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その後やってきたアレクシスも、伯爵と同様のことを言った。行方不明、生死不明。王太子からも、捜索に尽力するとの言葉を賜ったという。
セレナはぐ、と奥歯をかみしめて出そうになった涙を押し止めた。
伯爵夫妻に断りをいれ、今度は実家の自分の部屋へと急ぎ足で戻る。そして、ペンを手に取った。震えそうになる手で手紙をしたためる。机の上には、何通もの手紙が積み上がっていった。
元教え子へ。かつての同僚へ。遠方の知人へ。
普段なら、仕事の依頼や近況報告を書くための便箋。けれど今日は違う。ただ一人の人を探すための手紙だった。滑らかに動いていたペン先が止まる。
(……こんなにも、誰かの無事を願ったことが、今まであったかしら)
答えは、すぐに出た。
(ないわ)
胸がきゅうっと痛くなる。そして、改めて思い知った。ああ、私は。こんなにも、あの人が好きなのだと。
◇◇◇
それから数日が過ぎた。毎日届く返事は、どれも決定打にはならないものばかりだった。
『そのような人物は確認できませんでした』
『茶髪ではなく黒髪の男性を見たという話は耳にしましたが、真偽は不明です』
『引き続き情報を集めてみます』
便箋が増えるたびに、不安が積み重なっていく。あまり芳しくない返事ばかりで気が滅入りそうになっていたセレナの元に、一通の手紙が届いた。
差出人は、ミゲルズ侯爵家。
「……チャーリー様?」
封を開くと、中には几帳面な文字が並んでいた。
『セレナ先生
僕を頼ってくださり、嬉しく思います。
留学時代の知人たちに問い合わせてみました。魔術の暴発で、場所の転移が起こることがあるとか。ちなみに数日前、隣国の港町で、似た特徴の男性が目撃されたそうです。
ただし、確証はありません。
でも、先生が少しでも安心できる材料になるならと思い、お伝えします。
どうか、あまり無理はなさらないでください。
チャールズ・ミゲルズ』
確証などどこにもない。何日も前の、それも不確かな目撃談。けれど、セレナはその一枚を胸に強く抱きしめた。
生きているかもしれない、と思っただけで、俄然心強くなる。
「……信じています、レオン様」
セレナはあの藍色の靴を履き、ただ一人の帰還を待つことを誓った。
◇◇◇
やはりどんなに足掻いても、日にちは過ぎていくし、仕事は待ってくれない。いつものようにアルノー家へ向かう。玄関が開くと、いつかのように一家が勢揃いしていた。マルグリットも、レイナルドも、伯爵夫妻もいる。
みんな、どこかそわそわしている。
「……?」
首を傾げた、その時だった。
「せーんせ」
聞き慣れた声がした。どくん、と心臓が高鳴る。
ゆっくり振り返った先には。少しだけ痩せて、少しだけ日焼けしたレオンが立っていた。いつものように、飄々と笑っている。
「いい子にしてた、先生?」
「…………」
声が出ない。夢かと思った。
だって本当に。本当に、もう会えないかもしれないと、そう思っていたから。
「……せんせ──」
言葉を最後まで聞く前にセレナは駆け出していた。ぽすん、と、彼の胸元へ額を押しつける。
「……っ」
ぎゅっと、服を握る。
「…………遅いです」
記憶にある中で初めてだった、こんなに感情を露わにしたのは。
「……っ」
「一週間って、仰ったじゃないですか」
震える声。
「……ずっと、待っていたんですよ」
レオンが、息を呑む。そっと、そっと、セレナの頭に手を置いた。
「ごめんね、先生」
「…………っ」
「ただいま」
ぽつり、と落とされた言葉。その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。
「……おかえりなさい」
小さな声だった。けれど、レオンは確かに聞き取ったようで、少しだけ目を見開いた。
「…………」
いつもなら、すぐに軽口が返ってくるはずなのに。レオンはただ、静かにセレナを見下ろしていた。
「……先生」
「はい」
「怒ってる?」
「怒っています」
「そっか」
「とても、怒っています」
「うん」
「…………」
「…………」
「……だから」
セレナは、服を握る手に少しだけ力を込めた。
「もう、いなくならないでください」
「……っ」
レオンの喉が、小さく上下した。
「それは、難しい約束だなあ」
苦笑している。でも、いつもの軽い声音ではない。
「これでも貴族だからさ。王太子殿下の側近でもあるし、これから先も似たことはあると思う」
「…………」
「だから、絶対とは言えない」
正直な人だ。だからこそ、セレナは少し俯いた。ぎゅっと自分の服を握りしめているセレナの小さな両手を、レオンは大きな手で包み込む。
「……そう、ですよね」
「でもね」
レオンが、少しだけ笑う。
「必ず帰ってくる努力はする」
「!」
「先生を待たせるの、嫌だからね」
「…………っ」
「それに」
琥珀色の瞳が、すっと足元へ向いた。あの藍色の革靴。あの日、出掛けようって約束した靴。
「まだ、一緒に出掛けてないでしょう?」
「……っ」
「約束、残ってるから」
「それ、は」
「せっかくマルグリットが仕立てた、とびきり似合う靴なのに。……泥で汚れた今の私の服のままじゃ、先生の隣に並ぶにはちょっと格好がつかないな。だからさ、先生」
レオンが柔らかな笑顔を浮かべた。
「今度は私が、その素敵な靴に見合う男になって、先生を迎えにいくよ。──そうしたら、今度こそ二人で、どこにでも出掛けよう」
帰ってきてくれただけでも、十分なのに。どうしてこの人は、いつだって、さらにその先の約束をくれるのだろう。
この人がいてくれるならどこでも良いと思った。




