第45話 千幸様と野球観戦
びっくりした。
まさか千幸様本人がいらっしゃるとは思わなかった。
「ふふっどうしましたか拓真さん?」
「あ、い、いえ・・・。まさか安房守様がいらっしゃるとは・・・」
「むっ」
千幸様は露骨に頬を膨らませると抗議するように服の裾を摘まんでくる。
「そんな他人行儀寂しいですわ。今日はただの千幸として遊びにきましたのよ。だからそんな風に言わないで頂戴?」
「あ、す、すみません・・」
というかいつも寝る前に電話してるのに今更かしこまるのも違う気がする。
そうだな。きっと千幸様は領主として忙しいからただでさえ遊ぶ機会は少ないのだろう。それなのに俺がかしこまっていたら千幸様も楽しくない。
ここは気安い感じで接していかなければ。
「では千幸様早速スタジアムに入りましょう!」
「千幸」
「あの・・千幸様?」
「ちゆき」
「千幸・・様」
「ち・ゆ・き」
圧が凄い。
「・・・それでは参りましょうか。・・・・千幸」
「はい♪それではエスコートをお願いしますね」
千幸はそう言ってニッコリと笑った。
―――――――――――――――
というわけでまずはスタジアム内の売店に行くことにした。
売店は元の世界の売店を知っている身からすると正直かなり寂しい。
帽子とメガホンくらいしか売っていない。
もっとアクリルキーホルダーや缶バッジ、タオルやレプリカユニフォームなど充実して欲しいところだ。
「ふむふむなるほど・・・。これを持って応援すればいいのね?」
千幸様にキャップとメガホンをプレゼントした。白の清楚なワンピースに野球帽のなんともミスマッチな感じがたまらない。
「そういえば千幸は今日1人で来たのですか?」
いくらなんでも領主である。1人だと危ないと思うのだけど。
「? 何を言っているの?拓真君の後ろにずっといるじゃないの?」
「え?」
後ろを振り返る。
そこには美しい銀髪を携えた女性が一人立っていた。こちらは黒のスーツ。どうやら千幸様と対になっているようだ。
「うわっビックリした!いつの間に!」
「さっきからいたじゃないですか。まったくボーッとし過ぎですよご主人は」
いや全然気配を感じなかったぞ。
「紹介するわ。こちら出浦紫苑。私の護衛よ」
「拓真様どうぞよろしく」
ぺこりと頭を下げる銀髪さん。
「あれ?出浦ということは・・・」
「はい。菊花は私の娘です。菊花はご迷惑をおかけしていませんか?」
「このボクが迷惑をかけているわけないでしょう?ねえご主人?」
「ええ菊花はよくやってくれていますよ。しょっちゅうポコポコ殴られますけど」
「殴られる!!?」
紫苑さんは衝撃を受けていた。
「菊花・・・あなた護衛対象を殴るなんて・・・」
「ご、ご主人が悪いんですよ!ボクはそんな・・」
「いやいやほんの軽くですよ!だから大丈夫ですって!」
慌ててフォローをする俺だった。下手なこと言うもんじゃないな。
「すみません。不出来な娘ですが今後もよろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ」
お互いに頭を下げ合う俺達だった。というか千幸様は俺に自分の護衛の娘を付けてくれたんだな。菊花は本来次期当主の護衛を担当なのではなかろうか?
千幸様には感謝しかない。
とりあえず紫苑さんにもキャップを買って被せておいた。千幸様と並ぶと仲の良い姉妹みたいで微笑ましい。
「では次は食事の売っているところに行こうかしら?案内して頂いてもいい?」
「え、千幸様がそのような食事を・・?」
「ち・ゆ・き。実際にお客様が食べている食事を頂きたいの」
どうやら今回の千幸様の観戦は諏訪スタ運営の実態を見るためでもあるようだ。もしかしたら来年以降もっと諏訪スタの設備を充実させてくれるかもしれない。
食事処に来てみたが、相変わらず最低限のものしか置いていない。しかしそれすらも人が多く、ロクに買い物ができないありさまだった。これは元の世界でも30分待ちが当たり前だったので仕方ないだろう。
「す、すごい数の人ね・・・。拓真君は大丈夫?これだけ女性に囲まれて辛くない?」
「? 俺は全然大丈夫ですけど・・・」
あ、そういえば前の試合観戦の時に言われたんだった。
「男性も意外と野球をテレビで観るようですね。もしかしたらスタジアムを訪れたいという男性が俺以外にもいるかもしれませんね」
「そうなの?」
千幸様は心底意外そうだった。
基本的に男性は女性が多く集まる場所には来ないらしい。
そういえば俺もこの前会ったアメンボ以来男に会ったことがなかったなー。
そろそろ誰かと会ってみたいものだ。
「あ、そうだ!この間の北条とのトラブルどうなりました!?」
真田と北条の仲がこじれたらどうしようって心配だったんだ。
「心配しなくても何も言われていないわ。他領の男性を攫おうとした挙句に性的暴行を加えようとしたわけですもの。映像も残っているし言い訳のしようがないわ」
ちゃんと真田から抗議しておいたらしい。
流石は千幸様、頼りになるお方だ。
「あの親子はどうなったんでしょう?」
「それなら心配ないわ。あの母親の方は役職を外されたそうよ?息子の方も北条の保護下に入れられたみたいね」
「え?」
聞けばあのザマスザマス言ってた母親の方は取り巻き女3人の旅行中の保護者でもあったらしい。それなのにあんな騒動を起こして慰謝料まで支払う羽目になってしまった。あまりに外聞が悪く、その責任が全てあの母親に押し付けられてしまったそうだ。正直、取り巻き女3人も大概バカに見えたから、母親に責任を押し付けるのもどうかと思うんだけど。単に親の教育が悪かったんだと思う。
そう考えるとあの母親もちょっと可哀想だな。
逆転裁判の犯人みたいに良いリアクションくれたし、息子を守ろうとする態度は手段はさておき好感が持てた。タックルもしちゃったし。
しばらく屋台の前で並んでようやく球場メシを買うことができた。
「焼きそばなんて初めて食べるわ♪」
千幸様がはしゃいでらっしゃる。ちなみに前に諏訪スタで俺も食べたのだが、普通の焼きそばだった。その他にもタコ焼きやらホットドッグやら買ってスタジアム内に入った。千幸様もいるしてっきりゲスト席にでも行くのかな?って思ったら今日の席は外野席だった。
「今日は普通のお客様の気持ちを知りたいの。だから一番観客が多い外野席に来たわ」
千幸様は楽しそうだった。
外野席はマウンドまで遠く、一見すると楽しくないように見える。
しかし外野手は近いし、ホームランが飛んでくるかもしれないという興奮、応援団による応援に参加できる、チケットが安いなどのメリットがあるのだ。ピッチャーの投げたボールがストライクかボールかよく分からないと思われるかもしれないが、心配はいらない。基本的にストライクボールの判定ができる席はないのだ。内野席でも外野席でもなんならバックネット裏でもストライクボールの判定はよく分からないのだ。それが分かるのは基本的にテレビ中継だけ。だから俺も一時期テレビ中継をスマホに映しながら野球観戦をしていたのだが、これはあんまり楽しくなかった。
今日は外野席の一番前の席だった。俺達4人は並んで座る。
きゃあああああああああああああああ!!!!
早速電光掲示板に俺が映ったようだった。この悲鳴にも流石に慣れてきた。カメラを見つけて手を振るとより一層悲鳴が上がる。
「大人気ね拓真君?」
「あはは・・ホントは落ち着いて野球観戦したいんですけどね・・」
まだ試合開始までしばらくあるので、それまで電光掲示板に映りっぱなしか俺。ちょっと気まずいというか落ち着かない。
千幸様と紫苑さんに野球のルールの説明していると長尾の撮影班とラジオ班の皆さんが挨拶に来てくれた。是非今日もラジオ解説を!動画出演を!と誘われたが丁重にお断りする。しばらく粘っていたが、隣に座る千幸様に気が付くと顔を引きつらせながら退散していった。
「昨日は長尾に見せつけられちゃったからね。今日はちゃんと拓真君は真田の民ですよってアピールしておかないと」
千幸様は笑っておられた。周りからも
「あ、千幸様だ」
「千幸様~」
「千幸様、野球観戦ですか!」
と声をかけられている。流石は千幸様、領民からの人気も高いんだな。
そうこうしていると試合が始まった。
さて今日はどうなるのか・・・。




