⑬ バステト嬢
「はじめまして。真田雪子と申します。12世紀の英国の穴から、迷い込んでココに来ました。」
その黒猫の戦闘力に敬意を表して、彼女は出来るだけ丁寧に挨拶した。
「我が名は、猫族の王太子妃バステト。そこに居る犬王アヌビスと共に、この地下世界の管理を任されている者よ。」
黒猫がそう言って、薄っすら笑った。
ネコなのに、雪子には、ソレが妙に色っぽく見えた。
「バステト嬢は、あの猫王子ミケーネの、正妻でもあるんだ。」
犬王が、補足した。
「へえ。それはまた、奇遇ね?ところでアヌビス君、ちょっとコチラへ…。」
雪子が悪い笑顔で"おいでおいで"をした。
そして、近くまでアヌビスがやって来ると、彼女は彼の肩に腕を廻して、コソコソ耳打ちした。
「貴方、こんな場所で働いてるなんて、今まで一度も言わなかったじゃないの。どういう事よ?」
「いやあ任務については、極力部外秘なんで…えへへ。」
「貴方とミケーネ君が、私の妹の由理子に御執心な事を、あの黒猫は知ってるの?」
「ええ、まあ…。」犬王は何となく眼をそらした。
雪子は、それで大体事情は飲み込めた。
「実は私、二つの件で困ってまして…貴女をここの管理者と見込んで、ちょっと相談に乗っていただきたい事があるんですけど?」
彼女は黒猫に頼んでみた。
「いいわよ。言ってご覧なさい。私にも、出来る事と出来ない事があるけどね?」
「まず、12世紀の英国に戻る穴を、見分けられなくて…どれだか解ります?」
「ああ、それなら、ほら、そこよ。」
何の躊躇いも無く、黒猫が一つの穴を指さした。
「有り難い。助かるわ。」雪子は素直に喜んだ。
「それで…もう一つは何かしら?」
「この天狗殿を、同族が居る場所に、送り届けたいのだけれど…どこか近くの都合の良い所をご存じ無いかしら?」
「それなら、今から私、ポータルを使って、ちょうど帰るところだから、シュメールのアヌンナキの城に連れて行ってあげるわ。鳥族なんでしょ、彼?イイわよねえ、アヌビス管理官?」
「あ、ああ、勿論。今ので、最後の大蛇が始末出来たから、キミは一旦、休暇を取って帰ってイイとも。」
「…それにしても、本当に見事な闘いぶりでしたね。まるでお手本のようでした。」
雪子が改めてそう言うと、犬王がまた付け加えた。
「昔はもっと強かった…というか、勇猛果敢で荒々しい感じだったけどね。彼女が通った後には、草木も残らない焼け野原だった。」
すると、一瞬で彼との間を詰めたバステトが、アヌビスの鼻先に、いつの間にか小さくなった、カマの刃をちらつかせながら言った。
「それ以上、つまらない話を続けるのなら、今すぐその舌を切り落としてあげるわよ?」
「ああ、ソレだけはご勘弁を!」
犬王は青くなって、ブルブル震えながら言った。




