⑧ 天狗を追う
「私の名は雪子。こんな怪しいナリですけど、今から私の言う話を、貴方は信用して下さるかしら?」
彼女はそう言うと、冬物のセーラー服のスカートの裾を摘まんで見せた。
甲賀三郎は一瞬、躊躇したようだったが、自分の妻の安否を優先したらしい。
「天狗について、ナニか知っている事が有るなら、教えてくれ。拙者としては、一刻を争う状況なのだ。」
「そういう事なら、お教えしましょう。」
雪子は、後方を指差しながら言った。
「身なりの良い美しい女性を、小脇に抱えた天狗なら、その大きな木の根本にある、穴の中に入って行きましたよ。」
「おお、そうか!では拙者も早速…。」
「でもその穴は、入ってすぐは、縦穴になっているので、丈夫な縄でも無ければ、簡単には降りられませんよ?」
(一体、私に出会わなかったら、この男はどうしたのだろう?)ふと、そんな考えが雪子の脳裏をよぎる。
「それでも、私の指示通りにして下さるなら、貴方を地下世界に連れて行って差し上げます。どうなさいますか?」
彼女は言うべき事を言って、男の出方を待った。
「お主は、この山の護り主の、巫女かナニかなのか?」
「巫女ではないわ。どちらかと言えば、調査員てところかしら?」
「うむ。この際、何でも良い。教えてくれ、拙者はどうすれば良いのだ?」
「それでは、こちらへどうぞ。」
雪子は男を穴の前に誘った。
「どうぞ、私の手を取って下さい。」
そう言いながら、彼女は男に向かい合って、両手を差し出す。男は、オズオズと雪子の両手を握った。
「こうで…ござるか?」
「そうです。今から、少し不思議な事が起こりますが、何も畏れる事は有りません。万事、私に任せて下さい。イイですね?」
「わ、分かった。」
「よろしい。では、参りましょう。」
そう言いながら雪子は、男の両手を握ったまま、自分から先に穴の中に入って行った。
当然、男は穴の中に引きずり込まれる形になったが、不思議と落ちて行く感覚が無かったのだ。
彼は縦穴の中で、逆さまの姿勢のまま、ゆっくりと空中を漂いながら、穴の下に向かって降りて行った。
もちろんそれは、両手を握っている雪子のチカラが働いているせいである。
やがて、坑道が斜め横向きになる場所に辿り着き、二人は無事に着地したのだった。
「ここからはもう、歩けますから…。」
雪子はそう言うと、握り合っていた両手を離した。
「おお、かたじけない。」
男は、古風な感じの礼の言葉を述べた。
「もしも、私抜きで帰る事になったら、今の場所には、丈夫な縄が必要です。分かりますよね?」
「うむ。よく覚えておこう。では、先を急ぐとしようか。」
男は妻の事が心配で、もう気が気で無いようだった。




