第21話 男性が生まれない理由
射精の謝礼に4万円も貰ってしまった。
4万円。
ただ2回射精しただけで4万円。
大豊庵の蕎麦が1杯700円。
手打ち蕎麦の価格としては元の日本と同じくらいだろう。
つまり物価は元の日本と変わらない。
この4万円の価値はそのまま4万円ということだ。
元の日本の手取りは大体25万円くらいだった。一ヶ月朝から晩まで頑張って働いてである。その6分の1を先ほどを射精2回で稼いでしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
あの元の日本での苦労はなんなのだったのだろう?
遠くを見てしまう。
だがこっちの世界の女性達はちゃんと労働をしているはずだ。それなのにこんなに簡単にお金を稼いでしまって申し訳ない気持ちで一杯だった。
こんなお金は早々に使ってしまおう。お金を使えば使われた人がまた別のことにお金を使い、経済が回っていく。そうやって還元していかなければ。
次の木曜日、つまり3日後に諏訪湖スタジアムで野球の試合がある。その時に豪遊してしまおうか。いや、その前にスマホが欲しい。とりあえずスマホかパソコンがないとこの世界の情勢を知ることができない。あと財布が欲しい。財布は元の日本で使っていたものがあるが、もうボロボロだった。せっかくだからこの機会に新調してしまおう。
「それにしても・・・」
そもそもなんで男性は生まれなくなってしまったのだろうか?ウイルスに感染したという話はチラっと聞いた気がしたが、それで何故男が生まれなくなるのかよく分からない。というか、射精が月1回しかできないとか性欲がそもそも全然ないとか、女性を怖がるとか、俺の知っている生物とはまるで異なるように思える。
これは一体どういうことなのだろう?
―――――――――――――――――――――――――
「というわけでどういうことなのでしょうか?」
「うむ・・・そうだな・・・・」
俺は警察署の若月警部を訪ねた。本当に知り合いが若月警部しかおらん。昨日今日と仲良くなったお客さんもいるが、どこに住んでいるのかよく知らないし、流石にこんなことを訊くのも抵抗がある。今は一緒に繁華街の方に歩いている。一応精液提供が予定通り終わったことと繁華街に出ることを若月警部に報告した。
「あ、あと度々付いて来てもらってしまってすみません」
「いやそれは構わないが・・・。この辺りはまだよく分からないだろう?案内する」
「助かります」
「それで男性が生まれなくなった理由だったな?」
若月警部は詳しく説明してくれた。
1520年頃からあるウイルスが日本に蔓延することになる。ウイルスの起源は不明だが、それより以前に海外では同様のウイルスの感染が確認されていることから、恐らく外国人が持ち込んだのだろう、とされているらしい。ちなみに人間以外での感染は確認されていない。
通称三毛猫ウイルス
感染すると男児の出産が極端に少なくなる恐怖のウイルス。その原因は感染した人間のY染色体にあるらしい。哺乳類はX染色体とY染色体の2種類の染色体を持ち、これによって性別が決定されるようになっており、男はX染色体Y染色体を1つずつ持ち、女はX染色体を2つ持っている。これを両親から1つずつ遺伝することによって、性別を決定する。しかし三毛猫ウイルスに感染してしまうとY染色体に異変が生じ、X染色体Y染色体をそれぞれ1つずつ保有していたとしてもほぼ女性になって生まれてしまうのだ。このウイルスには自覚症状は全くなく、Y染色体の異常のみを引き起こす。だからこそ性質が悪く、気が付いた時にはほぼ日本人全体がウイルスに感染する事態となってしまった。当然戦国時代ではウイルス感染を防ぐための知識などあるわけもなく、突如女性しか生まれなくなってしまった事態に国中が大混乱。戦国時代は終わらず、現代まで至る事態になってしまった。流石に皇族を中心として領土争いは終わったものの、元の日本よりも地方の領主の支配が強く残る形となってしまったそうだ。そんな日本が分裂した状態で大丈夫なのかと心配したのだが、幸い各領で緊張感を保ったおかげで元の日本よりも軍備は充実しており、外国人から支配されるようなことにはならなかったようだ。
「そして男女比が1000:1になって今に至るというワケですか・・・」
「ああ・・・三毛猫ウイルスは幸い根絶したそうだが、我々の持つ染色体にはその傷跡がいまだ残っているというワケさ」
「なるほど・・・。にしてもなんで三毛猫ウイルスなんて名前に・・・」
「ん?ああ知らないのか。三毛猫のオスはとても希少なんだ。三毛猫にはオレンジ色と黒色の模様があるが、これはX染色体上にのみ存在するんだ」
X染色体のみのオレンジ色と黒色の模様の遺伝子がある。
これはどちらかしかないらしい。
つまりX染色体が1つしかない以上、オスでは白+オレンジか 白+黒のいずれかしか生まれないはずなのだ。
「なるほど・・。つまりX染色体1がオレンジ色、X染色体2が黒色の遺伝子を持たないと三毛猫にならないというワケですか」
「そういうことだ。X染色体を1本しか持たないオスでは三毛猫になりようがないんだ」
「え・・でも・・・」
それならなんで三毛猫にオスが存在するのだろう?
「ああ、三毛猫のオスは染色体異常なんだ。三毛猫のオスはXXY染色体を持つ」
「つまり3つの染色体を持っているってことですか・・・」
「そういうことだ。三毛猫のオスは大体3000匹に1匹と言われている。このような三毛猫のオスは生殖能力が著しく低いことが特徴でな」
なるほど、それも相まって三毛猫ウイルスなのだろうか。
「ということは人間の男性にも染色体異常が・・?」
「いやそういう訳ではないらしい。人間の男は普通にXY染色体を持っている。だが何故XY染色体を持つ人まで女になってしまうかはまだハッキリしていないんだ」
不思議な話だった。ただ戦国時代に感染したウイルスが原因なのは間違いないらしい。
「・・・・・・・ふう」
頭の中を整理する。
・この世界で男が生まれない原因はY染色体に異常が生じ、Y染色体を持つ人間でも
女性になってしまうから。
・Y染色体に異常が起こった原因は戦国時代に流行った三毛猫ウイルス。
・三毛猫ウイルスはもうすでに根絶している。
というわけか。しかし厄介なウイルスが存在するものだ。最初ウイルスって聞いた時は俺もそんなものに感染したのかと滅茶苦茶焦った。そんなものに感染したなら俺はもう元の日本には戻れない。感染した俺が帰ってしまったら元の日本も女性だらけになってしまう。
いや元の世界の技術力ならば何かしらの対策で男女比を1:1に維持できるかもしれない。
戦国時代という技術力が不足する時代にそんなウイルスが流行ってしまったのは不幸としか言いようがない。
「・・・・・・・・・・・・え」
そこで気が付いた。
気が付いてしまった。
男女比が狂った原因は戦国時代に流行ったウイルス。
そのウイルスはもうこの世に存在しない。
つまり俺はそのウイルスには感染していない。
ということは。
俺の子供ってどうなるのだろう?
若月警部の言う通りであるならば俺の子供は元の日本と同じということになる。
つまり男の生まれる確率は2分の1だ。
そして俺の子供の子供が男である確率も2分の1。
背中がぞわっとした。
この世界の男女比は狂っている。人工授精で人口を維持することができているが、いつか限界が来るように思う。
もしかして俺は。
この世界でウイルス感染前の正常なY染色体を持つ人間なのかもしれない。




