第25話 真田安房守千幸
まさかいきなり領主様が現れるとは思わなかった。水蓮さんが割と気さくな人だから完全に油断していた。一応水蓮さんも偉い人なんだよなあ。初対面が蕎麦食べてた印象しかないから全くそんな意識なかったけど。
「…………」
「………」
二人してしばらく見つめ合ってしまう。
千幸様は酷く狼狽しているように見えた。一体なんだろうか?ほんの少しの時間の後、気を取り直したように咳払いをする。
「初めまして拓真君。諏訪での生活はどうかしら?」
ニコリと笑うと千幸様が話しかけてきた。
よく分かんないんだけど、これ答えてもいいのだろうか?
俺作法とか分からない。
水蓮さんを見る。
「いいわよ拓真君。今日は全て直答を許します。私と楽しくお喋りしましょ?」
千幸様は口元に手を当てクスクスと楽しそうに笑っていた。
「あ、承知しました。諏訪では皆さんによくして頂いてとても楽しくしております!これも安房守様のお力のおかげで・・・」
「そういうのはやめて?楽しくお喋りしたいわ。男性にかしこまられるのは好きじゃないの」
わざとらしくよよよよよとウソ泣きしながら千幸様が悲しそうに見つめてくる。
「それに私のことは千幸って呼んで?」
「わ、わかりました千幸様・・・。あ、でも諏訪の皆さんに良くして頂いたのは本当で・・」
「拓真君は大豊庵にいるんですって?いいところに拾われたわね」
「あ、ご存知なんですか?」
「ええ。私お蕎麦好きなの」
聞けば真田領の蕎麦屋は大体制覇したらしい。その高そうな着物で食べたのだろうか?麺類を食べる時はできればもう少しラフな格好をして欲しい。
「俺も今日蕎麦を打ったんですよー
「! まあそれは素敵ね!私も是非一度ご馳走して欲しいわ」
「あはは俺の打った蕎麦で良ければ喜んで!」
千幸さんは見た目の雰囲気とは異なりかなり気さくな方であった。でも時々俺を見定めるように目を細くして微笑む姿は、この人がただの気さくな領主様ではないことを意識させられる。しばらく雑談をしていると千幸様が切り込んできた。
「それで拓真君。先ほど諏訪第一病院より検査結果が来ましたわ」
「!」
いよいよ来たか・・・。さてどうなったか・・。
「単刀直入に言いましょう。拓真君のY染色体には三毛猫ウイルスの感染は確認され
なかったわ。これで拓真君はこの世界で唯一の正常なY染色体を持つ男性ということになるわ」
「そう・・・ですか」
まあそうだよなー・・・。でもこれで一応良かった。
「今後俺が三毛猫ウイルスに感染する心配はあるのでしょうか?」
「それはありえません。三毛猫ウイルスの根絶が確認されたのはもう200年前の話ですから」
「そうですか・・」
とりあえず無菌室に放り込まれる事態にはならないことは安心した。
「ふふっ 拓真君を閉じ込めたりなんてしませんよ。それでは拓真君のこれからのことを話合いましょうか」
「話し合い・・ですか?」
「ええ。拓真君にはこれからいくつも選択肢があります。それを拓真君が納得した上で選択して欲しいの」
ふむ・・・。てっきりもっと強制されるものかと思ったんだけど。
「そんなんでいいんですか?」
「ええ。もし何かを強制して拓真君に嫌われるワケにはいかないもの。・・・それでも何もかも自由というワケにはいかないわ。ごめんなさいね拓真君」
千幸さんは深々と頭を下げる。
「あ、謝らないで下さい!それも俺のためなのでしょう?」
「ええそれは信じて頂戴。・・ねえ圭ちゃん」
「は、はい!」
「もし私が拓真君に不利益なことを言ったら圭ちゃんが指摘して?このことに関して私は圭ちゃんにいかなる罰も与えないと誓います」
「!! わ、分かりました!お任せ下さい!」
それを聞くと千幸様はニッコリとほほ笑んだ。
「それじゃあ拓真君。真田領の男子は必ず一度は領主と夜を共にするのが決まりなの。というわけで拓真君は今夜私の部屋に・・・」
「! 嘘です!そんなのうーそーでーす!!そんな決まりはありませーん!」
圭が真っ赤な顔で手をブンブン振る。
「あらバレちゃった」
千幸さんがクスクス笑った。からかわれたことに気付いた圭は真っ赤な顔で椅子に座り直した。
「ちなみに今のは北条領での決まりよ」
「マジですか!?」
北条領って人口3000万だから、男だって3万人はいるはずだ。
「80年あっても終わらないじゃないですか!」
「1日1人の場合はね」
「・・・・・・うわー」
引くわー。
「とはいえ自然妊娠なら男が生まれてくる可能性が有るからね。そういう奉仕が義務付けられてる領は多いのよ」
なるほど。
「お、俺はやらなくていんですか?」
「ええ。私は嫌がる子を義務で無理矢理というのは好みじゃないの」
「そうですか・・・」
少し残念だ。
「・・それでこれからのことね。まずは精子提供について話をしようかしら?」
「精子提供・・ですか・・」
実はお金がもう無いので今日も行こうと思ってた。
「水蓮から聞いたと思うけど、普通の男の人は毎日精子提供するなんてできないの。ましてや拓真君みたいに一日2回なんて絶対に不可能なのよ」
「一日2回・・!?」
圭がゴクリと唾を飲んだ。
「なるほど・・・。では精子提供は月1回にした方がいいですからね?」
もし毎日精子提供なんてしてたら他領の人間に怪しまれてしまうかもしれない。大事な収入源がなくなるので残念だがやむをえまい。俺としては射精成金を目指していたのだが。
「いえ。もし可能であるならば拓真君には毎日精子提供をお願いしたいわ。もちろんお金は通常通りお支払いします」
「? でもいいんですか?」
「病院には話を付けておいたわ。拓真君の記憶喪失治療のためにカウンセリングを受けてもらいます。それでカウンセリング終わりに余裕があれば精子提供をお願いできるかしら?」
なるほど・・。
「でも人工授精では男子は生まれないんじゃ・・・」
「それはあくまで今の技術では、という話よ。技術的に進歩すれば人工授精で男性を産むことができるようになるかもしれないわ。その技術革新のためにも拓真君の精子が必要なの。それに・・・」
千幸様が言いにくそうに言った。
「・・・・・・・もし拓真君に万が一のことがあった場合。拓真君の遺したその精子がこの世界の希望になるのよ」
「!!! 千幸様!なんてことを・・!」
圭が激昂する。
「いいんだ圭。千幸さんの懸念は当然のことだ」
領主として、責任ある立場の人間として、最悪の状況に備えるのは当然のことだ。だってこの城から帰る途中に車に撥ねられて俺が死ぬ可能性だって普通にあるんだから。
「それでも俺を自由にさせてくれるんですね?」
「ええ。私は男子を閉じ込めるようなことしたくないの。ただできれば早々に誰かと子供を作ってくれればと思うわ。本当に男の子が二分の一の確率で生まれるか。真田家の領主として、日本人として、この世界の女として。この目で確認しなければならない」
「・・・・・・・・・・・」
そう言われてなあ・・・。現状俺は無職で収入が全くない。子供の養育費は1人二千万円ほど。そう簡単に支払える額ではない。 というか簡単に言うけど、誰かって誰だよ。そんなアテないぞ。
「・・・・・・・・・・」
「やっぱり女と何人と交配するのなんて嫌かしら?どうしても嫌なら・・・」
「ああいえ。それは構わないのですが。やはり金銭面での問題が大きいですね。俺は現状無職なので養育費を払う当てがありません」
「え」
「え」
「え」
3人が目を丸くする。
「し、心配しなくても子育ては女の仕事よ?拓真君は種だけ付けてくれればいいの」
「いやいやそういうワケにはいかないですよ」
子育ては男女共に課せられた義務であると同時に与えられた権利だ。
「拓真君?そんなん気にせんでええんやで?子供の養育費は女が出すんが常識や。拓真君は気にせんでええんや」
「そ、そうだよタク!男の人1人から何人の子供が生まれると思ってるの?」
そう言われてもはいそうですかと引き下がれない。自分の子供が貧乏生活で苦労しているなんて耐えられない。
結局この話は平行線のまま。
互いに納得することはなかった。




