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婚約パーティーは本当のことだったようで、その日からパーティーに向け、招待状の書き方やホストとしての準備の進め方の授業を実践で教えていくことになった。とにかく忙しい。本を読む暇ともなかった。
ある日、いつものようにアルノー家の玄関をくぐると、レイナルドとマルグリット、レオンが勢揃いしていた。いつもは勉強部屋となっている部屋で待っている─もしくは授業後に顔を出す─人達が玄関にいることに、目を瞬かせる。
「おはようございます」
「やあおはよう、セレナ先生」
「これはどういう…?」
「僕のせいなんです…」
意気消沈したレイナルドが告解するように口を開く。
「飾る花について聞かれても、何も分からず…バラくらいしか…」
「私も大して分かりません」
マルグリットは事も無げに言う。レオンは珍しく呆れ顔だった。
「坊っちゃんはともかく、君はそれなりに場数を踏んでるだろうに」
「記憶にありません」
「正確に言うなら靴しか記憶にありません、だろう?そういうことでセレナ先生、二人を植物園に連れ出すよ。取り敢えず見て自分の好みをしらなきゃ」
「好み、ですか?」
セレナは首をかしげた。ホスト側が意識するのは、季節に合っているかと招待客の好み。そう考えていたのだが。
「身内向けのパーティーって言っただろ?いわば練習。だったら二人好みに揃えてあげたいんだよ」
「なるほど…」
本当にこの男は、時たまセレナの想像の先を行く。
セレナが深く感心した瞬間、レオンはいつもの笑みを浮かべた。
「ダブルデートを楽しもうじゃないか!」
「ほんっっと台無しです!」
◇◇◇
訪れた植物園は、まだ時間が早いこともあり人影はまばらだった。レイナルドもマルグリットも─数年振りに訪れたセレナも、思わずきょろきょろと辺りを見回してしまう。
「まずはどこが見たいんだい、マルグリット?」
「うーん…レイナルドはどうですか?」
「僕は…とにかく、花がたくさんあるところがいいのかな、と思いますけど」
「それでは温室かな。こっちだよ」
ダブルデートなんて言った割に、こちらのことなんか気にかけもしない。そう思ってセレナは慌てて首を振った。まるで自分のことを気にして欲しいみたいだ。
「セレナ先生?」
「失礼しました、今参ります」
若い二人を挟む形で進んでいく。温室の重い扉を開けると、そこはむっとするような温かい空気と、色鮮やかな珍しい異国の花々の香りに満ちていた。
天井の高いガラス張りの空間には、見たこともない形状の熱帯植物が咲き乱れている。
「……すごい。レイナルド、あの青いお花きれいですね」
「本当綺麗ですね、マルグリット。あれは何という花なんだろう」
先を歩く教え子二人は、早くもホストとしての選定という視点を忘れて、純粋に恋人同士のデートを楽しんでいる。それを見守るセレナは、気を取り直して下の方にある解説を覗き込んだ。
「あれは東方諸国原産の『アカリソウ』ですわ。夜会などの人工的な灯りの下では、より鮮やかに発色する性質があります。お二人のパーティーは夕刻からですから、卓上を飾るには最適かと……アルノー様?」
解説を始めたセレナだったが、隣からの返事がない。不思議に思って視線を上げると、レオンが足を止め、目を丸くしてこちらを凝視していた。
「……アルノー様?」
「……、……いや。まいったな」
レオンは片手で額を覆い、深くため息をついた。その耳の付け根が、うっすらと赤くなっている。
「セレナ先生。君は本当に、私の心臓に悪い。……あまりこちらを見ないでくれないか」
「えっ……? 何かおかしいことでも?」
「先生は全くおかしくない。ただ少し困ったことがあってね」
「困っている、とは」
「セレナ先生、本日のドレスは少し襟ぐりが深いみたいだね?」
「っ!?」
セレナは自分の本日の格好を思い出した。暑くなってきて、さすがにいつもの肌を全く出さないドレスをやめて首もとを出そうかと思ったのだが、サイズが合うのが中々なく。仕方なく、姉のドレスを借りてきたのだった。またしても顔が熱くなる。
そんな二人を置いて、マルグリットたちが温室のさらに奥、背の高い植物が鬱蒼と茂る狭い通路へと進んでいくのが見えた。
「あ、お二人が行ってしまいます。私たちも行きましょう」
セレナが慌てて歩き出そうとした、その時だった。
向こうから、大きな荷物を抱えた植物園の職員が、狭い通路をこちらに向かって歩いてくるのが見えた。すれ違うにはあまりにも道が狭い。
「っと、危ないよ」
レオンの低い声と同時に、セレナの腰に、大きな、温かい手が回された。
有無を言わさぬ力でグッと引き寄せられ、セレナの身体はレオンの胸元にすっぽりと収まってしまう。手袋越しだというのに、先日のダンスの時よりも遥かに近い距離で、体温と、香水だろうか、爽やかな香りが迫ってきた。
「っ……!!?」
「静かに。職員さんの邪魔になってしまうからね」
耳元で、レオンの微かに掠れた甘い声が響く。職員が「失礼します」と通り過ぎていく間、セレナは完全に硬直していた。
温室の熱気のせいか、それともレオンの腕の強さのせいか。バクバクと暴れる自分の心臓の音が、レオンの胸にそのまま伝わっているのではないかと、恥ずかしさで頭がおかしくなりそうだった。
(近い、近すぎますわ……! これでは、本当にデートみたいじゃないの……!)
職員が通り過ぎ、通路に二人だけの静寂が戻っても、レオンはなぜか、回した腕を離そうとしなかった。それどころか、少しだけ腕の力を強め、セレナを優しく見下ろして、その形の良い唇を妖艶に歪める。
「ほらね。やっぱり、ダブルデートになってしまっただろう? 先生」
「な、…」
「嫌だと言われたら離すけれど」
「!?」
「でも、今のところ、そうは言われていないからね」
「っ……離してください、……!」
真っ赤になったセレナが胸を小突くと、レオンはおや残念、と愉しげに笑って、名残惜しそうに腕を解いた。
けれど、その琥珀色の瞳は、完全に獲物を追い詰める楽しさに満ちていて、セレナは、温室の熱かその瞳の熱さか、今度こそドロドロに溶かされそうになるのだった。




