穿が破産し、差し押さえられたそのビルは、今や見る影もなく荒れ果て、壁には「立ち入り禁止」のテープが乱暴に貼られていた。
そのビルの前のゴミ捨て場で、ガサゴソと不審な音を立てて、生ゴミを漁っている一人の男の姿があった。
「あ、ああ……お宝、お宝はないか……。魔石が一つでもあれば、今日の借金が返せるのに……」
ボロボロに破れた衣服を身にまとい、顔は泥と垢で真っ黒に汚れ、悪臭を放ちながらゴミ袋を引き裂いている男ーーかつてAランク探索者として東京に君臨していた、クレイだった。
彼は数十億円の負債を抱えて完全に破滅し、ギルドの資格も剥奪され、今や街の最底辺の浮浪者へと転落していた。
クレイは、高級なスーツに身を包み、黄金のモップをスマートに担いだ俺の姿に気づくと、血走った目でドタドタと地面を這いずりながら、俺の足元へと縋り付いてきた。
「い、入江……ッ! 入江ぇぇぇーーっ!! 頼む、頼むから俺を雇ってくれ! お前の会社、時給一万円だって噂じゃないか! 頼む、俺にも床を磨かせてくれ! 毎日お前の靴を舐めるから、飯を食わせてくれよおぉぉぉ!」
かつて俺をゴミのように扱い、「お前の代わりなんていくらでもいるんだよ!」と嘲笑っていた男の、これ以上ない無様に落ちぶれた手のひら返しだった。
俺は、俺のブーツに触れようとするクレイの汚れた手を、静かに、しかし冷徹に見下ろした。
「クレイさん。言ったはずですよ。自分の使った場所を汚したまま逃げ出すような奴は、プロの清掃員として一番許せない、と」
「あ、あぁ……」
「我が社の清掃員は、世界を綺麗にするという誇りを持ったプロフェッショナルだけです。自分の人生すら汚物まみれにしたあなたに、一本のホウキすら握る資格はありません。……そのゴミ、ちゃんと分別して捨ててくださいね」
俺が冷たく言い放つと、横から駆けつけた我が社のSランク警備隊員たちが、クレイを乱暴に引き剥がし、警察へと引き渡していった。
彼はそのまま、不法投棄とストーカーの罪で、一生を冷たい檻の中で過ごすことになるだろう。
自業自得、因果応報。
俺を蔑んだ無能たちが、自分たちの犯した罪の重さに泣き叫びながら消え去っていく。
「さて、神城さん。会社に戻りましょう。明日は、宇宙ステーションの周りに溜まった『宇宙ゴミ(スペースデブリ)』の清掃依頼が、NASAから来ているはずですから」
「はい、入江社長! どこまでもお供いたします!」
神城さんが美しく微笑み、俺の後ろへと付き従う。
戦闘力ゼロの清掃員が、地球を救い、一兆円の富を手にし、世界の頂点へと君臨した物語。
だが、俺のお仕事は、これでわりではない。
この世界に「汚れ」がある限り、俺の持つ究極のデッキブラシは、これからも全次元をピカピカに輝かせ続けていくのだ。
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