第46話 ホームランボール
真田スズメーズvs長尾メジロスラッシャーズ
今日も今日とてどちらもなかなか点が入らない展開だった。
3回までどちらも1安打。
投手戦と言えば聞こえはいいが、貧打戦は見ている方も退屈に感じてしまう。
「へえ・・・ これが焼きそば・・・ おもちゃみたいな味がするわね」
千幸様は興味深そうに焼きそばを食べていらっしゃった。
「でも美味しいわ。こういう場所で食べる食事というのもいいものね」
「そうでしょうそうでしょう?」
ちなみに俺達がいるのはライト側。本来はホーム側なのだが、普通に長尾のキャップを被っている人もたくさんいた。レフト側も真田長尾が混在しているため、どうやらホームビジターで別れていないらしい。何故か三好や北条のキャップを被っている人までいる。
それに外野席に来たのに鳴り物もチャンテも応援旗もない。やはりちょっと物足りなく感じるのだった。
「まあ拓真君!ボールが!ボールが飛んできたわ!」
「あれはライトフライですね。ボールが地面に着く前にボールをキャッチするとアウトになるんですよ」
「拓真君!あの人!ピッチャーが投げている間に走り出したわ!あんなことをしていいのかしら!?」
「あれは盗塁といってですね。ランナーが到着するまえにキャッチャーがボールを投げられればアウトになるんですよ」
「拓真君!アウトが2つも増えたわ!どうしてこんなことに・・・」
「あれはダブルプレーといってですね・・・」
千幸様は終始大はしゃぎだった。こうしていると年相応の女子といった様子で大層可愛らしい。
「ふう・・・。はしゃいでしまったわ」
「お疲れ様です千幸様」
「でもなかなか点が入らないものなのね?」
「本当はそんなこともないんですけどねー・・・」
今日も今日とてどちらも貧打だ。
「バッターがヒットを打つ確率ってどれくらいなの?」
「そうですねー・・・ 大体2割から3割といったところでしょうか?」
「ヒットって何本打ったら得点になるの?」
「大抵は2、3本打たないと点にはならないです」
「・・・それだと得点するのは大変ね」
「それでも入るときは入るもので・・・ 普通に一回の攻撃で5点とか6点とか点が入ることもあるんですよ」
というか前の三好の試合でそれくらい取られてた気がする。
「まあそんなに!」
「それが野球の面白いところなんですよ。例え9回2アウトで100点差があっても勝つ可能性があるんですよ!」
「? 100点差あったら負けるわよね?」
「・・・・ま、まあ大概は負けますが。それでも理論上は勝つことができるんですよ!」
「なるほど・・。あ、ちょっと私お化粧を直してくるわね。紫苑付いてきて」
「かしこまりました」
千幸様は行ってしまわれた。
「千幸様楽しそうだな?」
「ええ。あんなにはしゃぐ千幸様はボクも初めて見ましたね」
今日千幸様が来たのは俺と真田家との仲が順風満帆であると外部にアピールするためでもあるようだ。どうやら昨日長尾と仲良くしすぎたらしい。長尾の動画のコメント欄にも「拓真君!長尾に移住して!」みたいなコメントが多くあった。
俺が長尾に移住しだすと言い兼ねないと思われたのかもしれない。あまり考えなしに他領の人間と仲良くし過ぎるのも良くないかもしれないな。
千幸様が戻ってきたのは30分後のことだった。
「化粧室が混んでいたわ」
「このスタジアムは化粧室が少ないみたいですね」
一応収容人数は1万5千人なのだが、満員になったことがあまりなかったのだろう。これまで顕在化していなかった問題がいくつも出ているようだ。
その辺を千幸様に聞いてみる。
「まず車で来る人間が意外と多くてね。駐車場が一杯になってしまったの」
「なるほど・・・」
てっきりホテルから徒歩で来るものと思っていたのだが、車の日帰り客も多かったらしい。諏訪湖畔の陸上トラックを解放したらしいのだが、それなりに混乱が起こっているみたいだ。
「すみません・・俺のせいで・・・」
「拓真君のせいではないわ。それにこれは嬉しい悲鳴よ。試合のチケット代だけじゃないわ。野球観戦に来る人は当然食事もするし、遠方から来る人はホテルだって取るわ。おかげで諏訪にあるお金がドンドン増えてその分諏訪が豊かになるんだから」
水蓮は寝不足気味らしいけどね、と言って千幸様はクスクス笑っていた。
そうか。俺が千幸様に求められていたのはこういうことなのだろう。先ほどは他領の人間とあまり仲良くするのはよくないのかなって思ったけど、やはり他領の人間とも積極的に交流を持って、諏訪にドンドン人を呼ぶようにしなければ。そんな大それた使命を俺に与えないで欲しいのだが、こればかりはこの男女比1000:1世界の男として仕方のないことなのだろう。
「それにしても全然点が入らないわね」
「そうですねえ」
現在7回ウラ。まだどちらも得点無し。酷い貧打戦だ。お互いチャンスすらない。
現在2アウトランナー1塁。バッターは9番の清水投手だ。
「全然得点できる気がしないわ。やる気あるのかしら?」
「あはは・・・」
千幸様は辛らつだった。
「だってそうでしょう?今からヒット2本も打たないと得点できないわ。でもこれからヒットが2本連続でヒットが出る確率なんて2割×2割で4%よ?25回に1回しかないわ」
確かに。だから野球は単打だけでは勝てないものだ。やはり長打も大切。チャンスで2塁打を打って走者一掃したり、あとは・・・・
カキーン
「あ」
「お」
行ったなコレは。音だけで分かる。ボールはぐんぐん伸びて・・・
「いやていうかこれは・・」
「大変よ拓真君!ボールがこっちに飛んできたわ!」
思い切り千幸様直撃コースだった。千幸様はパニックになって対応できそうにない。
「千幸様失礼します」
俺は千幸様の肩を抱くと前に出る。当然グローブなんて持っていないから帽子を脱いで身構える。
「よっと」
ボールは帽子の中に吸い込まれた。こんなこと初めてだが、案外上手くできるもんだな。
おおおおおおおおー
パチパチパチパチパチパチパチ!!!!
会場から拍手が上がった。
ただきゃーきゃー言われるより嬉しいかも。
「大丈夫ですか千幸様?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「千幸様?」
千幸様はボーッと俺の方を見ていた。
「な、なんでもないわ。私は大丈夫よ。それより名前」
「あ、申し訳ありません」
やはり千幸様を呼び捨てにするのは慣れない。
「それで千幸。これがホームランです」
「ホームラン・・・」
「ホームランを打つとランナーが全部ホームに帰るうえにバッターも一周回ってホームに帰ることができます」
「それはお得ね・・・2点も入ってしまったわ」
「ええ大変お得です。それで・・・」
俺は捕ったホームランボールを千幸様に渡した。
「これがホームランボールです。捕った人は記念に持って帰っていいんですよ。記念にどうぞ」
「・・・・いいの?せっかく拓真君が捕ったのに」
「ええ。千幸が初めてスタジアムを訪れた記念に」
千幸様はボールを受け取ると大切そうにぎゅっとした。
試合はそのままスズメーズが2-0で勝利した。
「勝ったわ拓真君!」
千幸様も嬉しそうにしていた。スズメーズナインはお祭り騒ぎ。喜んで外野席の俺のところまで報告に来てくれた。なお長尾ナインはもはやお通夜を通り越して死後の世界のようだ。
ちなみにスズメーズの連勝は5年ぶりだそうだ。
俺は泣いた。




