17
無事にレイナルドとマルグリットに合流すると、四人は再び穏やかに温室の中を歩き始めた。
「これは綺麗ですね、マルグリット」
「この白いお花も可愛らしいですよ。靴の意匠にもよさそうですね、レイナルド」
先を行く二人が楽しそうに話すのを見守りながら、セレナもゆっくりと辺りを見回す。
「先生は、どんな花が好きなんだい?」
不意に、隣からレオンが問いかけた。
「私ですか?」
「ああ」
「そうですね……」
セレナは少し考え込んだ。
「実は、あまり詳しくないのですが……」
「うん」
「派手なお花よりも、毎年同じ季節に咲いてくれるような、丈夫なお花が好きです」
「ほう」
「小さくても構いません。そこにあるのが当たり前で、季節が巡るたびに今年も咲いたのね、と思えるような……そんな花が好きですわ」
レオンが、ふっと目を細めた。
「うん。やっぱり君らしいね」
「そうでしょうか?」
「ああ。じゃあ、私たちの式はその花でいっぱいにしよう」
「……そうですね、それも素敵……」
そこまで言って、セレナの思考が止まった。
(……私たちの式?)
頭の中に、一瞬だけ光景が浮かぶ。
花でいっぱいの会場。穏やかに笑うレオン。たくさんの本に囲まれた新居。
その隣に、自分がいる。
(…………っ!!)
「了承しておりませんが!?」
「おや」
レオンは少しだけ目を丸くして、それから楽しそうに笑った。
「嫌だったかい?」
「そもそも式を挙げるお約束すらしておりません!!」
「それは困ったな」
「全く困っているお顔に見えませんが!?」
「うん、全然困ってないからね」
「開き直らないでください!!」
「でも、先生」
レオンは優しく微笑んだ。
「君が好きな花くらいは、覚えておこうと思って」
「っ……」
「いつか必要になる日が来るかもしれないだろう?」
「~っ!!」
セレナは真っ赤になって、扇で顔を隠した。
「……本当に何なんですか、アルノー様は」
「褒め言葉かな?」
「違います!!」
「残念だなぁ」
そう言いながらも、レオンの口元は終始楽しそうに緩んでいる。
一方のセレナはというと、もう顔を上げることすらできなかった。
(……困るわ。少しずつ、その未来が当たり前のものみたいに思えてきてしまうじゃない)
そんなことを考えてしまった自分に、また慌てて首を振るのだった。
温室を抜けた先に、小さな噴水のある休憩所があった。
「少し休もうか」
レオンの提案で、四人はベンチへ腰掛ける。
「楽しかったですね、意外と」
マルグリットが穏やかに笑う。レイナルドも頷いた。
「はい、思っていた以上に勉強になりました。花一つでも、こんなに意味があるんですね」
「お二人とも、これで立派なホストに一歩近づきましたね」
セレナが嬉しそうに微笑む。
すると、レオンがふっと口を開いた。
「そうだね。ここまでこれたのも先生のおかげだ」
「いえ、私は何も……」
「いや、本当にそう思うよ」
いつになく真面目な声音だった。
「君が来てくれてから、この家は随分変わった」
「……え?」
「マルグリットは前よりも笑うようになったし、坊っちゃんは自信を持った。屋敷の使用人たちも、楽しそうだ」
セレナは目を瞬かせる。
「全部、先生のおかげだよ」
「そ、そんなことは……」
「あるさ」
レオンは穏やかに微笑んだ。
「だから契約が終わる日が、少し怖い」
「……っ」
「いや、かなり怖いかな」
「アルノー様……」
「だから必死なんだよ、先生」
そう言って、レオンは笑った。
「逃がさないためにね」
「っ!!」
「兄上…それは…」
「レオン様……」
若い二人が少しだけ引いている。
「おや、何かおかしいかな?」
「おかしいです」
セレナが即座に断言した。
「そんなことを堂々と仰るものではありません」
「そうかい?」
「そうです!!」
「でも、本心だからなぁ」
「~~っ!!」
セレナはまた扇で顔を隠す。
すると、隣でマルグリットがため息をついた。
「先生」
「はい?」
「先生が諦めてください」
「……え?」
「兄上、絶対に諦めませんから」
「やめてくださいマルグリット様!?」
「僕もそう思います」
「グランヴィル様まで!?」
「はははは!」
「何笑ってるんですか!」
するとレオンが、ふっと目を細めた。
「いや……嬉しいなと思って」
「何がですか?」
「こうしてマルグリットも私も。心許した人と穏やかに過ごしてるのが」
「……え?」
「少し前まで、こんな日が来るなんて想像もしていなかったからね」
レオンは、柔らかな眼差しで三人を見渡した。
「坊っちゃんと先生が来てくれて、本当に良かった」
「っ……」
「そんな、レオン様…僕は何も…」
「そんなことないよ。最近、本当に楽しいから。余計に先生を手放したくなくなってしまったんだろうな」
「~~っ!!」
「兄上、もうやめてください」
「レオン様、先生の顔が真っ赤です」
「おや、本当だ」
「本当だ、ではありません!!」
四人の賑やかな声が、初夏の空へと溶けていった。




