第18話 男性登録
「男性登録・・・ですか」
「そう。男性登録」
「えっと・・・ 俺詳しくないんですけど、そもそも男性登録ってよく知らないんですよね」
元の世界の戸籍とは別なのだろうか?この世界でも流石に戸籍くらいはあると思うんだけど。
「戸籍とは違うんですか?」
「ああ、女性は普通に戸籍を登録するよ?ただ男性が生まれた場合は戸籍とは別に届け出をするんよ」
詳しく話を聞いてみると、どうやら戸籍の段階で男と女を分けることはしなくなってしまったらしい。これは男が少なすぎることによる弊害だろう。どういう経緯かはよく分からないが、そういうものらしい。
「それで男性登録をすると俺はどうなるのでしょうか?」
「拓真君がここで男性登録をすると真田が拓真君の生活をサポートしてくれるようになるんよ。補助金なんかも出るしな。あとは要望によっては護衛とかも出してくれるようになるで」
「護衛・・・ですか?」
今日は諏訪湖周りをブラブラしていたが、特に身の危険を感じるようなことはなかった。滅茶苦茶見られたけど。まあ若月警部が後ろの方に控えていたというのもあるかもしれないが。
「なるほど・・・」
「それでどうやろか?」
水蓮さんが祈るような目でこちらを見つめてくる。改めて考えてみる。男性登録をすると生活のサポートが得られる、補助金も出る、護衛も出る・・・。俺にとってメリットばかりだ。あまりにも話が上手すぎる。
「あの・・・なんだか俺にとって良いことばっかりなんですけど、逆に何かデメリットはあるんでしょうか?」
「う・・・」
水蓮さんが動きが止まる。まあやっぱりデメリットもあるよな。
「・・そうやね。やっぱり説明せんとあかんね。まず拓真君が真田で男性登録をすると自由に真田領から出ることができなくなります」
「え。つまり一生信州にから出られないいうことでしょうか?」
それはちょっと辛いかもしれない。
「あ、別にそういうわけやないよ?領主に申請を出せば他領に行くこともできる。ただ他領に行くときは護衛を連れて行かないと危ないから・・。拓真君は窮屈に感じるかもしれへんけど」
水蓮さんは申し訳なさそうに言う。ふむ、ただまあそれは仕方ないだろう。何せ貴重な男子だ。もし他の領で男子の誘拐事件なんてあったら戦争が起こってもおかしくない。
「それはまあ仕方ないでしょうね・・・。他には何かありますか?」
「その・・・ 言いにくいんやけど」
水蓮さんが顔を赤くして言う。
「精子を・・提供してもらわんといかん」
「ああ・・・」
それはそうか。人工授精には当然元となる精子が必要になる。しかしこんな美人から『精子を提供』とか言ってるのを見るとかなりクるものがあるな。にやつかないように気を付けないと。水蓮さんからしたら真剣でそれこそ人口に直結する死活問題なのだろう。
「あ、あの!そ、そんな無理のない頻度でええんやで?最低限1ヶ月で1回こなしてもらえればそれで・・・」
「ん?あ、ああすみません!」
変なこと考えてたら水蓮さんが慌て出してしまった。もしかしたら俺を怒らせてしまったと思ったのかもしれない。
「というか精子提供って月1でいいのですか?」
普通に考えて男は1000分の1しかいないのだから、明らかに足りないような気がするが。
「ああそれは大丈夫や。一回の精子で10人は子供を作ることができるからな」
人工授精の技術めっちゃ進化しとる。まあ元の世界ならわざわざ精子を薄める必要もないけども。
「なるほど・・・とりあえず話は分かりました。ちなみになんですが、俺には真田で男性登録する他にどんな道があるのでしょうか?」
一応聞いておかなくてはな。
「そやね・・・。まず一つは男性登録をしないということやな。だがこれはおススメせえへん。拓真君のことはもうこの辺じゃかなり有名になってしもてるからな。今後も普通に出歩きたいなら所属する領はきちんと決めなあかんで」
ふむ・・・。それはそうだろうな。最悪女子に囲まれても逃げればいっかーなんて昨日までは思っていたが、練習やテレビ中継を見ていて考えを改めた。俺なんかより強い女子なんていくらでもいそうだ。
「そしてもう一つが・・」
水蓮さんが下を向いて言う。
「他の領で男性登録をするという道や」
「他の領・・・ですか」
それはつまり真田領から引っ越して他の領に行くということか。
「ウチの領はこんなド田舎で人口も少ないやろ?出せる補助金の額も大したことない。他の領に行けばもっといい条件なんていくらでもあるからな。流石に親が真田出身の人間の場合は男子の移動はでけへんけど、拓真君はその辺曖昧やから他領に行くんも自由や。」
補助金の額も10倍くらい違うんやない?と水蓮さんは困ったように笑った。
ああなるほど。先ほどから水蓮さんが言い辛そうにしていたのはそういうことか。これを言ってしまったらきっと俺が他の領に行ってしまうのではないかと考えているのだろう。
「拓真君・・・」
美月が心配そうな顔で俺を見てくる。少し泣きそうな顔だ。
「なるほど・・・。そういうことでしたら考える必要もないでしょう」
「そっか・・・。まあそうやよな」
「ええ」
俺は笑顔で言った。
「真田領で男性登録をお願いします!」
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-side 黒田水蓮-
帰りの車の中。ウチはさっきの出来事を思い出していた。
「真田領で男性登録をお願いします」
そう言った彼の登録をその場で行い、男性登録証を渡した。万が一心変わりをされたくなかったという思いだったが、恐らくそれも見透かされていたのだろう。それでも彼は何も言わずその場で登録を行ってくれた。
「変わった男性でしたね」
運転席の方から話しかけられた。
「せやなあ・・。圭ちゃんから随分聞かされていたけど、あれは本物やな」
彼の顔を思い出す。ウチの顔を真正面から受け止めて堂々と話すその姿。こちらを見下すでも値踏みするでも怯えるでもない、真っ直ぐな瞳。あんな男性の姿は初めて見た。
真田で男性登録するデメリットはきちんと伝えた。真田は本当に貧しい土地だ。海も無く、目立った産業も少ない。人口だって関東の20分の1しかいない。彼に支払える補助金の額もせいぜい月5万円程度だ。もし関東ならその10倍は軽く出るだろう。
彼にはその旨もきちんと伝えた。それでも彼は真田での男性登録を希望したのだ。その理由を聞いてみた。ただ彼は一言こう言った。
「大豊さん親子と圭さんにはお世話になりましたので」
一宿一飯の恩をまだ返せていないのに他領に移動なんてできないと彼は言った。
本当に驚いた。元より大豊庵に寝泊りしているという時点で相当な驚きだったのだ。伊月や美月ちゃんの身長や胸を彼は気にならないのだろうか?威圧感を感じたりしないのだろうか?信じられない思いだった。
「なるほどなー・・・」
あの男の子ならウチの娘がベタ惚れするのも納得だった。昨日まではなんか面白い男の子に会った、くらいの感想だった娘だが、今日帰ってくる頃にはベタ惚れ状態になっていた。娘は藩主の娘という立場の都合上、男と会う機会はそれなりにあったが、毎回嫌な思いをしていたようだった。
娘の恋を叶えてあげたい。
私は流れる諏訪湖を眺めながらそう思うのだった。




