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会場へ足を踏み入れると、まだアルノー家しかいなかった。レオンのエスコートと共に現れたセレナを見て、笑顔と共に温かく受け入れられる。
「セレナ先生、いらっしゃい!素晴らしいわ、夜空の女神ね」
「よくお似合いですね。侍女に粗相はありませんでしたか?」
「足元、いかがですか。今ならまだ直せますが」
口々にいわれ、セレナは戸惑いつつも笑顔を返した。
「お招きありがとうごさいます。ドレスや靴に、お化粧も…何から何まで、本当にありがとうございます」
「とっても素敵だろう?私の見立てに狂いはなかったな」
「なぜ兄上が威張るんですか。先生を盛り立てたのは私たちですが」
「やめなさいな、もう」
夫人が兄妹を諌めると、伯爵が咳払いをした。
「セレナ先生のお陰でここまでこれた。是非我が家の恩人として胸を張ってほしい。一緒に祝えることを、嬉しく思う」
「アルノー伯爵…」
口下手な伯爵の、端的で優しい言葉にセレナは胸を震わせた。家庭教師として、最高の褒め言葉だ。
そのまま、次々とやってくる招待客と、主催の二人の応答を傍で見守る。時たま、招待客の視線がこちらに向き、マルグリットを見て、また視線が戻ってくる。──誤解しているのがよく分かる。
華やかな音楽が流れ、煌びやかなシャンデリアの下、色とりどりのドレスが翻る。談笑する貴族たち。婚約パーティーらしい、幸福な空気が満ちていた。
「カーター先生」
招待客の来訪が落ち着き始めた頃、低い声がして振り返る。
「あ、デュノワ様」
そこにはアレクシスが立っていた。いつも通り厳めしい顔だが、今日は幾分柔らかい。マルグリットの元婚約者と聞いているが、本当に未練はないようだ。ただ妹のように思っていた子と教え子の晴れの場を、嬉しく思っているように見える。
「お久しぶりです」
「ああ」
「お元気そうで安心しました」
「……先生もな」
短い返事に、セレナは少し笑った。
「レオノーラ様はご一緒ではないのですか?」
「……ああ」
途端に、アレクシスの返事が歯切れ悪くなる。
「少し、別件でな」
「そうなのですね」
「…………」
「?」
「…………」
珍しく言葉を探している。
(珍しいわ、いつも堂々とされているのに)
そう思ったところで、後ろから声がした。
「先生」
「チャーリー様」
ミゲルズ侯爵令息、チャーリーがやってきた。
「今日もすごく綺麗ですね。いつもお綺麗ですけど…今日はどこかの女神が間違えて降りてこられたのかと」
「まあお上手。ありがとうございます」
「そのドレスも素敵です!」
「ええ、アルノー家の皆さまが用意してくださいました」
「……そう、ですか」
チャーリーは分かりやすく悔しそうな顔をした。
「負けた……」
「え?」
「僕ももっと早く動くべきだった……」
「何のお話ですか?」
「いえ、独り言です。先生、この間踊れなかったダンスを──」
チャーリーが手を差し出した、その瞬間。
「先生」
すっと、挨拶回りで少し離れていたはずのレオンが二人の間に割り込んできた。流れるような動作でセレナの前に立つと、チャーリーの手を無言で遮る形になる。レオンはにこやかにセレナに話しかけた。
「どうしたの?」
「何でもありません」
「そう?」
そう言いながら、レオンは当然のようにセレナの隣へ立つ。その体温が伝わってきそうなほどの至近距離だ。
「……」
「……」
チャーリーに視線を向けられ、レオンがにっこり笑う。その目はまったく笑っていない。
「……」
「……」
(な、何かしら)
妙な空気だ。お互い、一言も発っさない。心臓がいたくなり出した時、ようやくチャーリーが口を開いた。
「アルノー様、先生を独占しないでください。さっきからずっとくっついて…それに、離れている時も見ていたでしょう」
「してないですよ?」
「してます。現に今だって、僕がダンスに誘おうとした瞬間に飛んできたじゃないですか」
「してません。賑やかな声が聞こえたから、混ぜていただこうかと思っただけですよ」
「してます」
「してないんですけどねえ」
「してます」
「……」
レオンがにっこり笑った。と思ったら、セレナに視線を向ける。
「先生、してると思う?」
「えっ!?」
急に振られ、セレナは目を丸くした。
「え、ええと……近くは、あるのでは…」
セレナが困っていると、レオンがくすっと笑う。
「ほら、独占はしてないってことだね」
「何がほらですか!」
「先生が困ってるから、ここまでにしましょうね」
「ぐっ……」
チャーリーが本当に悔しそうに口を閉じた。けれど、そんな彼の様子を見たレオンは、ふっと表情を柔らかくして、ちらりとチャーリーの目を真っ直ぐに見つめた。
「──冗談はさておき。私がいない間、先生のために動いて、私を探してくれたこと。本当に感謝しています」
「……」
「ありがとうございます、ミゲルズ様」
「……っ」
心の底からの、レオンの本気の謝意。その一言で、チャーリーの尖っていた顔が、一瞬で気恥ずかしそうに少し緩んだ。元が素直でいい子なのだ。
「当然です。先生が困っていたんですから」
「ええ」
「でも」
チャーリーが少しだけむっとする。
「今度いなくなる時は、ちゃんと居場所くらい残してくださいね。先生がどれだけ心配していたことか!」
「はは、申し訳ない」
「笑い事じゃありません」
「そうですね」
そう言ったあと。レオンは、ほんの少しだけ真面目な顔になった。
「もう、先生にあんな思いはさせたくないですから」
「……!」
セレナが思わず顔を上げる。レオンはもういつもの笑顔に戻っていた。
「ね、先生?」
「…………っ」
また、心臓が忙しくなる。
(もう……)
この人は、本当にずるい。




