⑪ サン・ジェルマン
「サン・ジェルマンだと!?まさか、"あの"…?」
天狗殿は、顔色を変えた…んだと思う。何しろ、元々真っ赤な顔の上に、湯舟の中に居るから、正直、雪子にもよく分からなかったのだ。
「…ええ、そうよ。多分、"その"サン・ジェルマンよ。」
そう言いながら、雪子は半ば呆れていた。
サン・ジェルマン。試しに名前を出してみたけど…まさか地下世界にまで、その名が轟いていたなんて。相変わらず、どこまでも食えない男だわ。
「解ったら風呂からとっとと上がって、着替えて待っていなさい。後で私が、必ず迎えに来るから。」
「うむ。かたじけない。」
そんな訳で、雪子はまず、先程の穴まで戻った。
そこには約束通り、甲賀三郎と春日姫が、大人しく待っていた。
彼女は二人を連れて、横穴が縦穴に変わるところまでやって来ると、チカラを使って、まず甲賀三郎を穴の外へ出した。
「じゃあ、甲賀さん、そこから手を伸ばして。」
雪子はそう指示を出すと、次に春日姫をチカラで持ち上げた。
すると彼は、上で妻を上手くキャッチしたようだった。
「何から何までかたじけない。」
「色々お世話になりました。」
二人は穴の上から雪子に向かってお礼を言った。
「いいのよ、気にしないで。お二人とも、お幸せに!…あ、そうそう最後に三郎さん。」
「何です?」
「貴方の奥方様は器量良しだから、お兄様方の動きには、ご注意なさってね?」
雪子は、老婆心から、つい言ってしまった。
しかし、三郎は素直に「うん、よく覚えておこう。」と言って去って行った。
多分、ナニか思い当たる事が有るのだろう。
雪子は、この後の彼の運命を、知っていた。
春日姫が、天狗の屋敷に、鏡を忘れて来た事にも気づいていた。
そして、それを取りに帰ったせいで、三郎が兄の二郎にハメられて、地下世界にしばらく閉じ込められる事も。
まあ、でも、その後ナンヤカンヤあって、13年後には地上に戻れる、ハッピーエンドなのだ。それで良しとしよう。何しろ、必要以上に歴史に干渉するのは、イケナイ事なのだから…。
雪子は、そんな感じに自分を納得させると、一路天狗の屋敷へと戻った。
天狗は大人しく、玄関で胡座をかいて彼女を待っていた。
「あら、お行儀良く待って居たのね。感心だわ。」
「…ワシは、先程、"真田雪子"という名についても、思い出した。貴殿も伝説のツワモノらしいな?」
「まあ、そこそこ強いわよ。完全体のカグヤ・イシュタルと、タメを張るぐらいにはね?(第17巻)でも私の知り合いは皆、バケモノ揃いだから…その中では大した事無いかもね?じゃあ、行きましょうか。」
雪子はそう言うと、天狗殿を屋敷から連れ出した。
まず目指すは、12世紀の英国に繋がる穴だ。
そこでシルバーのビートルが、彼女の帰りを待っている。




