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21 お布団の願い

21話を修正しました。

2017年8月23日 修正しました。

2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。

季節は春の本番へと向かっていた。今日は特に温かく、風もない。夜の野外だというのに薄着でも問題なかった。


『マスター、覚えていますか。ここでマスターと初めてお会いしました』


 村のご神木の前で、地面から少し浮いているお布団に腰かけ、俺はお布団と会話をしていた。


「ああ、覚えてるよ。あの時は寒かったなあ」


 お布団の心地いい声を聞くと、どうにも無防備になってしまう。何故だろう。


『お布団は、あの時にようやくこの世界に干渉できました。マスターが、お布団を意識してくれたので初

めて存在が許されたのです』


「うーん。何だか哲学みたいな話だな」


『この世界へ干渉できない状態でも、お布団はずっとマスターを見ていました。マスターの事は何でもお見通しです』


「そ、そうだったのか……?」


ずっと見ていた? お布団には何もかも筒抜けだったのを思い出して、途端に恥ずかしくなってきた。


『初めての旅は、どうでしたか』


 俺が気まずくしているのを察したのか、お布団は話題を変えてくれた。


「ああ、そうだな。何だか色々あったなあ。村を出て、ヨナさんと二人で旅をして、フェミルを助けて、

メイプルに捕まって、黒衣の人攫いから二人を助けて……」


 思い起こせば何とも濃い日々だ。村にいたら一生体験できないであろう事を、ほんの数週間で経験した。今は大冒険を終えた後の、束の間の休息を取っている。そういう感覚に包まれていた。


『あの三人の女性の中で、一番気になっているのは誰ですか』


「んがっ!?」


 お布団の不意な質問に、変に唾を変に飲み込んでしまい咳込んだ。


「な、何を言ってるんだよ! 三人とも仲間っていうか、その、うん」


『フェミル→メイプル→ヨナの順ですね。お布団には解ります。ありがとうございました』


 ズバリと的中され、何も言えなかった。顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


『ヨナ→メイプル→フェミルの順で、胸とかお尻が気になっている事もお布団には解ります』


 あ、もう駄目だ。心臓が鷲掴みされたかのように痛い。


『マスターの事は何でもお見通しなのです』


「……お布団は解ってるだろうけど、俺、フェミルが好きなんだ。でも、何だかヨナさんやメイプルも気になると言うか……最低だよなあ……」


『大丈夫です。マスターは思春期ですから、大いに揺らいでください』


「ししゅんき? いや、良く解らないけど……俺、最低じゃない?」


『はい。ですが、複数と同時に関係をもったら最低です』


「無いよ! さすがにそれは無い! そんな事はしない!」


 俺は必死に否定した。いくらなんでもそんな事できる訳が無い。したいとも思わない。俺の運命の人は、世界に、生涯にただ一人だ。


『マスターのそういうロマンチストな部分も、お布団は大好きです』


「今だけは、考えを読むの止めてくれ……」


『さて、夜も更けてきたので、そろそろ本題に入ります』


 お布団の言葉に緊張した。何となく、姿勢を整えてお布団の声を待った。


『その前に、この話はマスターにとってかなりの負担になります。それでも構いませんか?』


「え。……ま、まあ……たぶん……」


『断っておきますが、お布団は世界で一番マスターが好きです。その上で聞いてください』


「はい」


『マスターは、これから大きな世界を体験します。そこでは、一見すると悪い事なのに、時間をかけて理解するとそうでもなかった。そんな事が溢れています』


 その言葉に、バンゾさんの事を思い出した。未だに、何が悪かったのかはっきりとしていない。裏切られたショックはある。でも、育ててくれた恩もある。家族を失ったバンゾさんの気持ちも理解してあげたい。


『そのためにはマスターが苦手な、他人を理解しなければなりません』


「え? お、俺って他人が苦手なの?」


『気がついていませんか。マスターは他人に対して過剰に気を遣っています。己を殺してでも、他人を優先しているのです』


 思い返すと、確かにそんな気がする。俺は特に意識したわけでもなかったけど、よくよく考えると、バンゾさんに対して……ちょっと異常なほど気を遣っているような。


『マスターが過剰なのは理由があります。他人から信頼を裏切られようものなら、心に致命的な傷を負うと本能で解っているからです。だから、最初から己を出さず、他人に合わせる事で傷を最小限にしたいのです』


「……」


『マスターは誰かに我がままを通したことがありますか』


「村の……不良連中には……」


『あれは子供の喧嘩です。お布団が言っている我がままとは、自分が得する事で他人に損をさせる事を言います』


 意識した中では、多分そんな事は一度もない。


「それは……迷惑になるじゃないか……」


『迷惑をかけてもいいんです』


「よく、ないだろ……」


『マスター。誰しも他人に信頼を裏切られたら傷つきます。時には、誤解やすれ違いで裏切ってしまう事もあるでしょう。でも、それで他人を拒絶しないでください。他人とは、そういうものなのです。裏切るものなのです。ですが、そこに悪意は無いのです』


「悪意が無いのに、裏切るって言うのか?」


『それは、みんながみんな、己が物語の主人公だからです。そこまで他人に合わせられません』


 お布団の言葉は、俺の一番触れてほしくない心の柔い部分を優しく撫でた気がした。


「みんなが自分勝手になったら、この世界は大変な事になるんじゃないのか?」


『ご心配なく。すでに自分勝手に生きています。もちろん、マスターもお布団もそうです』


「おいおい、話が違うぞ。俺は我を通した方がいいって流れだったろ」


『その我をもっと通してもいい、というお話です』


 一瞬の静寂。風がご神木の葉を擦る音だけが聞こえる。


『マスター。大丈夫ですよ。マスターが思うほど、他人は冷たくありません』


「……」


『それにマスターは気づかないところで他人を裏切っていますから、お互い様です』


「え!? う、裏切ってる!?」


『例えばフェミルの事です。フェミルがマスターにして欲しい事は、結局マスターには理解されません。マスターはフェミルを裏切り続けているのです』


「ええええ……!?」


『それでも、フェミルは危険を顧みずマスターの元へとついてきました。裏切られているにも関わらず』


「……そんな……どうして……」


『その鈍感な部分も込みで、マスターを受けて入れているからです。いわば、フェミルの願いとはフェミルの我。我を通そうとするなら、傷つくのも覚悟しなければなりません。それでも通したい願いなのです』

 この旅に出てから、フェミルの印象がどんどん変わっていく。あの優しくて儚いフェミルが、そんなに芯が通った強い人間だったなんて。


『お布団は、マスターが傷ついたとしても通したい、自分だけの願いを見つけてほしいと思っています』


「……そんな事、初めて考えたよ。誰にも言われなかったしな」


『これはお布団の我です。お布団の願いです。つまり、マスターに嫌われるのを覚悟で伝えています』


「いやいや、嫌うわけないよ。だって、お布団の言葉には何て言うか……愛があるよな」


『お布団は、歓喜の涙で溺れそうです』


自分だけの願いか。人生の目標とも言い換えられるだろうか? 確かに、成人したわけだし生計を考える必要がある。しまったな。思い起こせば誰かの手伝いしかしてない。自分でこうしたい、なんて本当に考えた事がないぞ。バンゾさんの別宅を借りたのだって、本宅に居続ける事で迷惑をかけるんじゃないかって思っただけだもんな。


『マスター』


「え」


『お布団は、マスターの行きたい所なら、どこへでもついていきます。生きたい道に寄り添います。ゆっくりゆっくり考えてください』


「……ありがとう」


『お布団は、マスターの最大幸福を心の底から願っています』


「お布団」


『はい』


「俺、お布団の事も好きだよ」


『お布団は今、照れまくりです』


 他人とこんな話をしたのは生まれて初めてだった。お布団を人に数えていいのか解らないけれど、そんなのはどうでも良かった。どうしてだろう。心がこんなにも満たされている。お布団の優しい声と、お布団の匂いが、はるか昔の記憶を刺激しているかのようだ。ああ、あの時も……お布団で寝ていたなあ。……優しい母の笑顔と……窓から見える……青い空に浮かんだ……飛行……機……雲……が……。

 

その記憶を思い起こす前に、俺は幸せな眠りに落ちていった。


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