第17話 黒田水蓮
「いただきます~」
大豊庵に訪ねてきた黒田水蓮さん。諏訪藩の藩主、ということは圭のお母さんということになるのだろう。それにしても凄い美人さんだ。年の頃は30歳くらいだろうか?いくつくらいで圭を産んだのだろう?旦那さんが羨ましい・・・。
「うーん!いつ食べてもここのお蕎麦は美味いなあ」
なんか普通に蕎麦食べてるけど、高そうな着物だから傍から見てるとかなりの緊張感だ。汁大丈夫か!?もう少しゆっくり食べて欲しい。
「ふう~・・・ごちそうさま。ありがとう伊月ちゃん」
「お粗末様~」
伊月さんは食器を片付けてまた奥に引っ込んでしまった。
「さて・・・それじゃあそろそろ本題に入ってもよろしいか?」
「あ、はい・・・」
俺はいつでも良かったのだが、蕎麦を食べ始めたのはあなたです!と、よっぽど言ってやろうかと思ったけど我慢する。マイペースな人なんだなきっと。
「今日ここに来たのは他でもありません。拓真君の男性データベースでの照会の結果が出ました」
やはりその件かという思いと、それでなんでわざわざ藩主がやって来たのだろう?という疑問が同時に頭をもたげた。
「ふふっ なんでウチがわざわざ来たんか気になります?」
「あ、えっと・・・」
顔に出てただろうか?ちょっと失礼だったかもしれない。
「簡単な話ですわ。圭ちゃんが家で拓真君のお話ばっかりするからなあ。どんな子やろってつい気になってしまってね」
単に気になっただけらしい。後ろの方を見ると護衛?運転手?みたいな人が控えているのが見えた。サングラスをかけた黒服スーツの女性だ。なんだか目の前の水蓮さんがヤクザに見えてきた。
「はあそうでしたか・・・」
「ふふっ圭ちゃんに聞いてた通りの良い子みたいで安心したわ。・・・男性にはウチも苦労させられてばかりでなあ」
遠い目をする水蓮さん。
「そんなに苦労を・・・」
「ええ・・・。真田領の男子は大人しくて引っ込み思案な子ばっかりでなあ」
おかげで会うこともままならず、基本的には家から全く出ないらしい。
「まあそれでも北条の男よりはマシやけども」
「北条の?」
「ああ・・・あっちは偉そうなことばっかり言う男が多くてな・・・。急に諏訪まで避暑に来るから護衛しろだの店を用意しろだのうるさくてうるさくて・・・」
水蓮さんがウンザリしたようにため息をついた。どうやら最近嫌な目にあったらしい。藩主というのも大変だ。
「その点拓真君はええ子やなあ。ウチともちゃんと目を合わせて話してくれるし」
「あはは。そりゃこんな美人見ない方が損ですから」
頭を掻きながら褒めてみた。すると部屋の空気が凍る。なんだ?滑ってしまったか?
「・・・圭ちゃんには聞いていたけど、本当にええ子や。年が年ならウチの旦那に欲しいくらいやわ」
「? 旦那さんがおられませんので?」
1000人に1人とはいえ、この諏訪の人口は2万人くらいだったはずだ。つまり男は20人くらいはいる。流石に藩主となれば優先的に夫を迎えるくらいはしそうなものだが・・。
「ああ、真田様は意中の相手でもない男性と無理矢理婚姻を結ぶことを良しとせんお方でな。だから真田領の藩主達もそれに従うのが礼儀というものや」
「なるほど・・・」
勿体ない。実に勿体ない。こんな美人が未婚だなんて。圭や美月も人口受精で生まれたのだろうか。気になってさっき美月に訊いてみたが、人工授精はなんと1900年頃には既に盛んに行われていたらしい。人類の子孫を残すことに直結する技術だけあって、元の日本よりも遥かに発展しているようだ。逆にその技術ができるまで一体どうしていたのだろう?・・・・きっと男たちが死に物狂いで頑張っていたのだろうな。この世界の女性は身体も進化したようで、処女膜がない。処女だからって痛がっている場合じゃねえ!ということだろうか?
「話が逸れましたな。早速本題に入らせて頂いてもよろしいやろか?」
「ええどうぞ」
さてどうなったかな?
「結果から言いましょう。川相拓真君の名前は男性データベースには存在しなかったわ。それに顔写真の検索もしましたが、こちらも全く一致する顔はありませんでした」
水蓮さんが俺の目を見ながら言う。まあこちらからすると『ですよねー』って感じだ。逆に万に一つ一致してしまったらどうしようって考えてたくらいだ。
「つまりやはり俺は非管理男性、ということになるのでしょうか?非管理男性が行方不明になったなどの報告は?」
「それはあった」
あったのか。
「というかありすぎや」
「? えっと・・・」
「自分は確かに男の子を産んだけど、その子が行方不明になった。探してください。なんて問い合わせは一年に何十件もあるものなんや」
大体エア息子やけどな。と水蓮さんは続けた。
「つまり俺がお母さんを探しています、なんて呼びかけた日には・・・」
「全国からこの諏訪に何万人来るか想像もでけへん」
「なるほどなー・・・」
それはむしろ助かった。こっちから母親探しをしない言い訳に使える。
「拓真君は記憶喪失なんやてな?何か前に住んでいたところの特徴を少しでも思い出せへんの?」
「うーん・・すみません、何も思い出せません」
「?」
俺の隣で話を聞いていた美月が不思議そうに首を傾げている。これはアレか。甲子園のことを尋ねないのか、と訊きたいらしい。美月にアイコンタクトを送る。
(話がややこしくなるから、もう何も覚えてないことにする)
察してくれたのか、美月が軽くうなずいた。
「なるほどな~・・・ それは困ったなあ~」
水蓮さんが天井を見上げる。天井では年季の入った扇風機が回っていた。こちらの夏は元の日本より暑くない。元の日本の気候が違うのか、そもそも長野が涼しいのかは俺には分からなかった。
「すみません・・・本当に・・・」
「いやいや拓真君のせいじゃないのよ。男性登録しない母親や、そもそも男性登録にデメリットがあるのがいかんのや」
せっかく貴重な男児が生まれたのに取り上げられるのでは登録したくなくなるのも分かるというものだ。しかしだからと言って出生の届け出すらしないのも問題だろう。
「それで拓真君」
真剣な顔をして水蓮さんが見つめてくる。凄い美人さん真剣に見つめられると照れてしまう。にやつきそうになる顔を引き締めて返事をする。
「はい!なんでしょうか!」
「そない緊張せんでもええよ。拓真君に一個提案したいことがあるんやけどええやろか?」
「? はいなんでも言ってください!」
なんでも、という言葉に3人がピクリと反応をした。
「ふふっ それなら遠慮なく言わせてもらうわ。拓真君」
水蓮さんが微笑みながら言う。
「この真田で男性登録してもらえないやろか?」




