第05話_良いヒーラー
三人を送り出した日の店は、落ち着かなかった。
新顔を送り出した時は特にそうだ。ひと月前にヒューゴを初めて送り出した日と同じで、気がつくと扉ばかり見ている。
「マスター。またシチューが焦げますよ」
「リタ、分かってるよ」
リタに言われて、鍋に視線を戻す。
◇
扉が開いたのは、まだ日が高いうちだった。
早い。
「マスター、ただいま! 聞いてくれよ、ミアがさぁ!」
ダグが扉を開けるなり、そう言った。
三人とも泥だらけだ。
「ずいぶん早いな。まぁ座れ。泥は水で流してこいよ。飯はすぐ出す」
「ゴブリンが出てきてよ。いつもなら怪我しねえように庇いながら戦うんだがよ」
ダグが二の腕を叩いた。革鎧の袖が裂けている。中の腕には、傷ひとつない。
「殴られた傷はミアが戦闘中にどんどん治してくれっからよ。まじで助かったぜ」
「戦ってる最中にか」
「最中だ。あいつ、後ろで待ってねえんだよ。怪我したら、治してくれる」
ダグは嬉しそうに言った。
ミアはダグの後ろで小さくなっていた。小さくなってはいたが、顔が赤い。
「ヒューゴ。お前は何してたんだ」
「いやあ、今日はシャーマンがおりませんでしたので。私は後ろに立っておりました。二十年の経験が活きましたな」
「さすがベテランだな」
「はい、立っているのも仕事のうちでして」
「まぁそりゃそうだ」
持たせた傷薬は、二瓶とも封を切らずに戻ってきた。
俺は三人の前に今日のシチューを置いた。
ダグが机をばんと叩いた。
「いいパーティになったんじゃないか、マスター!」
「まぁ、そうだな」
「そうだなじゃねえよ。いいパーティなんだよ」
「いいパーティですなあ」
「……はい」
ミアも、少し声を出して笑った。
ダグが銀貨と銅貨を三つに分けて、一つをミアの前に押しやった。ミアはしばらくそれを見ていたが、半分だけ手に取って、カウンターに来た。
「あの。ツケの分です。これで足りますか」
「シチュー三杯と宿代一晩だ。足りるさ」
「よかった……」
ほっとした顔で席に戻って、残りの半分は法衣の袖にしまっていた。
払う分と、手元に残す分。神殿でそう教わったんだろう。
そのあとで、ダグがカウンターに来た。
銅貨を三枚置いた。
「なんだこれ」
「ツケ」
「お前がか」
「悪いかよ。たまにはいいだろ」
悪くはない。
帳簿を開いて、ダグの名前の横に返済の額を書いた。
◇
どうやら気があったようで三人は次の日もパーティを組んで出ていった。その次の日も。
帰ってくるたびに、ダグは「俺たちはいいパーティだぜ!」と言っていた。
傷はないのはいいが鎧は破れて帰ってくる。おかげで、俺の縫い物の仕事が増えた。
「マスター、また縫うんですか」
「装備の手入れは大事だからな。破れた鎧のまま突っ込ませる店主がいるか」
「いますよ。普通酒場のマスターは鎧の手入れはしません」
「そりゃそうだがよ・・・」
「・・・お人好し」
「ん?」
「なんでもありません」
◇
別の日にはシャーマンが一匹混じっていたらしいが、きちんと対処ができたようだ。
「火球はヒューゴがワンテンポ遅らせたから。盾で受けて、そのまま斬ってやったぜ」
「ほう」
ヒューゴは少し得意そうだった。
俺は何も言わずに、ヒューゴの器にシチューをよそった。
「おい、神官さま。こっちの飯にも祈ってくれよ」
「えっ」
常連の一人がミアを呼び止めた。
「神殿じゃ飯の前に祈るんだろ。そうすりゃ飯がうまくなるんだろ?」
「お祈りは神様に感謝するためにするんですよ。ご飯が美味しくなるためにではないのですが……」
「いいから、ほらきてくれよ」
ミアは困った顔で、常連の器に手をかざして、小さな声で何か唱えた。
常連は一口食って、「おお、うまくなった」と言った。
祈りで飯がうまくなるわけがない。それに俺のシチューは祈る前からうまい。
だが店の中に笑いが起きて、ミアも一緒に笑っていた。
まぁ馴染めたのならそれでいい。
うちの客はミアを神官さまと呼ぶようになった。
◇
三人がパーティを組み始めてしばらくたった。はたから見ればうまく行っているように見える。
夕飯が終わってそれぞれが自由に過ごしている頃、ヒューゴがいつも広げている本を閉じて、カウンターにやって来た。
「マスター。お話があるのですが」
「・・・ミアか」
「おや、さすがですね」
「まぁな」
そろそろ俺から言おうと思っていたが、うまく行っているパーティに外野がどうのこうのいうのはどうかと思い静観していたが、向こうから相談してくるなら、思い切り口も出せるってもんなのだが。
「あの娘は、戦っている間、一度も後ろに下がりませんな。誰かが怪我をしたら、すぐに飛び込んでいく。ゴブリンの目の前だろうと」
「……」
「確かに、良い腕のヒーラーです。ただ、私の後ろには、誰もおりません」
「後衛ってのは後ろにいるから後衛だからな」
「はい、二十年そうやってきましたので」
ヒューゴはそれだけ言って、また席に戻って本を開いた。
自分からパーティメンバーへ指摘するつもりはないらしい。
まったく、、、。
◇
うまくいっているものに横から口を出すのは、店主の仕事じゃない。仕事ではないがーーー。
「マスター。今日も無傷でお帰りですよ」
冒険を終えて帰ってくるダグ達をみて、リタが皿を拭きながら言った。
顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。
「ああ」
「ああ、だけですか」
「今はな」
リタはそれ以上言わなかった。
看板娘のくせに、妙なところを見る。
◇
六日目の夜。
飯を食い終わったダグが、カウンターに来て言った。
「マスター。今度は二泊の仕事なんだけどよ」
「二泊?」
「ギルドから回ってきた仕事さ。北の森の奥によ、三つ目の分かれ道の先で、何かが巣を作ってるらしい。調べてこいって。猟師が言うには、この春から森が騒がしいみたいだってよ」
「お前らは別れ道二つ目までにしとけって言っただろうが。危ねえぞ」
「言われたよ。でも今は三人になったし、ヒーラーもいる」
三つ目の分かれ道の先は、駆け出しが行く場所じゃない。
それに、巣を作るのがゴブリンとは限らない。ギルドが「調べてこい」と言うときは、ギルドにも何がいるか分かっていないときだ。
「ヒューゴ。お前はどう思う」
「……行けると思いますよ。腕の良いヒーラーもいますしね」
ヒューゴが、本から顔を上げて言った。
ダグは胸を張っていて、ミアはまっすぐ俺を見ていた。
「なぁ、俺は行けると思うんだけどよ、マスター」
俺はしばらく黙っていた。
二泊。一日一戦じゃない。朝から晩まで、何戦あるか分からない。
「ミア」
「はい」
「二泊だぞ。大丈夫か?」
「はい。怪我をした人は、私が治します」
「そうか・・・」
迷いのない顔だった。
いい顔だ。それが、少し困る。
「念の為だ……傷薬、四瓶持ってけ」
「四瓶も?」
「ツケといてやるよ」
俺にできることはこれくらいだ。
帳簿を開いて、傷薬四瓶と書いた。
身をもって学ぶほうが良いこともある。




