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ミゲルズ侯爵家から、チャーリーの帰国祝いパーティーの招待が届いた。アルノー家での仕事は落ち着いてきていることだし、日程は空いている。この間の夜会の冗談が気になるところではあるが、侯爵家からの招待を断れる立場ではない。
(成長したところをゆっくり見させていただきましょう)
あの時のようなことには、ならないはずだから。
セレナは了承の意を手紙にしたためるのだった。
◇◇◇
訪れたミゲルズ侯爵家は、自慢の庭を開放していた。かつて勉強を教えていた時見下ろすと見えていた、様々な花が目を楽しませる。
主催への挨拶の列に並びながら、セレナはその風景と香りを楽しんでいた。そして順番がきた瞬間、セレナを見たミゲルズ家の人々は穏やかな笑みを浮かべた。
「っ!セレナ先生!」
「あら、セレナ先生、いらしてくださってありがとうございます」
「お元気そうで何よりだ」
温かく迎え入れられ、セレナも柔らかな笑みをこぼす。
「こんにちは。この度はチャーリー様のご帰国、おめでとうございます。お陰さまで、元気に過ごしております」
「良かった、今日はあの男はいないんですね」
「チャーリー、控えなさい」
「あの男…?」
「いえ、なにも」
やはり、レオンの心証は最悪らしい。冗談に張り合うからだ。
困ったように小首をかしげたところで、見知った顔を見つけた。
「アレクシス様」
「カーター先生、お久しぶりだな」
「アレクシス様、セレナ先生とお知り合いなんですか?」
「ああ。教えている先が一緒でな」
「へえ!僕と一緒だ。いいですね、とても楽しんでおられるでしょう、その方も」
にこにことしているチャーリーに、教えている先がアルノー家、とは口に出さなかった。出せなかった。
微妙な空気が流れたとき、甘やかな高い声が響いた。
「まあおにいさま、こちらのかたは?」
見ると、アレクシスの傍に少女が立っていた。アレクシスはため息をつきながら口を開く。
「セレナ・カーター先生だ。先生、こちらは…」
「レオノーラと申しますの!」
アレクシスの言葉をさえぎり、少女はカーテシーを披露する。
「殿方同士のお話しもあるでしょうし、私たちはあちらでお話ししませんこと?」
「え、あの」
「…すまないが、言い出したら聞かないやつでな。一緒に着いていてくれないか。チャーリーも、いいか?」
「淑女の語らいに殿方が入ってくるなんて無粋なこと、なさらないでしょうね?」
「………………先生が、良いのなら」
「もちろん構いませんが…チャーリー様、アレクシス様、失礼しますね」
腕を取られるまま歩き出すセレナの横。レオノーラと名乗った少女は、チャーリーににやりと微笑んでみせるのだった。
少し歩いた先、人気が少ない机に二人でかける。レオノーラはすぐに喋り出した。
「私、お友達が少なくって。ごめんなさいね、無理に連れ出してしまって」
「いえ、良いんですよ」
「ねえ、先生って呼ばれてたわよね。私の恋愛相談にのってもらえない?」
「っ!?」
危うく椅子から立ち上がるところだった。セレナは息を整え、口を開く。
「あ、あまり得意ではないのですが…」
「いいのよ。私、恋愛結婚に憧れてるんだけど、いい顔をされないことが多くて。聞いてもらえるだけでもいいの」
「それなら…」
自分にも身に覚えがありすぎる。セレナは、自分の自覚してしまったレオンへの想いを心の隅に追いやりながら、優しく微笑んだ。
目の前のレオノーラは、絹のような金髪を揺らし、琥珀色の瞳をきらきらと輝かせて身を乗り出してきた。
「恋愛結婚って、そんなに難しいものなのかしら?」
「そうですね…私は、断ってしまったり、断られたりすることが多かったですね」
「あら、目のない方々。私は、少し憧れているんです」
「ふふ」
「おかしいかしら?」
「いいえ、私もですから」
「そうなのね?身分も立場も忘れて、好きな人と一緒に生きていく……素敵なことだと思わない?」
「そうですわね」
「でも、それだけではいけないとも思っていて」
「……え?」
「恋って、いつか形を変えるでしょう?」
「……」
「だから、好きだけではなくて。一緒に食事をして、一緒に笑って、一緒に歳を重ねても、心地良い人がいいなって思うのよ」
「あら、それは素敵ですね」
心から、そう思った。セレナの理想も、そこにある。
「先生は?」
「え?」
「先生はどんな方が理想なんですの?」
「っ……」
「気になりますわ」
ぐいぐいくるレオノーラに若干たじろぎつつも、セレナは口を開いた。
「以前にも聞かれたことがあるのですが……」
「ええ」
「笑顔の素敵な方でしょうか」
「笑顔の素敵な方」
「はい。そして、責任感があって、安心できる方」
「……」
「知識を共有できる方」
「……」
「それから」
「はい」
「私は家庭教師という仕事をしているので。それを、理解しようとしてくださる方」
「……へえ」
レオノーラが少し笑った。その顔が何となく彼に似ている気がして、セレナは口ごもる。本人に言ってるみたいだ。
「周りにそんな殿方はいないの?」
「いないわけでは、ないのですが」
彼と同じ琥珀色の瞳を見つめていられない。顔が真っ赤になっているのが分かる。
「その方との未来は、たぶんとても素敵で。でも、身分が違いますので」
「その方が求めてきたら?」
「もとめ…」
「拒否するの?」
「………言うなら、私からがいいんです。しっかり覚悟を決めてから、ですかね」
ぽつりと、けれど確かな意志を込めて紡がれたセレナの言葉が、庭園に溶けていく。
身分が違うからと諦めるのではない。流されるのでもない。彼を愛してしまったからこそ、対等にその隣を歩める自分になってから、自分の言葉で想いを告げたい。
「…………」
今度こそ、レオノーラ──に変装したレオンは、完全に言葉を失った。あのどう見てもセレナに気があるミゲルズ侯爵令息のパーティーに呼ばれたというから様子を見にきたら、これだ。
いつもなら、からかうような軽口がいくらでも出てくるはずだ。変装して本音を引き出したことへの、ずるい勝利宣言だってできたはずだった。
けれど、目の前の女性がどれほど真摯に、命を懸けるような覚悟で自分との未来を見つめてくれているかを知ってしまい、胸を突かれたように身動きが取れなくなる。
「あ……ごめんなさい、レオノーラ様。初対面の方に、このような大それた話を……」
我に返ったセレナが、恥ずかしさに顔を赤くして慌てて扇で顔を隠そうとする。
「……いいえ」
レオノーラが、そっと両手で、セレナの細い手を包み込んだ。
小さな、少女の形をした白い手。けれど、そこから伝わってくる体温は驚くほど熱く、指先が微かに震えている。
「とっても、素敵な方ですわ。……その殿方は、世界で一番の幸せ者です。きっと、何が何でも貴女を離さないでしょうね」
甘い少女の声。けれど、その琥珀色の瞳は力強くセレナを射抜いていた。
セレナは、レオノーラの手から伝わる奇妙な力強さにドクンと胸を跳ね上がらせながらも、その真っ直ぐな瞳から目を逸らせなくなる。
「約束して、先生」
レオノーラは、セレナの手を壊れ物を労るように、けれど絶対に離さないというように、ぎゅっと握りしめた。
「その言葉を、いつか必ず、その殿方の前で伝えてあげて。……何があっても、絶対に」
「……ええ。お約束しますわ、レオノーラ様」
それが、目の前にいるレオン本人への誓いになるとも知らずに、セレナは柔らかく微笑んで頷いた。
遠くから、アレクシスがチャーリーをうまくあしらいながら、こちらへ近づいてくる気配がする。 レオノーラは、名残惜しそうにセレナの手を離すと、悪戯っぽい少女の笑顔に戻って席を立った。
「楽しいお話、ありがとう。先生、また、……きっとすぐに、お会いしましょうね」
そう言い残してアレクシスの元へと戻っていく少女の背中を、セレナは見送る。
なぜだろう、別れ際にレオノーラが見せた表情が、胸の奥に焼き付いて離れなかった。
(──隣に並び立てるように。その時が来たら、ちゃんとお伝えしましょう)
胸にある、レオンから貰った図書館の通行許可証にそっと触れながら、セレナは前を向く。
その未来が、すぐそこまで来ている可能性を信じながら。頭上に広がる青空は、どこまでも美しく澄み渡っていた。




