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王立大図書館の最奥に位置する、選ばれた大貴族しか立ち入ることのできない特別閲覧室。天井まで届く本棚に囲まれたその静謐な空間で、セレナは完全に自分の世界に没頭していた。
「……素晴らしいわ。まさか、失われたとされていたアグネス盛期王政時代の初期教育論の原書が、これほど完璧な状態で保管されているなんて……! 見ておれて、アルノー様。ここの記述、現代の初等教育における自立心の育成の根底を成す概念そのものですわ。つまり、当時の王室はすでに……」
さっきまでの気まずさはどこへやら。
至宝の書物を前にしたセレナは、目をきらきらと輝かせ、普段の淑女の鉄面皮をかなぐり捨てて、早口を炸裂させていた。
レオンは、そんなセレナの隣に座り、長い脚を組んで頬杖をつきながら、その様子をじっと見つめている。
「──うん、そうだね。でも、アグネス盛期は中央集権が強すぎたから、その教育論も当時は国家への従属を強いるものだと批判されて打ち切られたはずだよ。君が目指す個人の可能性を広げる教育とは、少し違うんじゃないかい?」
「っ、それは一般的な歴史解釈ですわ! この著者の注釈をよく読んでみてください。彼は国家のためではなく、子供たちが激動の時代を生き抜くための知恵としてこれを提唱して……」
熱弁の途中で、セレナはハッと我に返った。
(……待って。私、何を伯爵家の次期当主相手に熱く語っているの!?)
しかも恐ろしいことに、レオンはその難解な内容に一切退くことなく、むしろ先を促すように完璧な論理でついてきている。
セレナは途端に恥ずかしくなり、本に顔を埋めるようにして声を潜めた。
「申し訳ありません、アルノー様。私としたことが、またもや興奮してしまい……」
「どうして謝るの? 私は今の話、すごく面白いよ」
レオンはふっと目を細め、本当に楽しそうに笑った。
本を読み進めるセレナを、邪魔するでもなく、ただただ愛おしそうに、満足げにニコニコと眺め続けている。その穏やかで甘い眼差しに、閲覧室の静寂も相まって、セレナの顔はまたしてもサッと赤くなっていく。
「あの、アルノー様。そんなに見つめられては、読書に集中できないのですが」
「困ったな。本を読んでいる時の君は、世界中のどんな宝石よりも生き生きとしていて綺麗だから、私の目が勝手に君を追いかけてしまうんだ。諦めてくれるかな」
「っ!!」
さらりと、呼吸をするように特大の口説き文句を投下してくるこの男。
難解な学問の話を対等に共有できて、背が高くて、笑顔がまあ、一応、素敵で、責任感があって、自分の本質を誰よりも理解してくれる──。
(困っちゃうわ)
セレナは、バクバクと暴れる心臓を抑えながら、心の中で白旗を掲げた。
チャーリーに語った理想のタイプなんていう可愛いものを遥かに超越した男が目の前にいる。これ以上の人は、この先一生現れないと、理性が、本能が、完全に理解してしまった。
「……本当に、敵いませんわ」
セレナは小さく呟き、諦めたようにレオンを睨み返す。それを見たレオンはにっこりと微笑んだ。
「その顔も可愛いね。名前を呼んでもらえる日がますます楽しみになったな」
もう、と言ったセレナの声は先程より柔らかくなっていた。




