第7話 信州蕎麦
伊月さん?が持ってきた蕎麦は絶品だった。
麺には手打ち特有のざらりとした質感があり、細く、均一に整えられたその姿は伊月さんの技を感じさせる。つゆは透明感があり、ほんのりと昆布や鰹節の香りが漂う。
「うっま!」
普通にビックリしてしまった。文句なく人生で一番の蕎麦だった。
「え、えへへ・・・ ありがとう・・・」
「でしょー?伊月さんの蕎麦は日ノ本一なんだから!」
ドヤァ!と何故か胸を張る黒田さん。やっぱり幼馴染だし嬉しいのだろうか?
「それで・・・」
蕎麦を啜りながら黒田さんが切り出す。伊月さん?もテーブルに腰掛けた。
「それで川相さんはどうしてあんな森の中にいたんですか?」
「それなんだけどな・・・」
今までの事情をかいつまんで説明した。甲子園で野球観戦をしていて気が付いたら森の中に1人いたこと。
うん我ながら意味が分からないが、事実なのだから仕方がない。
信じてもらえるだろうか?
「・・・・・・・えっと」
「あの・・・コウシエンってどこなんでしょうか?」
信じるとか信じないとか以前のところで躓いていた。
そういえばさっきも言ってたな・・・。野球少女に知られていないとなると悲しい気分になる。
やっぱり女子だからだろうか?
「甲子園は関西にある野球場の名前だよ。聞いたことない?」
「ええまったく・・・」
「知らないよねー?」
「関西にある野球場って言ったら鴨川ベースボールパークじゃないんですか?」
「あ、うんそっちだよね三好の本拠地の・・・」
「待て待て待て待て」
なんだか知らん球場の情報が出てきた。
「そんな球場知らないぞ・・?」
「え?」
「え?」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
ふと店の脇にあるテレビを見るとプロ野球のニュースが流れていた。
アナウンサーが嬉しそうに言う。
『さあ本日も三好コンドルウォリアーズ快勝しました!対して真田スズメーズは今年早くも105敗目…。真田に奮起して欲しいですね!』
全く知らない女子野球のニュースが始まった。
嫌な汗が全身を伝う。
分かっていた。
明らかにおかしなことが起きてると。
ただそう認識してしまうとそれが本当になりそうで認めたくなかった。
「なあ… ちょっと訊いていいか?」
俺は一呼吸置いて彼女達に尋ねる。
「長野県ってどこだか分かるか?」
顔を見合わせる彼女達。
だがハッキリと答えた。
「「「知らない」」」
俺は天を仰いだ。
―――――――――――――――――
とりあえず詳しく話を聞いて情報を整理することにした。
そして話せば話すほどここが俺の知る日本ではないことを実感することになった。
歴史が完全に狂ってしまっている。
大豊さんに中学校の社会の教科書を持ってきてもらった。
パラパラとページを捲って内容を確認する。
大化の改新、聖徳太子、平安京、源頼朝、金閣寺…。この辺りまでは俺の知っている内容だ。しかし応仁の乱以降、つまり戦国に入ってからの歴史が滅茶苦茶だった。
「アルファYウイルス…。通称三毛猫ウイルスの感染により男子の出生率が激減…」
「そう、世界中でね」
「だからこの時代から男性主導だった社会は女性主導に移行することになったのよ」
「男性主導の社会なんて今じゃ全然想像も付かないけどねー」
あははっと黒田さんは笑った。
「それじゃ…これまで全然男を見かけなかったのって…」
「お、男の人の出生率って0.1%とかだよ…?」
「滅多に外に出ないし、仮に出てきても護衛の人がいるから近づけないし」
「むしろ平気な顔で外に出てる川相君が驚きよ~」
なんてこった・・・。
さっきから女性陣に妙に熱い視線を向けられると思ったらそういうことか・・・。
服を脱ごうとした時に悲鳴を上げられたのもそれが原因かもしれない。
彼女達は男の裸なんて見たことがなかったのだろう。
悪気はなかったのだがちょっと刺激的なことをしてしまったようだ。
ここが日本であることは間違いない。
しかし俺が知っている日本とは何もかもが全く異なっている。
戦国時代以降男の出生率が激減したことで歴史が大きく変わってしまったようだ。
「なるほど・・・戦国時代が終わらなかったのか・・・」
「うん・・・室町幕府以降日本で幕府が開かれなかった」
「戦国時代は終わらなかった。だから、各地方の有力大名がそのまま地方を支配することになったの」
「・・小学生の頃に習わなかったの?」
「あ、うん。ちょっとワケあって教えてもらえてなかったみたいだ・・・」
非常に答えにくいため濁して答える。
『どうやら俺は別の世界の日本から迷い込んでしまったみたいだな』
なんて言っても信じてもらえないか下手したら実験設備に拉致られてしまいかねない。
「あー・・・」
「男の子にはそういう子がいるって聞くね・・・」
「?」
「男の子のお母さんがあまりに過保護で小学校にも行かせてもらえない子もいるって聞くわね~」
気持ちは分かるわね、と伊月さんが続けた。
なんか勝手に納得してくれたみたいなのでここは濁して誤魔化すことにした。
「でも野球場には行ってたんだよね?」
「あ、うん・・・」
「でもコウシエンなんて聞いたことないわね~」
「そういえば川相君はどこの領の出身なの?」
どこの領と言われてもなー・・。
本当は関東出身なんだけどこんな日本の状況が分からないのに下手に答えると泥沼になりそうだ。
「ごめん・・・ちょっと分からない」
「うーん・・家にずっといたんじゃ分からないか・・・」
「もしかしたら記憶喪失なのかもしれないわね」
記憶喪失!
なるほどそう言っておけば色々と誤魔化せるかもしれない。
よし今日から俺は記憶喪失だ。
それで何もかも誤魔化そう。
「そうか・・俺は記憶喪失だったんだな・・・」
「お母さんの名前とか分からない?」
本当は雅枝なんだが下手に言うと良くない気がする。
「分からない・・・!うっ・・!頭が・・!」
「む、無理に答えなくて大丈夫だよ・・!」
「うんうん!そうそう!」
2人が慌てて言ってくれた。よしこれで今日から俺は記憶喪失の謎の野球好きの成人男性ということにしよう。
下手に警察に連れて行かれたりした場合非常に厄介なことになりそうだ。
1000人に1人しかいない希少な男子。
下手したら保護施設に送られたりしかねない。
「とりあえず今日はもう夜遅いから休んだらいいんじゃないかしら?」
「そうします。大豊さんのお母さん」
「伊月、でいいわよ」
「わ、私も美月でいいよ・・?」
「私も!圭って呼んで!」
「それなら俺も拓真って呼んでくれ。今日はホントに世話になった」
店を出ようとする。
「ってちょっと待って!どこに行くの?」
「どこって・・・ホテルとか・・・?」
「男性が泊まれるホテルなんてこの辺にはないよ・・・」
なんでも男性が泊まるホテルは厳重な警備が敷かれるらしい。でないと本当に拉致やら誘拐やら性犯罪やら危なくて仕方ないようだ。
信州は本当に物騒だな、と思ったが1000人に1人しかいないんじゃどこもそんなものかもしれない。
先ほどから感じる女性達からの熱い視線から察するに今の俺は女性達からは相当魅力的に見えているようだ。
今の俺はアイドルだ。
自分でも何言ってるんだと思わなくはないが、それくらいの気持ちでいないと今後厄介なことに巻き込まれそうな気がする。
「それに拓真君お金持ってるの?」
「一応それなりに持ってきてるけど・・・」
財布を見る。
中身はさっき川に入ったせいでベチャベチャだが確か4万くらいは入っていたはずだ。
「これも後で乾かさないとな・・・」
財布から取り出した一万円札を眺める。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
3人が興味深そうにそれを覗き込んだ。
そして首をひねる。
「これどこの国のお金?」
「こんなの見たことないね・・」
「・・・・・・・・・・・」
どうやら俺は無一文のようだった。
今日どこに泊まればいいんだ。
思わず膝から崩れ落ちた。
ああ・・俺なんか悪いことしたんですか・・・?




