第56話 黒田圭の決意
時は昨日に遡る。
諏訪スタでの最終戦の前日の土曜日。
俺と美月と圭は集まって動画撮影を行う予定になっていた。
「はあ・・・」
圭の元気がない。
それはそうだろう。
期待していた試合で33-4を喰らってしまったのだ。
元気だって無くなるというものだ。
「今日は珍しく元気がないな?」
「選手の皆が頑張ってるの知ってるからね~・・。しかも私って一応藩主の娘だし、ピッチャーやってるからね。皆に会う機会が多いんだ。」
「とにかく人が足りないよなウチは」
「そうだね・・。投手も野手も何もかも足りてない・・・」
美月もしょんぼりしていた。
身長195cm超えの身体も腰を曲げているせいかいつもより小さく見える。
あと腰を曲げたせいで俺の顔面に胸が来ている。
「もがもがもがもが!!(苦しいから胸を押し付けるのはやめい!)」
「あ、ごめんね拓真君」
まったく朝からドキドキさせないでほしい。
というわけで今日は朝早くから山本投手の家に来ていた。
昨日デッドボールを当てられて腰を怪我してしまった山本投手。
そのお見舞いの様子を動画にしようと考えたのだ。
山本投手の元気な様子が観られれば国丸投手への風当たりも少しは軽減されるだろう。
それにしても圭から聞いて驚いた。
北条がかつてないほどSNSで大炎上していると。
「ふんっ・・・ あんなの自業自得だよ」
「圭。そんなこと言うもんじゃないよ。美雲嬢が燃えているのは自業自得だけど、国丸投手は普通に可哀想だろ?」
「そりゃそうだけどさ・・・」
圭はちょっとやさぐれ気味だった。
「あ、拓真君!本当に来てくれたんだ!嬉しいなあ」
というわけで俺達は山本投手の家を訪ねていた。
しかし来て驚いた。
築40年は経ってそうなオンボロアパート。
プロ野球選手が住む家なのだろうか?
そういえばスズメーズの年俸ってどれくらいなんだろ?
流石に山本投手ほどのレジェンドならそれなりに貰っていてほしい。
年間60先発以上してて全然貰ってなかったら悲しいにもほどがある
「おはようございます山本さん!腰の具合はいかがですか?」
「あはは・・・ 腰は結構痛いですねえ。いつものことですけど」
「山本さんも良い年だからね!」
「う・・・」
山本投手が頭を抱える。
「必死に投手を続けて気が付けば38歳・・・。思えば無駄に年を抱えてしまいました・・」
「いやそんな無駄なんてことは・・・」
「私だってホントはさっさと引退して他の職業に就きたかったんですよ・・。でも私が抜けたら真田は試合できませんし、日本のプロ野球リーグのために投げ続けたんです・・。おかげで子供を作る暇もありませんでしたし、年俸低いからこんなアパート暮らしですし・・・大体年間60先発ってなんですか殺す気ですか、そもそも」
いかん山本投手が闇落ちしかけている。
「と、とりあえずお元気そうで良かったです・・・」
「でも明日の先発は・・・」
「流石に無理ですね・・。治るのに一週間くらいかかりそうってお医者様からも言われましたし」
そうだよなあ。
しかしそれだと明日の試合どうなるんだろう?
もしや初回から野手登板か?
流石にそれはプロの試合としてどうなんだ?
「今知り合いのピッチャーに電話かけて、なんとか明日だけでも投げてもらえないかってお願いしているんです。でもやっぱり難しいみたいで・・・」
「ん?」
知り合いのピッチャーに声をかけて?
「声をかけてどうするんですか?」
「明日だけでも投げてもらおうかなって・・・」
「い、いやいや!そんなことできるわけないでしょ!」
自分のチームに入団してないのに試合に出ていいわけがない。
「え、できますよ?」
「うんできるよタク。真田の登録枠全然埋まってないし」
「ルール的にも大丈夫なはず・・・」
「・・・・・・・・・・」
え、草野球の大会の話じゃないよな?
プロ野球の試合なんだよな?
あまりにもガバガバ過ぎるだろ・・・。
こんなんでいいのかこっちの日本のプロ野球。
「でも困りましたねえ・・。高校の後輩達にも連絡しているんですが、やはり投げられないって・・」
「そりゃいきなり明日のプロ野球の先発してって言われても無理でしょうね・・」
「しかも昨日のスコアを見ちゃうとね・・・」
33-4だもんなあ。
北条は明日も容赦なく本気でこちらを潰しにくるだろう。
そんな試合に投げたいなんて思うピッチャーいるわけがない。
さてどうしたもんだろうか?
「いっそ俺が投げるか?」
「え」
「え」
「え」
多分ボコボコにされるだろうけど野手登板よりはマシだろう。
いや俺も本来遊撃手だから野手なんだけどさ。
「拓真君ピッチャーできるんですか?」
「まあ少しですけどね」
とてもプロに通じる腕ではないけど、やってやれないこともないかもしれない。
これもスズメーズのためだ。
――――――――――――――――――
-side 黒田圭-
タクがまた変なこと言い出した。
男の子がピッチャーをやる?
しかも北条相手に?
タクは打たれるのが怖くないのだろうか?
負けるのが怖くないのだろうか?
「よし!そうと決まればピッチング練習だ!俺の投球見てもらっても良いですか山本さん?」
「え、ええ・・・」
「じゃあ俺グローブ取ってくる!美月のキャッチャーミットも取ってくるからちょっと待ってて」
「え、ご主人?勝手に離れないでください!ちょ、ちょっと待って下さい!」
タクはそう言うと菊花ちゃんと一緒に出て行ってしまった。
「本気、なのかな・・・?」
「本気、なんだろうね・・・」
美月の顔が引きつっていた。
確かにタクはウチの部活の練習にも毎日来てくれるし、引退投手や高校卒業後にロクに投げてないOG達よりは良い投球ができるだろう。
球速だって毎日早くなっているし、守備は本当に上手だ。
きっと北条にだって通じるだろう。
タクは本当に真田のためを思ってくれている。
タクが真田に来てまだ一ヶ月も経っていない。
なんでタクが真田のためにここまでしてくれるのかは私には分からない。
「・・・・・・・・・・・」
私はこれでいいのだろうか?
てっきりタクは「それなら圭!明日の試合先発してくれよ!」って言ってくれると思っていた。
でもタクは自分で投げると言う。
恐らく私が前に「プロ野球の選手になれない」と言ったのを覚えていてくれたのだろう。
本当にタクは優しい。
私はこれでいいんだろうか?
確かに私には諏訪藩主を継ぐという使命がある。
だからプロ野球の選手になるのは難しい。
だけど本当にそれだけか?
私は逃げてはいないか?
藩主を言い訳に勝負の世界から逃げていないか?
「・・・・・・・ねえ美月」
「・・なに?」
「私はタクが好き」




