第37話 騒動の顛末
菊花のことを信じていなかったわけじゃない。
千幸様が寄越してくれた護衛だ。しかも忍者である。強いと思っていた。
だが流石にここまでとは想定外だ。一応菊花が動いたことくらいは分かった。
しかしそれくらいだ。菊花が何か動いたと思った次の瞬間には3人の女は吹っ飛び、それぞれゴミ箱、街路樹、ガードレールに頭から突っ込み、そのままピクリとも動かなくなった。
「うおおおい!!!凄い勢いで吹っ飛んでいったけど大丈夫か!?あの人ら大丈夫か!?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。男に危害を加えようとしたわけですから。言わば正当防衛というやつです」
慌てて吹っ飛んだ女性を近くの芝生の上に並べる。全員鼻血を垂れ流し白目を剥いて痙攣していた。
「いかん危険な状況だ」
「大丈夫ですよ。一応手加減しましたから」
「あれでか・・・」
10mくらい軽く吹っ飛んでたけど。
とりあえず可哀想なので気絶した女の鼻にティッシュを詰めておく。
不細工な顔がさらに不細工になったが、まあ仕方あるまい。
「さて・・・」
俺は茫然としている男に向き直る。
俺はこのタイプの理不尽を押し付けてくる奴が大嫌いだ。
野球部時代もそういう先輩はいたが、大体下手くそな補欠だった。
「お、お、お前!!俺は男なんだぞ!!俺に手を出したら・・・」
「そうか奇遇だな。俺も男だ」
「な・・・」
荒川何某が絶句して何も言えなくなる。
「ちなみに女が男をブッ飛ばすと犯罪なんだっけ?」
「ええ。だからボク達も手が出せません。厄介ですよねえ」
「じゃあ男が男をブッ飛ばすのはどうなんだ?」
「それは・・・」
菊花がちょっと考える。
「前例があまり無いのでよく分かりません」
「そっかー。じゃあこのアメンボどうしてくれようか」
俺が一歩ずつ近づくとアメンボが尻もちをついて後ずさりしていく。
なんだ粗暴のくせに1人じゃ向かってくる勇気すらないのか。
「逃げるなよ。よく分からんが、男様は偉いんだろ?かかってこいよ」
「ひ、ひぃぃ・・。だ、誰か!誰か助けて~!!」
「どうしましたか!?」
すると向こうから警察官が何名かやってくるのが見えた。先頭に立つのは若月警部だ。杉本巡査も後ろにいる。
「た、拓真君か?これは一体何の騒ぎだ?」
「た、助けてください!こいつらが急に襲い掛かってきて・・!」
息を吐くようにウソを吐くアメンボ。コイツにはもう人として備えておくべき最低限度のプライドすら存在しないのだろう。
「そうなのか拓真君!?」
「そんなわけないでしょ・・・」
とりあえず事情を説明する。道を歩いていたら女の子がこいつらに襲われていたこと。助けに入ったら取り巻きの女に肩を掴まれたこと。そしたらウチの護衛が女達を吹っ飛ばしたこと。
「ふむ・・なるほどな・・・」
「ウ、ウソだ!俺らが道を歩いてたらコイツらが襲ってきたんだ!」
「う、うーん・・・」
若月警部が困っている。
「こういう場合どうするんですか?」
「悪いが男性の身柄を勝手に拘束するわけにもいかんのだ・・。とりあえず上に報告するから今日のところは互いに引き上げてくれないか?後日呼び出しがかかると思う」
そうなのか。面倒だな男とのトラブル。若月警部は俺と座り込んでいる女性に連絡先を聞くと今日のところは引き上げることとなった。
「では今日のところは腹も減ったんで帰ります。早く晩飯食いに行こうぜ?」
「そうですね。ボクも今日は疲れました」
「タクも災難だったねえ」
「拓真君大丈夫?」
「俺は何もされてないから大丈夫だよ。あっとそういえば・・・」
まだ地面で茫然としている女性に向かって話しかける。
「晩御飯でもいかがですか?この近くに美味しい洋食屋があるらしいですよ」
俺達は女性を連れて一緒に晩御飯を食べた。話を聞くところによると彼女は普通に道を歩いていたところ、いきなりアメンボが突っ込んできたらしい。当然避けることなどできず倒れていると嵐のように罵倒され茫然としていたようだ。
「そ、それは災難でしたね・・」
「はい・・・。あの、私どうなるのでしょうか?」
「多分タクと一緒に北条から呼び出しがあると思うよ。それで今日のことについて調停で色々と聞かれると思う。もしかしたら慰謝料とか請求されるかも・・」
「そ、そんな・・・」
女性はガクガクと震えた。
「向こうから勝手に突っ込んできたんだろ?それで慰謝料請求なんてできるのか?」
「ううん・・こういう調停だと割と男性優位なんだよねえ・・。男性の言ったことが一方的に信じられがちというか・・」
酷い話だ。それで慰謝料請求なんてされたら彼女があまりにも気の毒だ。なんとかしてあげないと。
「よし圭!俺らも一緒に行くぞ!」
「あいよー!まあどうせ一緒に呼ばれるだろうし!せっかくだから動画のネタにしちゃおうか?!」
「そ、それはちょっと・・・」
美月に止められた。
そしてその日の夜、案の定若月警部から連絡があった。明日朝9時に警察署に来て詳しい話を聞かせて欲しいらしい。
あのアメンボどもにはハッキリ言って関わり合いになりたくないが、果たしてどうなることやら。
そして翌日。
警察署を訪れた俺達を待っていたのは。
「くおおおおらああああああああ!!!アンタたちぃいいい!!!アタクシのボクちゃんになんてことしてくれたザマスかあああああ!!!!」
とんでもなくキャラの濃いおばさんがそこにいたのだった。
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「ふがああああああああ!!!!!ふがあああああああああああ!!!」
「すみません若月警部。日本語訳をお願いしてもいいですか?」
「え」
若月警部がビックリしてる。俺はあいにくと動物の言語は勉強してないので何を言っているか分からない。
おばさんは高級そうな白い服に黒いカーディガンを羽織っており、まるでペンギンそっくりだった。
形といい、体格といい、某畜ペンによく似ている。
なんだか懐かしい気持ちになってしまった。
ふがふがうるさいペンギン風の見た目の何かは俺を睨んでいたが、俺もじっと睨み返すとやや挙動不審になった。恐らく自分の息子以外の男ににらまれるのに慣れていないのだろう。
「ちなみに彼女は何者なので?」
「アタクシのことを知らないザマスか!?」
知らない。
「有名な方なのですか?」
「このアタクシこそはこちらの荒川新之助の母親の荒川マリア!北条じゃ聖母と呼ばれる存在ザマス!!」
「ぶっ!」
見た目と性格と名前のギャップにやられる。いかんいかん。名前を聞いて噴き出すのはいくらなんでも失礼だ。ペットの名前は自由に付けていいんだから、そこは本人と飼い主の意志を大事にしてあげないといけないのだ。
なんでもこのペンギンとアメンボは取り巻きの女を引き連れて休日を利用して真田まで避暑に来たのだそうな。
水蓮さんや千幸様に今回の顛末を説明して迷惑をかけるかもしれない旨を説明して謝罪した時に説明してもらった。
千幸様曰く
「真田にとって迷惑でしかない連中だから、好きにしてしまっていいですよ」
とのこと。
一応金を落とすから相手をしているが、デメリットの方が大きいため二度と来ないなら来ないで構わないらしい。
「すみません失礼。それでは今日は何をすればいいんですか?」
「うむ。君達には昨日の状況を詳しく説明してもらいたい。本日は調停員の方に来てもらっているから、それで落としどころを探っていきたいと思う」
「なるほど」
この辺りのことは圭に昨日説明してもらった。
なんでも男がトラブルを起こした場合、その場で調停を行い解決するのが一般的なのだそうだ。何せ貴重な男。真田の刑務所に入れる訳にもいかない。そのため他領の調停員に罪状を判断してもらい、各々の罰金等を決めることになるそうだ。自領から調停員を出すと不公平になるのは目に見えているからこれは当然だろう。
「というわけで本日の調停員はこちらの方だ。このために朝一で長尾から来て頂いた。感謝してくれ」
すると奥の方から黒髪長身の美女がやってきた。
年の頃は20代前半だろうか?落ち着いた雰囲気の大人の女性という印象だ。
彼女が口を開く。まるで鈴を鳴らしたような美しい声だった。
「本日の調停員を務める長尾家嫡子、長尾琥珀。皆様どうぞよろしく」
彼女は無表情に抑揚のない声でそう言った。




