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カーター男爵邸の前に、アルノー家の紋が入った馬車が停まる。
ドアが開き、エスコートのために降りてきたレオンは、いつもの着崩した雰囲気はどこへやら、夜会服を纏った、息を呑むほど美しい姿をしていた。
──が、迎え入れたセレナの姿を見た瞬間、レオンは一瞬、本当に言葉を失ってその場に立ち尽くした。
気品あるグリーンのドレスは、セレナの令嬢にしては焼けた肌と聡明な美しさをこれ以上ないほど引き立てている。髪をいつもより複雑にまとめ上げ、淑女の微笑みを浮かべた彼女は、どこからどう見ても、大貴族の夜会に相応しい極上のレディだった。
「……うん。やっぱり、私の目に狂いはなかったな」
レオンはいつものように目を細めると、自然な動作でセレナの手を取った。
「すごく似合ってるよ、先生」
「ありがとうございます」
「これなら、今日は先生を知らない人たちが驚くかもしれないな」
「どういう意味ですか?」
「こんな素敵な人がいたのかってね」
「またお戯れを…」
「本当なんだけどなあ」
「……それより、お聞きしたいことがあるのですが」
馬車に乗り込み、扉が閉まった瞬間、セレナは扇で口元を隠しながら、琥珀色の瞳の男をキリリと睨みつけた。
「このドレスの刺繍やアンダースカートの色といい、マルグリット様とお揃いの意匠といい、一体どういうことですか!? これでは……これではまるで、私がその、アルノー家の………………」
言い淀むセレナに、レオンは心底意外そうにパチパチと瞬きをしてみせた。
「え? 君の好きな色にしたつもりだったんだけど? ほら、君がいつも使っている鞄も、手帳のカバーも、お気に入りのハンカチも、全部この色ばかりだろう?」
「え……?」
言われてみれば、確かにそうだった。セレナが昔からなんとなく落ち着くからと集めていた小物は、すべて深みのある上品な──琥珀色に近い色ばかり。
「君の持ち物を観察して、てっきりその色が一番好きなんだと思って仕立てたんだけど……違ったかい? それとも、私の瞳の色とお揃いなのが、そんなに意識しちゃうほど恥ずかしい?」
「意識などしていません!!」
完全に一本取られ、顔を真っ赤にするセレナに、レオンは追い打ちをかけるように、今度は極めて真面目な顔で声を低くした。
「それにね、先生。マルグリットとお揃いの意匠にしたのは当然の戦略さ。今日の夜会には、マルグリットやレイナルドを、あるいは君の知性を利用しようと企む狼たちが大勢いる。だからこそ、一目でアルノー家の身内だと見せつけてやらなきゃ、二人の盾になれないだろう?」
「っ……」
それを言われると、教育者としての責任感があるセレナは弱い。マルグリットたちの身の安全と、実戦での優位性を保つためと言われれば、ぐうの音も出なかった。
してやったり、という顔で微笑むレオンを前に、セレナは扇を握りしめて黙り込むしかなかった。
◇◇◇
眩いばかりの光に包まれた、王宮の盛大な夜会会場。
レオンのエスコートのもと、覚悟を決めたセレナが淑女の仮面を被って入場すると、会場の空気が一瞬でざわめいた。
「おい、見ろ……アルノー次期伯爵のパートナーは誰だ?」
「あのドレスの意匠、先ほど入られたアルノー家の令嬢と同じ……」
「まさか、かねてより噂の、次期伯爵夫人の座を射止めたという女性か……!?」
周囲の貴族たちが色めき立ち、値踏みするような視線を送ってくるが、レオンはその長身でセレナを独占するように寄り添い、不敵な笑みで周囲を無言で威圧・牽制している。
マルグリットとレイナルドも、セレナの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄ろうとした、その時だった。
「──お久しぶりです、セレナ先生。ずっと、ずっとお会いしたかった」
人混みを割って、涼やかな声が響いた。
振り返ったセレナの目に飛び込んできたのは、まるで天使のように美しい、見事なプラチナブロンドの髪。おっとりとした極上の美少年に成長した、かつての教え子だった。
「あら、チャーリー様! お久しぶりでございます!」
セレナが可愛い教え子との再会に、一瞬で聖母のような温かい笑顔になった、その瞬間。チャーリーの視線が、セレナの腰に手を添えているレオンへ向けられた。




