第43話 新しい計画
百里基地の司令室。そこに足立空将補と中里が対面していた。
足立空将補から中里に、数枚の紙が渡される。
「……これが信濃計画ですか」
「うむ。私個人としては複雑な気分だが、それでもそうせざるを得ないという政府の考えも分かる。これ以外の方法があるならむしろ教えてほしいくらいだよ」
そういって足立空将補は窓の外を見る。
「我々は今、歴史の分岐点にいるのだろう。予想もしない形でね」
足立空将補の後ろで、中里は信濃計画の概要を読む。
「今後は正式に山部島と呼称。我が国が最初に上陸したことを口実に日本国領土と宣言。そのまま軍事拠点化を推し進める……。今の政府にしてはなかなかワイルドな手口ですね。十数年前の九段線で起きていた、南沙諸島での埋め立て工事を彷彿とさせますよ」
「政府も総理もそのことは重々承知だろう。それでもこのようにしなければ、山部島もかの国に飲み込まれる。そんな身の毛もよだつことをされるのならば、自らが占領して使い物にならないようにするのが、今のところ打倒な判断だ」
「しかし……、なぜこの話を私に? 一応防対本専従の広報室ではありますが……」
中里の疑問に、足立空将補は振り返って答える。
「最後のページに書いてあるよ」
足立空将補に言われ、中里は最後のページを見る。
「民間飛行隊による軍事的組織を常駐させ、安易な攻撃対象にならないことを目的としている……」
中里が読み上げると、足立空将補は頭に手をやる。
「今回、私が信濃計画に難色を示している部分はここだ。どうも防対本と防衛省はこれで実行に移したいと考えて、総理や与野党に猛アピールしているらしい」
「民間人であるという部分を使って、文字通り『人間の盾』として機能させることを目的にしているんでしょうね」
「我が国としては、そういった外道な方法は取ってほしくないんだがねぇ……」
「ですが、我が国の常識は他国の非常識でもあります。特に仮想敵国であるかの国と相まみえるのなら、平和主義で腐りきった根性を叩きなおすべきです」
「君ならそういうと思ったよ。……私はこう見えて波風を立てない人間なのでね。この計画の実行を承認したよ。あとは中里中尉のよしなに」
「承知しました」
これを庶務室に持ち帰って、梅香隊に説明する。
「と、いうわけで、これから我々は最前線に立つために山部島へ異動することになった」
「えー!?」
真っ先に反応したのは浜口であった。
「今の話って、アタシたちが山部島で暮らすことで日本が安全になるってことだよねー? ちょっと意味が分かんないー!」
そういって頭をかきむしる。
「そういうもんだ。理解してくれ」
「そう言われてもー!」
「うちらって~、一応自衛隊の人間であって~、そうじゃない部分もありますよね~?」
岡井が中里に確認する。
「そうだな。一応自衛隊に所属していることになっている。ただし、完全な隊員ではなくある種のパート職員みたいなものだな」
「その辺りがややこしいですね~」
「ま、そんなわけだ。この計画に乗ってくれるか?」
無茶な説明であるが、これで中里は同意を求めてくる。
「うーん、アタシとしてはやってもいいかなー。誰かの役に立てるならうれしい!」
「うちも~。死に場所を提供してくれるなら大賛成~」
浜口と岡井は賛成してくれた。中里は加藤の方を見る。
「加藤、君はどうだ?」
「……私は、正直賛同できかねます」
きっぱりと拒否する加藤。その目からは、覚悟が見て取れる。
「私たちを人間の盾にするということは、今まで日本人が積み上げてきた信頼を打ち崩すような行為です。世界は私たち日本に失望し、今後の情勢に悪影響を及ぼす可能性があります」
「そうだな。加藤の言いたいことは分かる」
「でしたら、今すぐこんな狂った計画は破棄すべきです! こんなの、理性を持った人間がやることじゃない……!」
加藤の目から、今にも涙がこぼれそうだった。
「加藤特専少尉」
中里が階級付きで加藤のことを呼ぶ。
「今回のこの計画は、その日本の今後を左右すると判断した防対本が策定した計画案だ。我々防対本専従航空広報室は、彼らの意向に沿って動かなければならない」
「ですが……!」
「軍事とは、常に政治と共にある。政治が動く時は軍事が動き、その逆も然り。今回の山部島の確保は、東アジアの軍事的なパワーバランスを崩すほどの巨大な爆弾なのだよ」
しばらくの間、静寂の中に加藤の苛立った呼吸音が響いた。
その静寂を破ったのは、神崎である。
「あのー、自分もこの計画には後ろ向きというか、反対の立場なんですが……。中尉はなぜそこまで信濃計画に執着しているんですか?」
「執着とは人聞きの悪い。では神崎曹長。逆に聞くが、今のままで日本は持ちこたえられると思うか?」
「……と、言いますと?」
「国籍不明勢力の襲来からすでに数ヶ月が経過している。その間に我が国は40兆円の経済損失を出していると推測される。数ヶ月で40兆だ。このままでは日本経済は崩壊するだろう」
「しかし、それが信濃計画と何の関係が……?」
「日本が完全に崩壊する前に、中国が我が国を占領しようと動き出す。必ずだ。崩壊してからのほうが占領は楽だが、その分技術力や人的資源、インフラなども一緒に崩壊している。そんなゴミみたいな物を得るなら、その前に綺麗な状態で手に入れたほうがいい」
「……えっと、話が飛躍するかもしれませんが……。日本の崩壊に伴う中国の軍事侵攻を免れるために、軍事力を誇示するって話ですか?」
「そういうことだ」
なんとも回りくどい話である。
「だからって……」
「だからなんだ? 戦争反対と声を上げるだけなのか? 神崎曹長、貴様も自衛官なら分かっているはずだ。我々がいなければ日本はすでに亡国と化していただろう。しかしこの信濃計画は、日本を再び偉大な国に引き上げるための布石。山部島があれば、我が国は盤石な国となるだろう」
中里はうっとりするように演説をする。
そして加藤に向き直った。
「そういうわけだ、加藤特専少尉。貴官が拒否しても、防対本と防衛省、そして私が許してはくれない。どうかそれを分かって、この計画に協力してくれ」
「うっ……!」
加藤は苦しそうな、そして憎んでいるような顔で、中里を見るしかできなかった。




