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家庭教師として来たはずなんですが  作者: 夢幻


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 無事にレイナルドとマルグリットに合流すると、四人は再び穏やかに温室の中を歩き始めた。


「これは綺麗ですね、マルグリット」


「この白いお花も可愛らしいですよ。靴の意匠にもよさそうですね、レイナルド」


 先を行く二人が楽しそうに話すのを見守りながら、セレナもゆっくりと辺りを見回す。


「先生は、どんな花が好きなんだい?」


 不意に、隣からレオンが問いかけた。


「私ですか?」


「ああ」


「そうですね……」


 セレナは少し考え込んだ。


「実は、あまり詳しくないのですが……」


「うん」


「派手なお花よりも、毎年同じ季節に咲いてくれるような、丈夫なお花が好きです」


「ほう」


「小さくても構いません。そこにあるのが当たり前で、季節が巡るたびに今年も咲いたのね、と思えるような……そんな花が好きですわ」


 レオンが、ふっと目を細めた。


「うん。やっぱり君らしいね」


「そうでしょうか?」


「ああ。じゃあ、私たちの式はその花でいっぱいにしよう」


「……そうですね、それも素敵……」


 そこまで言って、セレナの思考が止まった。


(……私たちの式?)


 頭の中に、一瞬だけ光景が浮かぶ。

 花でいっぱいの会場。穏やかに笑うレオン。たくさんの本に囲まれた新居。

 その隣に、自分がいる。


(…………っ!!)


「了承しておりませんが!?」


「おや」


 レオンは少しだけ目を丸くして、それから楽しそうに笑った。


「嫌だったかい?」


「そもそも式を挙げるお約束すらしておりません!!」


「それは困ったな」


「全く困っているお顔に見えませんが!?」


「うん、全然困ってないからね」


「開き直らないでください!!」


「でも、先生」


 レオンは優しく微笑んだ。


「君が好きな花くらいは、覚えておこうと思って」


「っ……」


「いつか必要になる日が来るかもしれないだろう?」


「~っ!!」


 セレナは真っ赤になって、扇で顔を隠した。


「……本当に何なんですか、アルノー様は」


「褒め言葉かな?」


「違います!!」


「残念だなぁ」


 そう言いながらも、レオンの口元は終始楽しそうに緩んでいる。

 一方のセレナはというと、もう顔を上げることすらできなかった。


(……困るわ。少しずつ、その未来が当たり前のものみたいに思えてきてしまうじゃない)


 そんなことを考えてしまった自分に、また慌てて首を振るのだった。




温室を抜けた先に、小さな噴水のある休憩所があった。


「少し休もうか」


 レオンの提案で、四人はベンチへ腰掛ける。


「楽しかったですね、意外と」


 マルグリットが穏やかに笑う。レイナルドも頷いた。


「はい、思っていた以上に勉強になりました。花一つでも、こんなに意味があるんですね」


「お二人とも、これで立派なホストに一歩近づきましたね」


 セレナが嬉しそうに微笑む。

 すると、レオンがふっと口を開いた。


「そうだね。ここまでこれたのも先生のおかげだ」


「いえ、私は何も……」


「いや、本当にそう思うよ」


 いつになく真面目な声音だった。


「君が来てくれてから、この家は随分変わった」


「……え?」


「マルグリットは前よりも笑うようになったし、坊っちゃんは自信を持った。屋敷の使用人たちも、楽しそうだ」


 セレナは目を瞬かせる。


「全部、先生のおかげだよ」


「そ、そんなことは……」


「あるさ」


 レオンは穏やかに微笑んだ。


「だから契約が終わる日が、少し怖い」


「……っ」


「いや、かなり怖いかな」


「アルノー様……」


「だから必死なんだよ、先生」


 そう言って、レオンは笑った。


「逃がさないためにね」


「っ!!」


「兄上…それは…」


「レオン様……」


 若い二人が少しだけ引いている。


「おや、何かおかしいかな?」


「おかしいです」


 セレナが即座に断言した。


「そんなことを堂々と仰るものではありません」


「そうかい?」  


「そうです!!」


「でも、本心だからなぁ」


「~~っ!!」


 セレナはまた扇で顔を隠す。

 すると、隣でマルグリットがため息をついた。


「先生」


「はい?」


「先生が諦めてください」


「……え?」


「兄上、絶対に諦めませんから」


「やめてくださいマルグリット様!?」


「僕もそう思います」


「グランヴィル様まで!?」


「はははは!」


「何笑ってるんですか!」


 するとレオンが、ふっと目を細めた。


「いや……嬉しいなと思って」


「何がですか?」


「こうしてマルグリットも私も。心許した人と穏やかに過ごしてるのが」


「……え?」


「少し前まで、こんな日が来るなんて想像もしていなかったからね」


 レオンは、柔らかな眼差しで三人を見渡した。


「坊っちゃんと先生が来てくれて、本当に良かった」


「っ……」


「そんな、レオン様…僕は何も…」


「そんなことないよ。最近、本当に楽しいから。余計に先生を手放したくなくなってしまったんだろうな」


「~~っ!!」


「兄上、もうやめてください」


「レオン様、先生の顔が真っ赤です」


「おや、本当だ」


「本当だ、ではありません!!」


 四人の賑やかな声が、初夏の空へと溶けていった。



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