47 嘘つき
彼は前に見た時と全く同じ黒い鎧を全身に纏い、軽快な動きで俺に挨拶をした。そのまま体を伸ばし、首をコキコキ鳴らしている。
「や、ごめんね。久しぶりだっていうのにこんなとこで。激務激務の毎日でさぁ。眠いわ辛いわでたまんないよ。そっちの仕事はどう? あ、聞いたところ好調みたいだけど」
「……」
本当に恐ろしい。アルと対峙していると、何が何だか解らなくなってくる。今だってそうだ。アルは恐ろしくて仕方ないはずなのに、この言葉を聞いて安らぐ自分がいた。ああ、やっぱり言ったら解ってくれるのか? そんな幻想を抱かせるくらい親しみを感じてしまう。
「いやー、僕もさー、ノレム君に酷い事したなって反省したんだよ。言葉が足らなかったっていうかね? もっとちゃんと話し合いが出来ていればこんな事にはならなかった。……ごめん。本当に、僕のせいだ」
そう言って俺に深々と頭を下げた。無言になったおかげで、ディの言葉を思い出した。
※ ※ ※
「いいですかぁ? 嘘つきへの効果的な対抗手段は、話を聞かない事ですぅ」
「何だそれ? 話を聞かない?」
「嘘というものは全て受け身なんですよぉ。相手がいないと成立しないんですぅ。自分自身を騙す嘘さえ自分を他人に落とし込む作業が必要になってきますからねぇ。なので、アルの話を一切聞かずに自分の言いたい事を言うだけ言うのが一番効果があるんですぅ」
「ええ……?」
「とは言ってもノレムには出来ないでしょうねぇ。いちいち反応するのが目に見えますぅ。なので、貴方が言った事を実践するしかありませんねぇ」
「あ、ああ。やってみる」
「とは言え私には解りかねますがねぇ。本当にそんな事で大丈夫なんですかぁ? アルが貴方を見逃すのですかねぇ?」
※ ※ ※
「アル」
俺の言葉でアルはゆっくりと頭を上げた。
「お、俺は西方でアンデッドハンターとして有名になった。こ、これ見ろ! 勲章だ!」
鎧が完全に固まっていた。どのくらいの時間が経ったのか解らないが、アルが小刻みに揺れだして、ついには膝から崩れ落ちた。
「あっはっはっは! ちょ、ちょっと待って! お腹痛い! あっはっはっはっは!」
しばらく笑い転げた後に、深呼吸をして立ち上がった。
「……で、だから僕には捕まえられないって事? くっくっく」
「こ、コールドグランドのお抱えになった! 公式に認められたんだぞ!」
「ぶふぅ!」
また笑い転げてしまった。ごろごろと屋根瓦を鳴らしながらのけ反り、ばんばんと叩き、存分に楽しんだ後にヨロヨロと立ち上がった。
「いやぁ~、たまんないね。ノレム君ってどこまで可愛いの? ホントにそんな事で僕が捕まえないって思ったんだ。純粋って怖いなあ。いや、勉強になるか」
アルは禍々しい月を見ながら呼吸を整えている。
「じゃ、捕縛よろしく」
アルの声で黒いローブを着こんだ二人が現れ、俺を屋根に叩きつけた。一瞬にして手も足も出なくなり動けなくなった。
「こいつがノレムか? 何だよ胸糞ワリいな。アルと同じ顔じゃねえか!」
「あら、駄目レアの従者と聞いたからどれ程かと思えば……ま、お似合いね」
男性と女性の声がした。俺は何とか首だけを動かしてアルを見つめる。
「予定と違った? ごめんね。キミがそこまでお馬鹿さんだと思っていなかったよ」
そう言い、両手を組んで何か考えているようだった。しばらくした後に指を鳴らし、その音で二人は俺から退いた。
「まあ正直さ、今はノレム君とかどうでもいいんだよね。問題はヨナだよ。各地で歌礼祭を開いた時は笑っちゃったけど、まさか極大魔方陣を形成してたとはね。これはうっかりしてたよ」
「な……」
何故その事を知ってる!? 空の休憩所で話した内容だったはずだ!
「ん? あれ? 僕が知ってるのが意外? やだなー。これだけじゃないよ。例えばメイプルが銃を持っているとか、フェミルが剣聖の孫と稽古したとか、小生意気なアンネちゃんが仲間になったって知ってるよぉ」
あっけらかんと話すアルを見て目の前が真っ暗になりかけた。
「何でそんな事を知ってるって顔だねぇ? ここだけの話、僕って超能力者なんだよね! 透視で全部解っちゃうんだよ! あはは! あ、もしくは君たちの仲間の中で裏切り者がいるってどう?」
裏切り者……!? な、何を言ってるんだ!?
「あ、ごめんごめん、ウソウソ。そんな訳ないよねー。皆イイ子で仲間想いだもんね」
結局アルに引っ掻き回されっぱなしだ。
「お、おい。捕まえないのか? 俺はお前にとって有効利用できるんだろ!?」
意外だったんだろう。アルは俺の提案に戸惑っていたように見えた。
「あー。いや、お望みなら今すぐ捕まえるんだけど、今はそれどころじゃないんだよね」
アルはいつもの仕草で兜をぽりぽりと掻いている。
「それに、ヨナの歌礼祭が始まるまでノレム君は王都にいるんだろ? 従者だもんね。僕が捕まえるまでもないよ。キミは勝手に王都から逃げられない」
確かにそれは図星だ。ヨナさんの歌礼祭を完遂するまで王都から一歩も出られない。
「という事で宣戦布告でした♪ 歌礼祭当日にまた会おうね。ヨナは殺すつもりだから」
「それは許さねえ! ヨナは俺のモンだ!」
ひと際大きい黒いローブから極太の腕が伸び、アルの首を掴んで持ち上げていた。
「うぐぐぐぐぐ。あー、もー、キミさぁ。帰ったら洗脳レベルあげるしかないかぁ。弱ったなー。これやっちゃうと頭が鈍くなって戦力が下がるんだよなぁ」
ぶつぶつと言いながらアルは大男に揺らされながら闇に消えていった。しばらくそれを眺めて、ようやく屋根に腰を落とした。懐にいたお布団が光の尾を引いて俺の側まで飛んできた。
『マスター、やりましたね。全てこちらの思惑通りに動きましたよ』
「はあぁ~……良かった。でも、仲間が現れた時はどうなるかと思ったよ」
『マスターが提案した作戦は見事でした』
俺はアルの性格を考えて作戦を立てた。名付けて「嘘がえし作戦」だ。
『マスター。素晴らしい作戦名です。センスと知性を兼ね備えています』
「え、そ、そうかな」
アルから逃れて西方で名を売り、堂々と東方へ凱旋する。有名ならきっと俺に手出しはできないはず! ……と、浅はかなノレムは考える。アルはそんな考えをとっくに看破し、馬鹿が何かやっていると高を括る。そしてそんなヤツはいつでも捕まえられるから今は捕まえないと余裕をひけらかす。
「その余裕から隙が出来れば何とかなるかなって思ったけど、予想以上の成果だった」
『所詮は小物という事です。アルなど恐れるに足りません』
俺が余所で有名になればなる程にこの作戦は説得力を増していくと思ったけど、甘かったかもしれない。危うく捕まるところだった。
「ヨナさんのおかげかもしれないな」
歌礼祭は予想外だったが、始まるまで王都に留まらなきゃならない事実がアルに効いた。いや、むしろこれのおかげでアルは完全に油断した気がする。
『おおむね、マスターの考え通りです。アルはマスターを舐めています』
「はは。普段ならムカッとするのに、予想通りに舐めてくれて嬉しいよ。……これで王都を自由に動ける」
皆を鎮魂碑で待つための作戦だったけど、順序が逆になっちゃったな。しかし、そんな事より……。
「裏切り者……か」
空の休憩所は俺の絶対領域だ。あの場の会話は盗み聞きする事は出来ない。未知のお布団スキルなら可能かもしれないけど、本当に裏切り者がいるなら……!? 信じたくないが、アルのお布団スキルは洗脳が出来ると本人から聞いているので、その可能性を疑わなければならなかった。




