ダウナー海歌VS.極道系現代文教師
「わあああ、海ちゃん久しぶり! 会いたかったよ~」
体調不良ながら登校した海歌は、朝から元気いっぱいの空音に抱き着かれていた。
「……宮本さん、久しぶりに見たな。何週間ぶりだろう?」
「……1か月ぐらいじゃない?」
「……ふふ、空ちゃんに絡まれて、ちょっとかわいそう」
何人かのクラスメイトたちが、海歌のことをコソコソと話している。
そりゃ、1か月以上も音沙汰がなかったクラスメイトが、急に学校に来たとなったら、話題の一つや二つになるか。
「どうしたの海ちゃん? 具合悪い?」
机に突っ伏する海歌は、空音に頭を撫でられている。
相変わらず空音はスキンシップが激しめだ。
「うん……無理して早起きしたら、朝から気分悪くて、駅でゲロっちゃったんだよね」
「ええ!? それは大変だったね……」
「陸翔がいてくれたから、何とかなったけど」
そのとき、空音を含めたクラスメイトたちが、一斉に俺のほうを向いた。
みんな「海歌と陸翔くんって、そういう関係だったの!?」とでも言いたげな顔だ。
(ち、違う! 海歌に気に入られようとか、海歌に好かれようとか、そういうのじゃない!)
俺は慌てて視線を落として、何も聞こえなかったフリをした。
全身がカーッと熱くなり、背中から汗が噴き出す。
「まだ顔色悪いよ。気分がサッパリする飲み物買ってきてあげようか?」
「コーラほしい……」
「分かった! 自販機で買ってくるから、ちょっと待っててね!」
世話焼きな空音が教室を飛び出していった。
しばらくすると、冷たいボトルコーラを持った空音が戻ってきた。予鈴の時間が迫るとともに、教室には徐々に人が増えていく。
気がつけば、一限目の現代文の授業が始まった。
「はい、座ってノートを開け~ 授業始めるで~」
今日も気怠げな内藤先生が教壇に立つ。
張り詰めた空気の中、俺や空音、周りのクラスメイトたちも、ノートと教科書を開いた。
「ええか? 言葉ってのは、定期テストとか受験に役立つだけやない。お前らの将来に絶対に役に立つ便利なツールや。よーく覚えとけ」
先生の静かなる熱弁が響く中、海歌は机に身を投げて眠っていた。
ノートや教科書、筆箱すらカバンから出さずに、顔を伏せている。
そんな舐めた授業態度の海歌を、内藤先生が放っておくはずがなかった。
「宮本さん? 今は授業中や。体調悪いなら保健室に行ってや」
「……」
海歌は机に突っ伏したまま、貧乏ゆすりをはじめた。
静まり返った教室に、海歌の上履きが床を叩く「トントントン……」という音が響く。
「宮本さーん、聞こえますか? その耳に付いてるイヤリング、校則違反やから外してや」
「……あとで外します」
海歌はぶっきらぼうに呟いた。
(うわ……これ、絶対怒られるやつだ……)
俺を含めてみんなが、内藤先生の怒りの大爆発を予期して身構えた。
しかし、内藤先生は「そうか……頼むで」と、ため息混じりに言って、何事もなかったかのように授業を再開した。
そして、無事に授業は終わった。
休み時間になり、再び教室の賑やかさが戻ってきた。
「陸翔、」
海歌は唐突に席を立ち、俺の席に歩み寄ってきた。
「お昼、一緒に食べたい。昼休みに、5階の空き教室に来てほしい」
「あ、ああ。分かった」
海歌は足早に自席に戻った。
♢
言われた通り、お昼休みにお弁当を持って5階へと向かった。
空き教室の隅っこの席に、海歌が座っていた。
「食堂はガヤガヤして落ち着かないから、この空き教室に来たんだろ?」
「うん。私のことよく分かってるじゃん」
机を移動させて、海歌と対面に座った。
教室は冷房が効いていて涼しかった。
「あ~ 思い出したらまたイライラしてきたわ。あの先生、マジで嫌いなんだけど。こっちは早起きして学校来たんだから、ちょっとぐらい寝かせろっての」
「まあまあ……反省文書かされなかっただけ良かったじゃん」
海歌は頭を掻きむしりながら、お弁当箱を開いた。
中身は、焼肉のタレがかかったごはんと、唐揚げが2つ、そして申し訳程度のブロッコリーが一つだけ。
最強の時短弁当ではあるが、彩りや栄養に偏りがある感じがする。
「陸翔のお弁当は?」
俺も海歌に続き、お弁当箱を開けた。
今日のメニューは、栄養バランスを考えてプチトマトとブロッコリーを入れている。しかし、自分の好きなハンバーグとふわふわの卵焼きも欠かさず詰めた。
冷凍食品がおいしく、楽に食べられる現代に生まれてよかった!
「え、すご」
「そうかな……?」
「自分で作ってるんでしょ? さすが陸翔。勉強だけじゃなくて、料理までできるとか、最強じゃん」
俺は普段から、弁当を自分で作っている。
母親と父親の帰宅が遅く、姉も夕食時に不在なことが多い関係で、夕食を自分で作ることもある。
俺の弁当は、そうした料理の経験の賜物である。最近は、卵焼きの綺麗な巻き方を模索中。
「俺の卵焼き、一つあげるよ」
「ありがとう。じゃあ私のブロッコリーあげる」
「海歌がブロッコリー食べたくないだけだろ」
「うっ、バレた……」
海歌とおかずの交換をしたり、雑談したりして、お昼休みを満喫する。
しかし、海歌の《《指》》がどうしても気になってしまった。
というのも、海歌の左手の人差し指と中指に、いくつもの切り傷があったのだ。
「海歌、その指の傷、どうしたんだ?」
「あーこれね。料理の練習してたら、包丁で切っちゃったの」
理由は、不器用な海歌らしいものだった。
「この前は、私が不器用すぎて陸翔にチャーハン作ってもらったけど、こんどは、私が陸翔に料理を作るから」
「そりゃ楽しみだ」
「陸翔は何食べたい? 何でも作るよ。カニクリームコロッケとか、ポテトサラダとか、デザートにチョコケーキとか、いろいろ挑戦したい」
「それ、難しくないか……? ケーキとかのお菓子って、分量を間違えた時点で失敗するし。まずは、簡単なチャーハンから作ってみなよ。レシピは、ネットにいくらでも載ってるよ」
「あ、そっか。ネットのレシピ見ればいいのか」
「そ、そうだよ……今まで何にも見ないで作ってたのか」
海歌の作るチャーハン、塩コショウ多めでしょっぱそう……という不安もあったが、期待のほうが大きかった。
何より、料理に不慣れな海歌が、俺のために頑張って料理を作ってくれることが嬉しかった。
「みんなすごいよね。ちゃんと料理したり、自分のお弁当作たりして、ちゃんと毎日学校に行って、ちゃんと勉強して……当たり前のハードル高すぎる件」
傷ついた自分の指を撫でた海歌。
「海歌もすごいと思うよ。今日、ちゃんと学校に来たんだから」
俺は風邪で何度か学校を休んだことがあるが、完治した次の日、学校に行くのが非常に億劫になってしまう。いっそ1週間ぐらい休んでしまいたいとも思った。
だからこそ、1か月以上も休んだ後、体調不良で吐きながらも登校した海歌は、素直にすごいと思う。
「私なんてすごくないよ……ずっと引きこもりだし、高校の受験終わってからまったく勉強してないし……」
「勉強は遅れても巻き返せるよ。一緒に頑張ろうぜ」
「そう言うなら、勉強教えてほしい」
海歌は、俺があげた卵焼きを頬張り、頷いた。
「今週末、空ちゃんと家で遊ぶ約束してるんだよね。陸翔も、どう?」
「今週末って? 日曜はバイト入ってるけど」
「金曜日の放課後、大丈夫?」
「うん」
「じゃあ今週末の金曜は、3人で勉強会するで決まりね」
俺だけじゃなくて、クラストップの成績を誇る空音もいるともなれば、きっと海歌の成績が上がること間違いなしだ。
海歌と空音……美少女二人と同じ屋根の下に集うと思うとドキドキしてしまうけど、誰かと勉強したことがないのでワクワクもする。
週末の予定が決まったところで、ふと、時計を見上げる。
「ヤベっ、もうこんな時間か!」
時刻は午後1時20分。
あと10分で授業が始まる。
しかも、化学基礎なので、実験室に移動する必要がある。
「ちょっとぐらい遅刻しても大丈夫でしょ」
「のんびりし過ぎも良くないと思うけど!?」
マイペースな海歌を放っておいて、俺は急いでごはんを口にかき込み、水筒の麦茶で流し込んだ。
手早くお弁当箱を片付け、照明とクーラーを切って、俺たちは足早に教室を出た。




