第52話 拓真怒る
時刻は23半。
長かった。
本当に長かった試合がようやく終わった。
我らが真田スズメーズは本当に見るも無残に敗れた。
お客さんも流石に最後まで残っている人は少ない。
明日は水曜日。
普通に仕事だし、何より帰りの電車もバスも無くなってしまう。
残っているのは俺らみたいに徒歩圏内に住んでいる人間か、近場のホテルに泊まった人間くらいだろう。
「・・・・・・・・・・」
圭がガックリとうなだれている。肩が震えており、もしかしたら泣いてるのかもしれない。
先週の試合で長尾相手に連勝できた時、圭はそれはそれは嬉しそうにしていた。
今日の試合は本当に全く歯が立たなかった。
相手の先発ピッチャーが良すぎる。
国丸翔子。
身長187cm。
最速162km/h。
テレビ画面を見ながら試合を観ていたのだが、変化球もキレキレでとてもじゃないが打てる気がしなかった。
メジャーでも滅多に見ない。
現役24歳のこちらの日本の最強投手。
ただでさえ打てないのに更なる最悪が真田を襲った。
その投手から真田の先発の山本投手がデッドボールを貰った。
3回裏の攻撃。
9番ピッチャー山本が腰にデッドボールを受け、担架で運ばれてしまったのだ。
ただでさえ38歳。
腰に爆弾を抱えていたらしい山本投手が3回で降りてしまい、あとに残るは中継ぎと抑えが1人ずつ。
当然滅多打ちにされた。
しかも北条打線は容赦しない。
ある程度勝負が決まればわざとアウトになるくらいしてくれそうなものだが、北条打線は一切手加減せず、本来抑えの清水投手を滅多打ちにした。
あまりにも惨い光景。
俺も見ていて涙が出そうだった。
途中から野手登板に切り替わったが、それでも北条打者は手を緩めず。
気が付けば33-4を喰らったのだった。
まさかこのスコアを1試合で見ることになるとは思わなかった。
「お疲れ様ー!!みんなよく頑張ったー!!!」
全力で拍手をして選手を讃える。
そうだ。
選手は最後まで戦い抜いたのだ。
観てただけの俺が暗くなってどうする?
俺が拍手をすると近くにいた女の子達も続いてくれた。
まばらに残っていた観客は気が付いたら俺の近くに固まっていた。
素直に嬉しい。
疲れた様子の選手たちも笑顔を向けてくれた。
「・・・・・・圭大丈夫か?」
「あ、あはは・・・先週勝っちゃったからさー・・・。今日もいいとこ見せられるかもって思ったんだけどねー」
「・・・・悔しいな?」
「うん悔しい」
今日は存分に死体蹴りをされてしまった。
20点も差が付いてから盗塁してくるんだから笑える。
配信でも俺達の心配をしてくれるコメントがたくさんあった。
また北条のファンと思われる人からもコメントが来ていた。
・ファルコンフォースこれはないよ・・・ 勘弁してよ・・・
・もうやめてよ ここまですることないじゃん
・山本選手本当に申し訳ない ただでさえ腰悪いって言ってたのに
・もうコールドでいいよ
・選手は個人記録掛かってるの分かるけどさ こんなんでホームラン王取って嬉しい?
『最後まで全力で』というスポーツマンシップは分かる。
だが流石に見ていられなかった。
「今日は残念だったな・・。皆も長い時間ありがとうな?後ろの皆もありがとう!それじゃあ今日のところは配信切ろう・・・」
「おーほっほっほ!皆様どうかしら!?我がファルコンフォースは強かったでしょう!?」
後ろのお客さんに声をかけている時だった。
突然近くで声が聞こえた。
振り返るとスタジアムにあるまじきフリフリのドレスを着た金髪女が立っている。
年齢は俺と同じ18くらいだろうか?
なんかよくいる悪役令嬢みたいな見た目だな。
「よーしそれじゃあ圭も美月も帰ろうか?明日も学校だろ?」
「ちょっと待ちなさい!」
「?」
なんだろう?
「貴方が川相拓真ね!私の母がお世話になったようねえ!!?」
「? 誰のことだ?」
「タク。この人は北条美雲。相模守様のご令嬢だよ」
相模守?
あ、たしか北条慈雲の官位だっけか。
昨日教えてもらった気がする。
てことはこいつがあのおばはんの娘か。
なんだかプライドが高そうな感じで面倒くさそうだ。
「はは お世話だなんてとんでもない。それで何か御用でしょうか?」
「今日はずっとアナタのことを見ていたわ!よくあんなに弱いチームを応援してるわねえ!感心したわ!!」
おほほと笑う女。
なんだこいつ。
張り倒すぞこの野郎。
おっといかんいかん。
一応こんなのでも北条の領主の娘だ。
気を付けないと。
「ははは。俺はスズメーズのファンですから」
「そんな雑魚チーム応援したって仕方ないでしょう!?素直に我が北条に来れば常勝軍団ファルコンフォースを応援できるわよ?」
おほほほ!と笑う北条美雲。
ダメだこのタイプ。美人は美人なのだが生理的に厳しい。
「そのお話なら昨日お断りしたはずですが?」
「遠慮しなくてもいいのよ!アナタの昨日の無礼な態度もお母様はきっと許して下さるわ!」
遠慮なんぞしとらんし、許される謂れもないわ。
おほほと笑う嫌な女。
そしてこいつはとんでもないことを言いだした。
「それにしても真田は情けないわねえ!先発ピッチャーがデッドボールで1人いなくなったくらいであのザマなんて!ふふっお気の毒様!まああんな雑魚ピッチャーじゃ国丸の速球を避けるのは難しいでしょうねえ!球速が違いすぎるもの!」
「・・・・・・・・・は?」
おい。
それは一体どういうことだ?
山本投手の当たった球は腰のど真ん中。避けるのはどう考えても不可能なコースだ。俺には変化球のすっぽ抜けにしか見えなかった。
だがもしや。
狙って投げたのだとしたら・・・。
「・・・・・・・・・・」
いやよそう。
あれだけの大投手がこんなことに加担したなんて考えたくもない。
だがバッターが全く手を緩めなかった理由は理解できた。
こいつら俺への嫌がらせのためにこんなことしたのか?
恐らく事故とは言え先発ピッチャーを潰して。
代わりに出てきた準備不足なピッチャーを滅多打ちにして。
「実力差がありすぎるかしら?スコアに現れてるわよねえ!あー!情けないったらないわ。おほほほほ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
怒りで声が出ない。
隣の圭を見ると菊花にがっちりホールドされて口も抑えられてもごもごしていた。
まさか殴りかかろうとしたのか?
目には涙を溜め、悔しそうに口を歪めている。
美月を見ると無表情で淡々とカメラを回していた。
そこにはなんの感情も感じられない。
そうすることで怒りを抑えているのだろうか。
「では拓真様ご機嫌遊ばせ!また明日の試合でお会いしましょう!ま、どうせ今日と同じ展開になると思いますけどね!おーほほほほほ!!」
北条美雲は高笑いをして帰って行った。
それを確認して菊花が圭の拘束を解く。
「ダグゥウウ!!悔しい!悔しいよおおおおお!!」
「よしよし落ち着け圭。よく耐えてくれた。立派だったぞ」
圭が俺の代わりに怒ってくれた。
抱きしめると圭は俺の胸の中でわんわん泣き始める。
服がよだれと鼻水まみれになるが気にしない。
これが少しでも圭のためになるのならそれでいい。
「・・・ご主人。流石にボクも少しムカつきましたよ。今後またあの女が来たら無言で排除しますがよろしいですよね?」
「・・・あいつにも護衛がいただろ?大丈夫なのか?」
「はんっ!腑抜けだらけの風魔などボクの敵ではありません。ロクに訓練もしないで世襲で男に貼り付くしかない腰抜けどもですよあんなのは!」
さっき美雲の後ろにいた護衛達も明らかにこちらを見下してきており、非常に態度が悪かった。
確かに真田は北条に比べたら小さい。
しかしあのような態度を取られる謂われはない。
しかもデッドボールで退場した選手を悪く言われて我慢できん。
野球をやる以上当てることも当てられることもある。
しかしデッドボールが大きな怪我に繋がって選手がシーズンを棒に振ることだってあるんだ。
だからこそ投手はプロとしてコントロールを身に着け、100%は無理でも可能な限り当てないように努力しないといけないのだ。
それをこいつら。
「北条許せんな・・・」
自分でもビックリするくらい低い声が出た。
諏訪スタでの試合はあと2試合ある。
なんとか一矢報いる方法はないものだろうか?
「あの~・・・」
そんなことを考えていると後ろから別の人に話しかけられた。
一体なんだろう?
「私達北条TVの者なんですが・・・。是非拓真様にお話を・・・」
「え・・・・・・・・・?」
このタイミングで?
殺気立つ菊花と周りの女性達。
TVのアナウンサーの人は顔面蒼白だ。
恐らく先ほどのやり取りを見ていたのだろう。
しかし彼女達も仕事だ。
何も聞かないわけにもいかない。
さてどうしよう?




