第24話 これからのこと
「おほん」
水蓮さんが咳ばらいを1つする。
気が付けば俺と圭は並んで座っていた。
圭がぎゅっと俺の手を握り、こちらをじっと見てくる。
”何があっても私はタクの味方だよ”
そう言ってくれているようだった。まだ会って3日目なのに随分圭には信用されているようだった。
「まず拓真君。すぐに連絡してくれてありがとう。ホンマ危ないところやったわ・・」
水蓮さんがニコリと笑った。
「危ないところ?」
「精子提供された精子いうんは他領に交換されることも多くてな。もし他領で検査が行われて正常なY染色体を持つ男子がこの真田にいるなんて知られた日には・・・」
「あ・・・」
なるほど・・・。このY染色体を持つのは俺だけだ。他領からすれば奪おうと躍起になるかもしれない。もしかしたら他国から攻められる危険性すらあるのだ。
「ま、まあ・・まだ決まったわけじゃありませんから・・・」
「いや、恐らくそれは事実やとウチは思う」
「? どうして?」
圭は首を傾げる。
「女を警戒しない、運動神経が高い、1日2回も射精できる・・・。どれをとっても古い文献にある感染前の男の記述の通りや。それに拓真君の言ってることを合わせて考えれればまず間違いないやろね」
「なるほど・・・」
確かに俺の精力は他の男子から見れば異常に見えるだろう。
「今諏訪の病院で極秘で拓真君のY染色体の検査を行ってもらっているわ。割と早い検査やったと思うから恐らく三時間もあれば終わるやろな」
「そうですか・・・」
「それで拓真君はこれからどうしたい?」
そうだよなー・・・。もし俺が正常なY染色体を持つ唯一の人間なのだとしたらこれは大変なことだ。水蓮さんもできれば俺を一歩も外に出さずにひたすら種馬のように働いて欲しいと考えているだろう。しかしそれは嫌だ。俺は野球観戦をしたいのだ。種馬生活なんて御免である。
「俺は野球観戦をしたいですし、できれば外を自由に歩きたいです」
「ふむ・・・」
水蓮さんが考え込む。
「難しいところやなあ。今後拓真君には護衛を付けなければならない。これは絶対や。警備を厳重にし過ぎると却って怪しいから、外にバレないように行わないといかん。できれば城で厳重に保護したいところなんやけど・・・」
「タ、タクを閉じ込めるなんてダメだよ!こんな小さい領で男性登録までしてもらったのに!その恩を仇で返すつもり!?」
圭が反論した。藩主で自分の母である水蓮さんに強く言うのは勇気が要るだろうに・・。
水蓮さんはそんな娘を嬉しそうに見ると微笑みながら言った。
「もちろんウチはそないな恩知らずやない。ただ拓真君の安全はこの藩の、この領の、この国の、ひいてはこの世界の希望に繋がるかもしれん。もし欲深い他領や外国に奪われることがあったら大変や。もうその領や国に逆らうことができる人間はおらんくなる。真田が弱小なのは却って幸いやったかもしれん」
「とすると・・・俺はどうすればいいのでしょうか?」
「まずは検査やな。あと本当にY染色体が非感染だったとして、人工授精で男子が生まれるか一応確認せなあかん」
「? えっと・・?」
言っていることがよく分かんない。
「今の人工授精の技術って男女比率が狂ってからできたものやろ?・・・・・実はここだけの話な。人工授精で生まれた子供の中で男って1人もおらんのや」
「!? そうなんですか!?」
「ええ。今の真田領150万のうち135万は人工授精でできた子供や。そしてこの中に男子は一人もおらん」
つまり自然妊娠でしか男は生まれないのか・・。これも技術革新の弊害だろうか。自然妊娠の場合は女性15万のうち男性1500人。100分の1の確率で男が生まれる訳か。男1人につき100人妊娠させれば人口が維持できるな。男性の生殖能力は著しく低くなっているが、女性の生殖能力は逆に上がっているらしい。恐らく性交による妊娠の成功率はそれなりに高いのだろう。そうでなけれ週1の精子提供でも辛いこの世界の男性ではとても男性の数は維持できない。
「だから拓真君に協力してもらわないといかんな」
「協力って・・・」
「決まってるやろ?」
水蓮さんがニッコリ笑う。
「自然妊娠や。正常なY染色体を持つ拓真君には1人でも多く男の子を作ってもらわないかん。でないともし拓真君に万一のことがあったらこの世はもう終わりや」
「自然妊娠・・・」
つまり積極的にヤって自然妊娠させまくれというワケか・・・。
「最低限今年中に5人は妊娠させなあかんで」
「お母さん!!そんな無茶苦茶な・・・」
「無茶苦茶やない。むしろ拓真君のためなんやで」
「俺のため・・・ですか」
「そや。仮に5人中3人でも男が生まれたとしよか?その男の子は多分拓真君と同じように正常なY染色体を持つはずや。そうすれば拓真君もある程度自由に動いて問題ないようになる」
予備ができるから、というわけか・・。自分の子供にそんなことを強いるのはあまりに申し訳ない。もし染色体のことが知れれば他領から誘拐されることもあるかもしれない。
「生まれた子供は領が責任持って育てる。ただ強制はでけへんから考えておいてくれへんか拓真君」
「分かり・・ました・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
圭は何か言いたげだったが、その言葉を飲み込んだ。
今年中に5人子供を作れ・・・か。大変なことになってしまった。
俺は野球観戦がしたかっただけなのに。なんでこんなことになってしまったのだろうか。
―――――――――――――――
高島城の一室に案内された。
ここで検査結果が出るまで待っていて欲しいらしい。
「タク・・・」
圭が申し訳なさそうな目で俺を見ていた。
「さっきお母さんが言ったことは気にしないでいいんだよ?タクはタクの思うようにしていいんだからね?」
「そういうわけにはいかんだろ・・・」
もし俺にこの男女比が狂った世界を変えることができるのであれば、それは全力を尽くすべきなのだろう。昨日までは積極的に精子提供をすればそれで済む話なのだと思っていた。お金も貰えるし、それくらいなら協力しようと思っていた。しかし人工授精では男は生まれないらしい。こうなると残された手段は1つしかない。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・どうしたのタク?」
圭をじっと見る。この子には本当に世話になった。本当に美しい少女だ。もしこの子に子供を望まれれば喜んで俺は応じるだろう。しかしそれでいいのだろうか?当然何人もの人間と関係を持たなければならない。元の世界の倫理観が邪魔をしてくる。
「いやなんでもないよ」
「そう?もし何かあったらちゃんと私に言ってね!話聞くくらいならできるから!」
「聞くだけかよ」
2人で笑い合った。
それからしばらく経った後。
水蓮さんに呼ばれて再び評定室に入る。
するとそこには水蓮さんの他にもう1人の女性の姿があった。しかし明らかに様子がおかしい。女性は上座、つまりはさっきまで水蓮さんが座っていた当主席に座っており、水蓮さんが横に控えている。隣に座った圭がぎょっとするとすぐに平伏した。俺もそれに倣う。
「いいから。顔をよくお見せになって?」
か細いソプラノボイス。ただその声はハッキリと俺の耳に入って来た。
俺は恐る恐る顔を上げようとしたが、圭は動かない。慌てて平伏し直す。
「大丈夫よ。早くしなさい」
「はっ!失礼します!」
圭が答える。俺も言った方が良いのだろうか?繰り返すのもややマヌケだろうか?
圭がチラっとこちらを見て頷いてくれた。どうやら俺も顔を上げていいらしい。
ゆっくりと顔を上げる。
その瞬間息を呑んだ。
まるで墨汁を垂らしたかのような黒い絹のような髪。何もかもを見通すような瞳。人を喰ったような水蓮さんとはまた別のベクトルで何を考えているか全く分からない。それがこの人が踏んできた場数の数を物語っている。この世界に来て何人も美しい女性と会ってきたが、この方はもはや同じ人間とも思えない。それに何故だろう?初めて会うはずの人なのに酷く懐かしい気がした。
俺が見惚れていると彼女が言った。
「真田家当主。真田安房守千幸です。よろしく拓真君」
そう言って彼女は薄く微笑むのだった。




