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48 裏切り者

 俺は色々と考えた結果、皆ともう一度空の休憩所へ移動した。万が一、裏切り者がいても逃げられない様にする為だ。


「ちょっと」


 声に振り向くとアンネさんが怖い顔で仁王立ちをしていた。その隣には同じ格好のメイプルがじろりと俺を睨んでいる。


「おめぇ、どういうつもりだ? 何の話し合いもねえままいきなりこんなとこに連れてきてよ。アタシ達をどうにかしようってのか?」


「いや、どうにかって……」


 俺の言葉を聞いたメイプルの顔がみるみる真っ赤になっていく。


「な、な、な、やっぱりだ! 昨日のノゾキはやっぱりわざとだったんだろ! こ、こんなとこに女四人を連れ込んで……!」


「お、おい! メイプル! 何でいっつもそういう誤解をするんだよ! 話を聞いてくれ!」


「ノレム、どうしたの?」


「何か重大な事が起きたようですね」


 良かった。二人は俺に協力的だ。……ていうか、こっちの反応の方が普通だよな。相変わらず可愛い反応をする人だ。


「昨日、アルが現れたんだ」


 俺の言葉を聞いた皆の顔が緊張した。さっきまで照れまくっていたメイプルは戦士の表情に戻り両腕を組んでいる。首を傾げるアンネさんはいまいち解ってないらしい。


「詳しいお話をお聞かせください」


 俺は昨日の夜に起こった出来事を説明した。アル曰く、いつでも捕まえられるから今はそれどころじゃないという事、俺達の動向は全て筒抜けだった事、そして……裏切者がいるかもしれないという事。


「……は。おい、ノレム。それマジで言ってんのか?」


「い、いや、裏切りって言うか、アルのお布団スキルで洗脳が出来るらしいんだ」


「洗脳……」


 ヨナさんが顎を触ってしばらく黙った後に、俺に向き直った。


「これは伝えるべきではないと思ったので言わなかったのですが、ノレムさんと添い寝した人間のスキルに、とある項目が付与されているのです」


「は? 添い寝? うわ、ちょっとノレムリア……本当にエロムリアじゃないの」


「違うっ! 添い寝っていうのはお布団スキルで、俺とお布団で一緒に寝た人は完全回復するんだよ!」


「それに、ノレムさんの恩恵にも預かれます。レベルアップや全能力の上昇、毒物等の耐性等々。しかし、それだけには留まらなかったのです。私やフェミルさんやメイプルさんの添い寝スキルの体験者のスキル項目に〈親愛度〉というものが追加されていたのです」


「はい!? し、親愛度!?」


「え? し、親愛……?」


「は、はあ!? なんっだよそりゃ!? 聞いてねえぞ!」


『お布団の独断と偏見でポイントをつけています』


「え? お、お布団? 何を言ってるんだ?」


「スキル項目にスキルが追加されるという事自体が信じられなかったのですが、ある仮説を立てました。それは、永続的にお布団スキルの効果が私達にも影響されていれば、それはもはや自分のスキルだと断言しても問題ないのではと」


「良く解らなくなってきたんだけど、ノレムリアはエロムリアで良いって事?」


「それは勘弁してくれ!」


「親愛度という項目から察するに、私達はノレムさんに愛情を抱きやすくなっているのではないか? と考えたのです」


「おい、まて! それって……洗脳じゃねえのか……?」


 衝撃的な事実だった。ヨナさんの優しい眼差しも、フェミルの可憐なえくぼも、メイプルのいたずらっぽい表情も、全部……お布団スキルによるものだったのか!?


『違います。それはマスターの魅力です。お布団は独自に親愛度を付けているだけです。つまりお布団の趣味です』


「お布団んんんんんん!」


「びっくりするから事ある毎に布団って叫ぶのやめてくんない?」


「……ごめんアンネさん。ええとお布団が言うには、特に意味が無いってさ」


「ふむ。では、この親愛度は……自分の真の気持ちという事ですか。なるほど。はは。信じられないな。私にも生物らしさがあったのか」


「よ、よ、よ、ヨナさん! ちょ、ちょっとお話があるので隅の方に行きませんか!?」


「ちょ、待てよフェミル! あ、アタシもちょっとヨナに用事があるの思い出した!」


 一時騒然となったが、アンネさんの一喝で場が収まった。


「ごほん。それではお話を元に戻しますが、この中で洗脳されている人がいるかもしれないという事ですね?」


「……はい。でも、見分ける方法なんて無いですよね……」


「確かにありませんが、解決は簡単です。皆お布団に添い寝すれば解除されるでしょう」


 ヨナさんの大胆な提案が閉鎖空間にこだました。


「絶対にいやよ! 何でエロムリアと添い寝しなきゃなんないのよ!」


「ば、ば、ば、馬鹿野郎! そんな事しねえよ!」


「そ、添い寝……」


「では、私からノレムさんと添い寝します」


 ヨナさんの一言で女性陣が固まった。ついでに俺まで固まってしまった。


『マスター。ハーレム展開がきましたね。先手を打ちますが、ハーレムとは一夫多妻制のようなもので、要するに恋人が沢山いる状態です』


「いやいやいや! ヨナさんは恋人じゃないから!」


 俺の声にヨナさんがキョトンとしてしまった。しかしすぐに目を伏せて耳を赤くした。その仕草が、母のような印象だったヨナさんの落差を生んで、心臓が高鳴った。俺はどうしていいか解らず行動不能に陥ってしまった。


「ノレムさん早くしてください。……恥ずかしいです」


 顔を赤くしたヨナさんを見た俺の頭はもう駄目だった。全てがあらぬ方向に聞こえてしまう。しかし突如、背中に寒気を感じて我に返った。無意識に振り返ると、フェミルが目線を外した。……え? あれ? たびたび感じていたあの寒気って、まさか。……いやいや。フェミルは可憐な女の子だから。……ねえ? うん。とりあえず添い寝しよう。


「お布団!」


 俺の声でお布団がお布団の地面に現れた。何だかややこしい。無心でヨナさんと添い寝をして起きた。どうやらヨナさんのレベルが上がったらしい。


「添い寝の効果で全ての悪条件は回復します。相変わらず破格のスキルですね。それでは、次はどなたが?」


「あ、えっと。じゃあ、私でいいかな……? ノレム」


「え!? も、もちろんだよ、フェミル!」


 ぎくしゃくしながらフェミルと添い寝をした。何だか死ぬほど恥ずかしい。ほどなくして起き、フェミルのレベルも上がったらしい。


「では、次はどちらが寝ますか?」


「いーやーよ! 添い寝とか! 悪趣味よっ!」


「ま、ま、全くだぜ!」


 妙に気が合ってしまった二人が必死の抵抗をしている。この二人が洗脳されているとはとてもじゃないが思えない。……と、その時に過去の記憶が蘇った。アルに対して何の危機感も覚えなかったあの時の事を。悪い奴だとは思えないと感じた苦い記憶だ。


「メイプル、アンネさん。頼むよ」


 俺は頭を下げてお願いした。あの時に俺がもっとお布団の言葉を聞いていれば、アルの企みを防げていたのかもしれない。その後悔が未だにへばりついている俺は、安易な答えが嫌だった。悪いけど、二人にもきっちり添い寝させてもらう。


「あたしは最後で良いわ! ……ったく。馬鹿馬鹿しい」


「いや、ちょ、最後はアタシだ! お、おめぇが先に寝ろよ!」


 二人が揉めだした。普段ならなだめる所だが、俺は二人をじっくり観察した。どっちも俺の知っている二人だ。裏切者なんているのか? 本当は未知のお布団スキルで俺達を見てたんじゃないのか? アルは嘘つきだ。何が本当で何が偽りなのか解らない。


「あんたから寝なさいよ。あたしより先に出会ってるんでしょ?」


「お、おい! 今はそういうの関係ねえだろ! やっぱおめぇ生意気だな!」


 何気ない会話だったが、二人のやりとりがひっかかってしまった。あいつと似てる事を言っている。信じたくはないが、もしかしたら……。そこで気がついた。そう言えば、彼女はあんなところで何をしてたんだ? ……俺は頭の中で作戦を立てた。


「お布団」


『マスター、お布団です。マスターの考えている通り、お布団にはそれが可能です。いつでもいけます』


「……解った」


 俺は揉めている二人に向き直り、話しかける。


「アンネさん、ちょっと聞いていいかな。鎮魂碑にはどうやって行ったの?」


「え? ……そ、それは。……はあ。あんたの後を追ったのよ」


「心配してくれたんだ」


「あー。いや、まあ。あんたはあたしの従者だしね」


「お布団」


『はい。アンネの魂は白です。虚偽はありませんが、恐らく人としてマスターを心配しています。従者がどうこうは嘘です』


 お布団は人の魂の色を確認できて、その人が嘘を言っているかどうかが解るそうだ。


「メイプル。ちょっと聞いていいかな。鎮魂碑に集まったじゃないか。あの時、なんで草むらにいたんだ?」


「あ? あー。実はアタシ、最初に鎮魂碑にいたんだよ。でも王都は危ねえから隠れてたって訳だ」


『メイプルの魂は白です。嘘はついていません』


「そっか。変な事を聞いてごめんな。あ、でも最後にさ。鎮魂碑に最初に着いたのなら、ヨナさんと俺が後に来た訳じゃないか。どうして出てこなかったんだ?」


「……」


 メイプルが口を噤んだ。


「……出る機会が無かったんだよ」


 急に無表情になったメイプルが、地面にむかって言葉を吐き捨てた。


「お布団」


『黒です。メイプルは嘘をついています』


 途端に体中から汗が噴き出た。俺の表情を察したのか、メイプルは深くため息をついて、銃を自分のこめかみに当てた。


「あーあ。バレちまったか。すまねえなアル」


 空気が破裂したような音が広がり、メイプルの頭から血が噴き出る。俺は目の前の光景が信じられず立ち尽くした。


「ノレムリア!」


 アンネさんが必死の顔で俺に治せと指をさした。……え? ええ? メイプル? メイプルの頭から止めどなく血が流れる。俺は今何を見ているんだ? お、終わり? これで人が死んだの? メイプル? え? メイプルが死んだのか? ……へ? 絶望に包まれる瞬間、メイプルの傷が光の粒となって消えていった。


「しっかりしなさい! 絆創膏魔法【バンドマジック】よ! 昨日の夜に皆にあげたんだけど、コイツが妙に拒否るから寝てる間に体に貼っつけてやったのよ! これは怪我をした瞬間に回復が始まるの! つまり、これを貼っているなら即死は無いから洗脳の回復を……」


 アンネさんの声が聞こえ終わる前に、俺はメイプルと添い寝をした。

※ ※ ※


 いつもの白い世界に来た。すぐ側に、メイプルが呆然としていた。 


「……あ? ああ、そうか。アタシ、ヘマしちまったんだな」


 良かった! 生きてる! 良かった……! 良かった……うう、ぐすっ。


「は。何を泣いてんだよ。洗脳されてんじゃねえって叱るとこだろ」


 ああ、メイプル! 生きてくれてありがとう! 生きてる! メイプルが……!


「ば、ばっかやろう。止めろよ。ああ、クソ。アタシまで泣きそうじゃねえか」


 死んだかと思った。俺、万全のつもりでやったのに結局は駄目だった。ごめんな!


「はあ。おめぇって、本当に不思議な奴だよな。アタシより遥かに強えのに、そこら辺にいるただの村人にしか思えねえよ。……でも、それがいいんだろうな。は。おめぇはそのままがいい。ああ、クソ。……ノレム、好きだ」


 へ?


「……は。こういう嘘も簡単に信じちまうのはどうにかしたほうがいいぜ?」


 な、何だよそれ……。俺は本当に、真剣にメイプルの事を……。


「やめろ。もういい。……やめてくれよ。いいから……今だけ側にいてくれ」


 メイプル?


「頼むよ。今だけでいいんだ。起きたら、全部夢って事にする。アタシとノレムはいつもの関係になるから、だから、今はアタシの側にいて。……お願い」


 俺達は隣同士になって座り、無言で過ごした。俺の隣にいるはずのメイプルはいつもの戦士ではなく、とても儚い女性にしか思えなかった。俺の体は光の輪郭しか無かったが、いつの間にかメイプルと混ざり合っていた。


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