② 12世紀の英国
雪子は運転席に座ると、センターコンソールパネルに、早速以下のように、目的地の座標を入力した。
西暦1150年7月1日
時刻09時00分
北緯52度13分
東経00度53分
そしてビートルを地下駐車場から出すと、光学迷彩をかけて急上昇させ、時空を超えて行った。
到着した場所は、英国のサフォーク州、ウールピット村であった。
そこは、小さな教会が一つと、白っぽいレンガ作りの家々が立ち並ぶ、田舎の静かな村であった。
こんな村だが、近々大事件が起きる筈なのである…いや、もう起きているらしい。
村の外れの方に人だかりが見える。
雪子はビートルを地上に降ろして、光学迷彩で見た目を馬車に変えると、車外に出た。
人だかりに近づきながら、自分の服装も、村の人々に溶け込める感じに、光学迷彩で変化させた。
皆に囲まれていたのは、二人の子どもたちだった。
服装も、村人たちのソレと比べて、随分変わって見えたが、それ以上に眼を引いたのが、彼等の髪と顔の色であった。
何と、どちらも緑色なのである。
まるでソレは、ガチャピンかシュレックのようであった。
そして彼等、特に姉の方が、必死にしゃべっていた。ただそれがヘブライ語であったため、その場に居た、誰にも話が通じていないのであった。
雪子はコッソリ人垣の中に入り、彼女の話を、耳を澄ませて聞いてみた。
「突然、教会の鐘の音が、聞こえて来たんです。だから私は、そこに行けば助かると思い、弟の手を引いて逃げて来たんです。そしたら、その穴から出て来ることが出来たんです。」
彼女はそんな事を、何度も繰り返して言っていた。
彼女が"その穴"と指差したモノは、背後に有る、大きな縦穴だった。確かそれは、オオカミを捕獲するための罠だった筈だ。それがウルフ・ピット…つまり村の名前の由来なのだから。
見たところ、穴はかなり深く、落ちたら自力で出るのは、雪子のような特殊なチカラを持っていない限り、不可能に思えた。
その娘は、また、こんな事も言っていた。
「何もかもが、赤い色の村だったんです。森も、空も、人の髪も、肌も。それを、あの"トカゲの女王"が、突然やって来て、全て緑色に変えてしまったのです。」
"トカゲの女王"…もうこのキーワードだけで、雪子には充分だった。間違い無く爬虫類族、それも暗躍ぶりから、それはアラハバキの一派と考えられた。
雪子はコッソリ後ろからその娘に近づき、ヘブライ語で、こんなふうに耳打ちした。
「そのトカゲ女は、この私が必ず倒してあげる。だからその話はもう、この村の人たちに、言わない方がイイわ。怖がらせるだけだから。」
ビックリした少女は、思わず振り返ったが、雪子は彼女の方を向いたまま、その場から後ろへ跳んで、手を振りながら、件の穴にサッと入ってしまったのである。




