第45話 魔の手が伸びる
8月4日。防衛省から「中国人の不法入国について」というプレスリリースが発表された。それとほぼ時間を同じくして、中国外務省の報道官が臨時会見を開く。
『昨日、太平洋の公海上にて、我が国の人民数人が行方不明になった。そのうちの一人の人民は奇跡的に無人島へと漂着し、一命を取り留めた。この人民は、漂着した無人島に我が国の救助隊を呼ぶため、所持していた衛星電話にて救助を要請しようとしたが、偶然にもその場にいた日本の自衛隊によって身柄を拘束された。これは我が国の人民を危険な目に合わせ、その命を奪いかねない行為だ。我が国はすでに大使館を通じて、日本に抗議を入れているが、この場でも改めて抗議を示す。この報復は、次の手段でもって行うこととする──』
そうして輸出入品の規制、人の移動の制限が淡々と告げられる。
「ま、中国人と思われる人間が漂着した時点でお察しだわな」
いつものように、中里は椅子にふんぞり返って、そのニュースをスマホで見ていた。
そんな状況下で、山部島全域を管轄している航空自衛隊は、中国人の身柄を警察に引き渡す。山部島は百々女木首相が日本領土にすると主張して以降、国内の手続きを踏んで東京都の住所が新しく付与されることになった。そして警視庁の刑事を乗せた空自の連絡機を山部島まで飛ばし、現地にて逮捕という形になった。
そのまま中国人の身柄は検察庁に送られ、捜査が行われる。
「これ、事件として立件できるんですか?」
神崎もニュースを見て、そんな疑問を投げかける。
「まぁ、少なくとも日本政府が領土として主張した後に漂着したんだから、不法入国か何かで立件できるだろ。それができなきゃ、自衛隊の用地に無断で侵入したことによる不法侵入か、警務隊員に対する公務執行妨害あたりをでっち上げるだろうよ」
「無茶苦茶ー……」
結局この中国人は、自衛隊施設への不法侵入を行った罪で起訴され、刑事裁判へと移ることになった。ちなみに起訴されるまでたった二日である。
このことに対して、中国外交部は在中日本大使館の大使を呼び出し、人民の速やかな釈放と身柄の引き渡しを要求したという。
そして8月7日。大きな外交問題に発展しそうな時になって、ある事件が起きた。
それは台湾の国防部からの報告であった。
『我が空軍は、高高度を飛行する謎の大型航空機を多数発見した。機体は影のように黒く、また4発のレシプロエンジンによって飛行しているものと見られる。これらは東南東から西に向けて飛行していた。現在、環太平洋地域で目撃されている国籍不明勢力と思われる』
その目撃情報は、那覇空港に併設されている航空自衛隊那覇基地のF-15も確認していた。
その直線方向には、中国大陸が存在している。
大方の予想通り、多数の大型航空機は中国の防空識別圏に侵入した。これにより、東シナ海に展開していた中国海軍のミサイル駆逐艦が防衛のために戦闘態勢へと移行する。その他、空軍が出動し、複数のJ-16が上空へと上がった。
『目標の航空編隊を目視で確認。距離10km』
『だいぶ巨大な機体だぞ……』
『我が空軍の爆撃機に引けを取らないな』
『それに数も多い。30はいるんじゃないか?』
人民解放軍空軍の戦闘機乗りたちがそんなことを話す。
『航空旅団司令より各機へ。さらに距離を詰めて機銃による威嚇射撃を行え。命中しても問題はない』
『了解』
複数のJ-16戦闘機は速度を上げ、上空1万メートルより上の空へとやってきた。
そのまま隊を率いる機体が無線で大型航空機群に呼びかける。
『こちらは人民解放軍空軍である。貴国は我が国の領空に侵入しようとしている。このまま引き返さなければ、威嚇射撃を行う。すぐに反転し、領空から離れろ』
そのように警告するものの、反応はない。
そんな中、ある戦闘機パイロットは思った。
『この大型機、B-29かTu-4に似てるな……』
『何? 貴様、今何を言った?』
どうやら無線が開いていたようで、仲間に呟きを聞かれていたようだ。
『す、すみません!』
『今、隊長が威嚇射撃をするところだ。黙って見ていろ』
その直後、その隊長が威嚇射撃を行った。
運が悪かったようで、弾丸は目の前にいた大型機の翼端に命中する。その瞬間、大型機に設置されていた銃座が動き、J-16戦闘機群に鉛玉の雨が降る。
『うわぁ!』
『散開! 散開しろ!』
突然のことであったため、数機が撃墜され、十数機がダメージを負った。
『警告を無視して攻撃してきやがった! 全機反撃せよ!』
しかし、初動で優位性を取られたのか、解放軍空軍の動きは鈍い。謎の大型機──影は、悠々と大空を飛んでいるのであった。
『くそ! ミサイル発射!』
シーカーをロックし、J-16翼下に装備していた空対空ミサイルが影の1機に向かって飛翔する。
そのままエンジン部に命中し、巨大な主翼をへし折った。
『よし!』
だが、少しばかり時間が遅かった。
爆撃機はすでに弾倉を開いており、そこから大量の爆弾のようなものを投下する。爆弾は自由落下していって、福建省の福州市へと吸い込まれていく。
B-29あるいはTu-4が20機ほど集まって投下する爆弾の量は、合計で十数トンにもなる。これだけで、福州市に存在する高層ビルの半数が破壊された。
『なんてことだ……』
J-16戦闘機のパイロットたちは絶望した。
それからほどなくして、フィリピン海のど真ん中に、山部島に似たような人工島が存在することが分かった。おそらく、これが福州市を襲った爆撃機の出発点と見られる。
このようなこともあり、中国外交部はしばらくおとなしくならざるを得ず、逆に「影の脅威を排除するべく、人類は団結しなければならない」とまで言わせるのだった。
この事態に、日本政府は哀悼の公電を送り、被災者の救助を行うべく救助隊を送ることにした。その裏で、逮捕された中国人に関するやり取りを行ったとかなんとか。




