第47話 千幸様のお悩み
-side 真田千幸-
あれは確か昨日の18時頃だっただろうか?
古い友人から電話があった。
長尾琥珀。
私の幼馴染で長尾家の嫡子。次期当主を確実視されている人物。
彼女とは5歳の時からの付き合いだ。どちらかというと内向的な私と、あっちこっちフラフラするのが好きで外向的な彼女ではあるが、何故か昔から気が合った。
琥珀は先祖代々のカリスマ性に加えて頭脳明晰、運動神経抜群という傑物。
運動神経が鈍く、トロい私に比べると彼女はキビキビ動けていて羨ましい。
「千幸はもっと運動しなさい」
そんなこと言われても困る。
だって危ないじゃないか。
サッカーとか。
野球とか。
速いボールがビュンビュン飛んでてとても危ない。
それに走るのもやってない。
走るのはとても疲れるのだ。
少し走るだけで息がぜーぜーするのだ。
もしかしたら喘息とかいう病気かもしれない。
「貴女はただの運動不足」
うるさいうるさい。
そんな琥珀が先日ウチの領を急に訪れた。
いきなり何しにきたのかと思ったが、どうやら拓真君が何かトラブルに巻き込まれたらしい。
何それ聞いてない、と思ったらすぐに連絡が来た。
なんでも北条のボンボンと何かトラブルがあったらしい。荒川新之助って確かあの荒川家の息子だったか。私も一度会ったことがあるが、高貴の生まれの男ということで非常にいけ好かない男だった。
ウチの領でも避暑に来てはトラブルばかり起こしているともっぱらだ。
相手が男子なのでこちらも下手なことができない。
厄介な相手だった。
しかし今回は相手が悪かったようだ。
男同士のトラブルであれば調停は対等に行われる。
北条がうだうだ言ってくるだろうが、理がこちらにあるならば基本的に何もできないだろう。
「調停終わったよ」
午後になって琥珀が上田城を訪ねてきた。
「お疲れ様。どうだった?」
「ん。公平に裁いた。今回は物証だらけで証人だらけだったから。毎回これだけやりやすいといいんだけど」
「そう」
聞けば北条の女3人が拓真君に性的暴行を加えようとしたところを撮影された上に現行犯で捕まったそうな。
身分を笠に好き勝手やっていたようだけど、調子に乗ってしまったようね。
お気の毒様。
「それで今日はどうしたの?」
「拓真君に会った」
「そう。どうだった?」
「ん。驚いた。あんなに堂々とした男の子初めて見た。まるで絵巻物に出てくる景虎公のよう」
「あら」
それは私と同じ感想ね。
「長尾にもあんな男子がいればいいのに」
「・・・・あげないわよ?」
「ちっ」
ちっじゃないわ。
「それにしてもあんな男子どこにいたの?よく今まで表に出なかったね」
「そうね・・・」
拓真君のことをどこまで正直に話していいものだろうか?
三毛猫ウイルス非感染であることまで話すのは今はまだやり過ぎだと思う。
彼の子供を確認してから改めて相談しよう。
「聞くところによると彼は雨の日に突然現れたそうよ」
「・・突然?何それ?」
「私も情報を集めたんだけどね。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「・・・・・非登録男子」
「しかも記憶喪失ですって」
「バカな。あんなにしっかりした記憶喪失者いるわけがない」
「同感ね」
拓真君が何か隠しているのは間違いない。だがそれを聞き出すのは悪手だ。彼は諏訪や領民達に愛着を持ってくれている。それだけで十分だった。下手に詮索して出ていかれでもしたら目も当てられない。金の卵を産む鶏は自由にして見守るに限る。
「私は、彼が建御名方神と八坂刀売神が遣わした神の使いだと思っているわ」
「また突拍子もないことを」
「そうでなければ幸姫様が現界なさった姿ね」
「彼が神だと?本気で言ってる?」
「圭が聞いたらしいのよ。彼は『コウシエン』という場所から来たらしいわ」
「コウシエン・・?聞いたことない」
「でしょう?それがきっと神の住まう楽園なのね」
上田城で西宮市が神の住む楽園認定されたことを拓真は勿論知らない。
「ん。突拍子もない。・・・でも少し分かるかもしれない」
琥珀は少し言い淀んだように見えた。
「どうしたの?」
「彼言っていた。佐渡の金山に行ってみたいって」
「金山?」
佐渡に?そんなの聞いたことない。
「なに?そんなのあったかしら?」
「あるわけない。佐渡島は漁村以外何もない。金なんて出たらお祭り騒ぎ」
「そうよね・・・」
長尾の財政もウチほどじゃないしろかなり切迫していたはずだ。一応越後と出羽を領地にしているが、新発田藩と最上藩の影響力は未だ強く、長尾の影響力があるのは実質輪島港よりも西側と佐渡島だけである。しかも雪国で厳しい土地柄だ。それでも今日まで領土を維持できているのは景虎公の威光のおかげだろう。三毛猫ウイルスが蔓延した後に生まれた貴重な男子の武将。彼の伝説は枚挙にいとまがない。
「それでどうするの?」
「一応調査してみる」
「へえ」
意外だった。普段の彼女ならこんな与太話相手にしない。
「それはどうして?」
「彼があまりに当たり前のように言うから。それにこちらが指摘するとヤバいって顔して、否定した。まるで失言であったかのように」
「ふーん・・・」
どういうことだろう?単なる思い込み?どこか別の場所と勘違いした?
それとも、本当に金山があるのを知っている?
「分かったわ。金が出ると良いわね」
「ん。期待しないで楽しみにしてて」
それからしばらく雑談すると琥珀は帰って行った。
拓真君は不思議な子だ。
最近は空き時間があると彼のことばかり考えてしまう。
「千幸様にも俺の子を孕んでもらいます」
トクン
その言葉を思い出すたびに胸が高鳴る。
私は一体どうしてしまったのだろう?
彼との情事ばかりを想像してしまう。
早くその時が訪れないか、そのことばかり考えてしまう。
こんな気持ち聞いたことがなかった。




